聞こえてきた不穏な噂
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──聞こえてきた不穏な噂
ジークは朝9時から夕方18時までの大図書館での調査という日程を続けている。その日々ももう3週間が過ぎていた。
「見つからない……」
だが、残念なことにジークもアレクサンドラも自力で不老不死を解くすべを見つけ出せていない。今もジークは不老不死のままだ。
「どうすりゃいいんだろうな、本当に……」
「も、もうちょっと頑張ってみましょう、ジーク様」
ジークとアレクサンドラが調べた神学上の死にもジークがやれそうなことは記されていなかった。どのような死に方にも神々の助けが必要であるという高い壁が立ちふさがっていたのである。
「だが、神々の助けなしで不老不死を解く方法って本当にあるのか……?」
ジークは3週間かけて調べたのに、全く手がかりがない状況に絶望しかけていた。
不老不死である神々でも死は選べるということは分かった。だが、その描写はあいまいであるか、あるいは他の神々の力を借りたものであった。今のジークに神々の力を借りることはできない。
よって死ぬ方法がない。
「ジーク。調子はどうだ?」
「ああ、セラフィーネ。あまりよくはないな……」
そこでセラフィーネが訪れ、ジークはげっそりとした様子でそう答えた。
「見つからないのか。不老不死を解く方法は」
「不老不死を解けそうな方法はあるが、神々の力が必要ってのだけしか見つかってない。俺が単独でどうこうできそうな手段は全く……」
「そうか」
ジークが行き詰っているのをセラフィーネも感じたらしく、彼女は少しだけ心配そうな表情をジークに向けた。
「行き詰ったならば、少し息抜きをしたらどうだ? 飲みに行くならばおごるぞ」
「本当か? じゃあ、そうしようかな」
珍しくセラフィーネから誘われて、ジークは行き詰った調査を一時中断して飲みに行くことにした。
今日はまだアレクサンドラは勤務中なので、酒場に行くのはジークとセラフィーネだけで、ふたりで繁華街に繰り出した。
「ふたりで飲みに行くのは久しぶりだな」
「そういえばそうだな。いつもアレクサンドラか、エミールがいたしな」
セラフィーネが言うのにジークがそう言って頷く。
旅の最初のころはふたりで飲みに行ったものだが、エマが加わってからは3人で、ルーネンヴァルトについてからはアレクサンドラなども加わっていた。
だが、今日はジークとセラフィーネだけだ。
「懐かしくも感じるけど、あんたと出会ってまだ1年経ってないんだよな」
「我々の人生からすれば一瞬みたいな時間だが、充実していたぞ」
ジークとセラフィーネが出会って1年未満。500年、700年を生きる彼らにとって彼らはまだ知り合ったばかりと言えるだろう。
「あんたのおかげでルーネンヴァルトまで来れた。その点は感謝してる。願わくば大図書館に答えがあればいいんだが……」
ジークはそう呟きながら繁華街でよさそうな店を探す。
「この店にしようぜ。よさそうだ」
ジークはいい感じの店構えのそれを選ぶと扉を開いて中に入る。
「いらっしゃいませ!」
「2名ね。テーブル席がいいかな」
「どうぞこちらへ」
若い男性店員に案内されてジークたちは椅子に座り、まずはエールを注文。
「しかし、答えを探すってには存外大変なことなんだって分かったよ。これまでは誰かが探した答えを利用していたけど、その答えを見つけるのがこんな苦労するもんだとはな。本から本に答えを求めてぐるぐるしなければならなし」
「これを機に学者でも目指してみたらどうだ?」
「やだよ。学者さんはこういうのを好き好んでやるんだろう? 俺は違うから、絶対に向いてない」
セラフィーネがからかうように言うがジークは首を横に振る。
「なら、お前が望む生き方とはなんだ?」
「そいつはお酒を飲んで、女の子と遊んで、享楽的に生きることさ! そいつが俺の好きな生き方だ」
そういうとジークは注文したエールをぐびぐびと飲み干す。
「そういうお前のことは嫌いにはなれないな」
セラフィーネはその様子をどこか優しそうに見ており、彼女もエールに口を付ける。
「……なんだよ。いつもみたいに英雄ならもっとしっかりしろとか言わないの?」
ジークはそんな彼女を怪訝に思ってそう尋ねる。
「お前は英雄らしくしなくても、立派に英雄だと私は知っている。危険や苦痛を覚悟に戦って大勢を救い、見返りを求めずにいる。それだけでもうちゃんとした英雄だ。私が横からあれこれいう必要がないほどに」
「……調子狂うなぁ……」
セラフィーネの言葉にジークはなんだかこれまでと違いすぎて困っていた。いつもなら皮肉に対して軽口を言って返すのだが、セラフィーネの今の言葉にはそういうものを返していけない気がするのだ。
何というかセラフィーネはここ最近様子がおかしいとジークは思っていた。いつものようにジークに皮肉をいうこともなく、どこから寂しそうにしているのだ。そういうセラフィーネにどう接していいものかジークは考えている。
「──おい、聞いたかよ──」
そこでジークたちの耳に焦ったような男の声が聞こえてきた。
「トリニティ教徒たちのことか?」
「ああ。連中、こっちに向かってきているらしい。ヴェスタークヴェルでは傭兵を雇い始めたