ルーネンヴァルト沖海戦
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──ルーネンヴァルト沖海戦
トリニティ教徒の船団がルーネンヴァルトへと迫っているとの情報が各方面から入った日から数日。
トリニティ教徒たちを乗せた船団はまさにルーネンヴァルトを目指していた。
大量の火砲を搭載した砲艦が護衛する中で、万を超えるトリニティ教徒たちを乗せた無数の輸送船団がルーネンヴァルトの方向で帆をはためかせて航行していたのだ。
「司令官閣下、副司令官閣下。まもなくルーネンヴァルトです!」
その砲艦の中でももっとも巨大なものの艦長室に水兵が報告に入る。
「……いよいよのようですね」
「ふん。神々という名の悪魔に支配された汚れた街、か」
艦長室にはふたりの人間がいた。
ひとりは長身の若い女性。そのアッシュブロンドの髪をポニーテイルにして背中に流しており、瞳の色は物静かな藍色。トリニティ教徒の白装束の下に胸甲などの鎧を当てているが、何より特筆すべきはその背中に背負った巨大な剣だ。
剣は女性の背丈とほぼ同等の大きさであり、鞘に納められていない剥き身の刃が剣呑に光っていた。
もうひとりは中年の男性。その黒髪を乱れたままに伸ばしているが、そのブラウンの瞳には知性と──僅かな狂気の色が見える。こちらは白装束を身に着けているだけで、鎧や武器の類は持っていないようだ。
「異端者たちが海上で迎撃してくることは当然あるでしょうが、全て予定通りに、ルキウス?」
「ああ。全て予定通りにだ、ヴェロニカ」
女性はヴェロニカと、男性はルキウスとそれぞれそう呼ばれた。
「船団の全艦艇をルーネンヴァルトに向けて突撃させる。敵の軍艦がいれば砲撃し、斬り込み、衝角突撃し、全てを撃沈してルーネンヴァルトへと乗り込む。それが可能なだけの船と人員が連れてきたつもりだ」
「……ええ。恐らくは可能でしょう」
ルキウスの方が司令官なのだろう。彼が指示を出すのに、ヴェロニカがルーネンヴァルトまでの海図を見ながら頷く。
海図の上には船団の位置を示す駒があり、ルーネンヴァルトに突入するまでの進路が記されていた。記されているところによれば砲艦がまずは前方に出て道を切り開き、それに続いて輸送船団がルーネンヴァルトへの上陸を図るという計画のようだ。
「頭の悪い数任せの作戦だが、やむ得ないだろう。我々の中に海軍の将校だった人間はいない。やつらは本当に神のための聖戦に加わることを拒絶したからな」
ルキウスがそう愚痴るようにトリニティ教徒たちに海軍の将校だった人間はほとんどいない。トリニティ教徒が反乱を起こした際に陸軍の軍人たちは分裂してトリニティ教徒を支持するものも生まれたが、海軍は分裂せずトリニティ教徒を拒絶して逃亡した。
むろん、船を動かせるだけの専門知識を持った人間は一応確保できていたが、それでも高度な作戦を立案する能力には欠けていた。それがトリニティ教徒側の実情だ。
「だが、それでも問題にはならないだろう。こちらが揃えた武器の質は相手を間違いなく上回っているだろうからな」
「そうであることを願いたい。こちらの放った密偵によれば相手も砲艦をそれなり以上に揃えているようだから」
トリニティ教徒側の砲艦が50隻、ルーネンヴァルトが準備した砲艦が40隻。それだけ見るならば戦力は拮抗しているように思われた。
だが、そうではない。
トリニティ教徒側に準備した砲艦は大型の砲を60~100門備えた大型艦が主力であり、ルーネンヴァルト側はそれより小型の30~40門のものが主力だったのだ。
この火砲の差は圧倒的であり、これだけ見てもルーネンヴァルト側が苦戦を強いられるのは確実であった。
「どうあろうと異端者を相手に引くわけにはいかない。ルーネンヴァルトの征伐は我々の正しい神から下された神託だ。何としても全うしなければ」
「ええ。ぬからずにやりましょう」
そして、トリニティ教徒の海軍はルーネンヴァルトに近づく。
* * * *
敵艦隊が見えたとルーネンヴァルトを守る傭兵艦隊に連絡があったのは、トリニティ教徒たちの艦隊がルーネンヴァルトまで6、7時間の距離に迫ったときであった。
「敵さんのお出ましだ! カルトどもを歓迎してやろう!」
「錨を上げろ! 出撃だ!」
ルーネンヴァルト沖に待機していた傭兵艦隊は一斉に出撃を開始。
「帆を張れ!」
傭兵艦隊を構成する40隻の艦艇は、ルーネンヴァルトに迫るトリニティ教徒の艦隊を迎撃に向かった。
さて、傭兵艦隊もトリニティ教徒の艦隊の砲艦も、サイズは違えども造りは同じである。船の側面に無数の砲を搭載し、船の側面を向けることで相手に砲弾を叩き込む。
旋回砲塔はおろか後装式の火砲すらないこの時代においては、こうすることでしか相手を火砲で攻撃できない。なので、自然と陣形は船が一列並んだ陣形──すなわち単縦陣を描くことになる。
傭兵艦隊は20隻ずつでふたつの単縦陣を形成し、トリニティ教徒の艦隊に向かった。
「敵艦隊を視認!」
単眼鏡で傭兵艦隊の将校が水平線の向こうにいるトリニティ教徒の艦隊を捕捉。
敵艦隊も単縦陣を描いて傭兵艦隊に迫っている。
「相手の船、デカいぞ……」
「その分、動きは鈍い。やれるさ」
自分たちの倍近くの火砲を搭載しているトリニティ教徒の砲艦を前に傭兵たちに動揺が走るが、訓練された傭兵らしく深刻なパニックにはならなかった。彼らは何としてもルーネンヴァルトを守るために敵艦に向けて突撃を続ける。
確かに大型艦であるトリニティ教徒の艦隊より傭兵艦隊の方が速度は速い。彼らはトリニティ教徒の艦隊の頭を抑えるように機動を始め、トリニティ教徒の砲艦はそれに対して側面を向けて砲撃を試みる。
そしてイの字を描くように傭兵艦隊がトリニティ教徒の艦隊の頭を抑えながら反航戦の形で砲撃が始まろうとした。
「敵艦隊発砲!」
「何だと。まだ距離は離れているはずだぞ」
辛うじて傭兵艦隊に側面を向けていた砲艦がいきなり発砲。通常の火砲であれば距離が遠くて当たらないはずなのだが、砲弾は傭兵艦隊に迫る。
「被弾、被弾!」
「届いただけではなく、当ててきただと……!?」
トリニティ教徒の艦隊が放った砲弾が傭兵艦隊の砲艦1隻にダメージを与え、沈没こそしなかったものの、被弾した砲艦はよろよろと戦列をはずれていく。
「クソ。可能な限り近づくぞ。速力を生かせ!」
傭兵艦隊は遠方から一方的に叩かれる事態を恐れて加速し、可能な限りトリニティ教徒の艦隊に接近する。
「いいぞ、いいぞ。撃ち方始め!」
そして、ついに傭兵艦隊が砲撃を開始した。
無数の砲弾がまだ側面を向け切っていないトリニティ教徒の艦隊に叩き込まれ、トリニティ教徒の砲艦が爆発を起こして炎上する。だが、それでもトリニティ教徒たちは艦隊を前に押し進め、傭兵艦隊の横腹に突っ込もうとしてきた。
「やつら衝角突撃狙いか!? 何故!?」
どうにもトリニティ教徒のやっていることはちぐはぐだった。
傭兵艦隊より優れた火砲があり、さらには数においても優っているのに、どうして砲戦ではなく自分たちの艦が犠牲になるかもしれない衝角突撃を選ぶというのだ?
これを説明するにはトリニティ教徒たちの信仰の在り方について知らなければならない。彼らには神々を信仰するこの世界の一般的な人々とは違う点があるということを。特にその死生観において違いがある。
それは神のために戦って死ねば天国にいけるというものだ。
神々の信仰では勇敢に戦ったものは死後に戦神モルガンの下に召されることがあるが、そうでなくとも地獄などは存在せず、等しく冥界神ゲヘナの下に行くとされている。
だが、トリニティ教徒はそこが違う。彼らは悪魔を崇拝しているものや神のために戦わなかったものは地獄に落ち、神を信じて神のために戦ったものだけが天国に行けるとしていた。
だからこそ、トリニティ教徒は死を恐れない。いや、むしろ死を望んですらいる。
それゆえに彼らは戦意が高く、無謀な攻撃をためらわないのだ。
さらに言えば前述していたようにトリニティ教徒に海軍将校はいない。船を動かせるだけの最低限の人員は揃えたが、戦術的、戦略的に海軍を運用するノウハウが彼らには著しく欠けていた。
彼らが衝角突撃を選んだものはこれらの経緯からである。
「突っ込んでくるぞ!」
「回避しろ!」
トリニティ教徒の艦隊は次々に傭兵艦隊に向けて突っ込んでくる。傭兵艦隊の砲艦は回避を試みるが、回避しきれなかった砲艦が横腹にトリニティ教徒の艦隊の衝角突撃を受けて船体がへし折れ、衝撃で火薬が爆発し、炎上していく。
「クソ。狂ったカルトめ……!」
突撃を生き残った傭兵艦隊の砲艦は砲撃で敵艦隊を攻撃し、トリニティ教徒たちも砲撃で反撃してくる。しかし、単純な火砲の数と性能で優るトリニティ教徒の艦隊の方が、傭兵艦隊に打撃を与えている。
「怯むな! 最後まで戦え!」
そして、傭兵艦隊は必死に応戦するが、やはり勝利は難しかった。
傭兵艦隊の砲艦は炎上するか、沈没し、その残骸をルーネンヴァルト沖に晒したのだった。しかし、彼らの奮闘によってトリニティ教徒の艦隊も大損害を出し、彼らの砲艦は10隻あまりまでに減少していた。
だが、傭兵艦隊に防げなかったトリニティ教徒の艦隊はルーネンヴァルトを目指して進んでいる。
* * * *
ジークたちの下に海戦の結果が伝えられたのは、傭兵艦隊の壊滅から2時間後のことであった。傭兵艦隊が壊滅したことは生き残りからルーネンヴァルト防衛ための司令部となっている市長官邸に報告された。
「やはり海上では防ぎきれなかったか……」
ネルファがそう呟き、司令部は沈痛な空気に包まれる。
「予定通り、これから陸上で戦うんだよな? まだ勝ち目はあるだろう?」
そんな中でジークがそう尋ねた。
「ええ。まだ負けではありません、勇者ジーク。あたちたちのルーネンヴァルトを守る戦いはまだ終わっていない」
そのジークの問いにロジーが力強くそう言い、沈痛な空気を入れ替える。
「そうだな。戦いはこれからだ。まだまだ終わっていない」
セラフィーネもそう言って司令部にいる面子を見渡した。
「諦めるにはまだ早いというわけだね。私も悲観せずに戦わなければ」
「ええ、市長閣下。まだまだ我々は戦えます」
ネルファが決意を込めて言い、パウロたちも頷いた。
「敵の上陸までは残りどれくらいだ?」
「残り数時間でしょう。もう神々の神殿からは敵艦隊が見えるかもしれません」
「よーし。覚悟を決めないとな」
ジークたちはそれから改めてルーネンヴァルト防衛作戦の確認をすることに。
「入り江にはすでに砲兵隊が展開しています。城壁への火砲、バリスタ、投石機の配置も完了。敵艦隊が上陸を開始するまでに可能な限り、その数を減らしましょう」
「そこら辺は俺たちにできることはないな……」
ジークとセラフィーネが得意とするのは白兵戦だ。遠距離砲戦で彼らの出番はない。
「ええ。ジークさんたちには城壁を守る戦いと、夜間の敵陣地のへの攻撃を担当してもらいたいのです」
「ほう。夜間の敵陣地への攻撃か。城壁に抜け道があるのか?」
「地下下水道の出口のひとつが海に繋がっており、そこから城壁の外に出れます。夜間にひそかに外に出て、上陸して陣地を築いた敵を攻撃し、物資や兵員に打撃をあ耐えようと考えています」
「面白そうだな。それに悪くない策だ」
パウロが説明するのにセラフィーネがにやりと笑う。
「相手にとってもこの戦いは兵站の維持が困難な戦いになります。我々は持久戦の構えを取り、相手の物資切れを狙うことになるでしょう。敵が狂信的なカルトだとしても、武器弾薬と食料がなければ戦えません」
「そうか。ここは海の上の孤島だから敵も兵站が維持しずらいんだよな……」
「ええ。すでに対岸のカールハーフェンでは民兵の手で港が焼き払われたと聞いています。敵が利用可能な港湾施設はこの近くに存在せず、そのことがなおさら兵站への負荷になっているはずです」
ルーネンヴァルトは海の上の孤島だ。近くに略奪できる村などはないし、物資を安定して輸送できる街道などもない。全ては海上を通じてやり取りしなければならない。
それゆえにトリニティ教徒の侵攻軍は多大な兵站の負荷を追っている。そのはずだ。
「それが読み違えではないことを祈るのみだな」
「大丈夫だろう。迎え撃ってやろうぜ」
セラフィーネとジークたちは戦意を高めて、トリニティ教徒の侵攻軍を待つ。
* * * *
トリニティ教徒の艦隊が神々の神殿から見えたとの報告が入る。
敵艦隊はパウロたちの予想通りに、上陸が容易な入り江とその周辺の浅瀬を目指して進んでいた。しかし、そこでは展開した砲兵たちが艦隊を待ち受けている。
その砲兵の数、火砲10門を備える部隊だ。
「見えたか?」
「あれです! 敵艦隊を視認!」
入り江に偽装して展開している砲兵たちがトリニティ教徒の艦艇を捉えた。
「こちらにはまだ気づいていないな……。引き付けろ……」
トリニティ教徒の艦隊は砲艦が左右に広がる中、中央を輸送艦が入り江を目指して進んでいる。左右の砲艦は砲兵の存在に気づけば、艦砲射撃で彼らを攻撃してくるだろう。そうなると海の上を機動する砲艦と地上に固定されている砲兵では後者の方が分が悪い。
「まだだ。まだ撃つな。引き付けるんだ。可能な限り……」
敵はまだ砲兵の存在に気づかず、ゆっくりと輸送艦を推し進めてくる。
「もう少し、もう少しだ……」
確実に輸送艦は砲兵の射程に入り込んでくる。そして──。
「撃てぇ!」
号令とともに一斉に砲兵が砲撃。砲弾が輸送艦を貫き、中に積んであった火薬に引火させて炎上させる。
「いいぞ! 続けて撃て!」
砲兵は砲弾と火薬を装填し、火砲から輸送艦に向けての砲撃を続けた。配置されていた砲兵の火砲は前装式であり連続した射撃は難しいが、それでも訓練された傭兵は可能な限り素早く砲撃を続ける。
「クソ! 敵砲艦がこちら照準している! 逃げろ!」
ついに敵の砲艦が側面を向け、火砲の向きを砲兵たちに向け、一斉に砲撃を開始した。激しい砲声が一斉に響き、入り江に向けて砲弾が降り注ぐ。
「撤退、撤退! 急げ!」
「魔法使いは弾薬庫を爆破しろ!」
砲兵たちは事前に定められていたように火砲を捨てて逃げ、後方に控えていた魔法使いが弾薬が備蓄され弾薬庫として機能していた港の小屋に向けて魔法を放った。
激しい爆発と立ち上る黒い煙。
入り江の桟橋は崩れ、港湾施設は崩壊し、さらには港にわざと停泊させて立った船舶も沈んで入り江をふさぎ、港は跡形もなくなった。
「入り江の爆破を確認!」
「よし。城壁の中に撤退だ」
傭兵たちは城壁内に撤退し、入れ替わるようにトリニティ教徒たちの輸送艦が押し寄せる。破壊された港のせいで上陸は至難となったが、それでもトリニティ教徒たちはルーネンヴァルトに向けて上陸してきた。
ルーネンヴァルトを巡る長い戦いの始まりである。
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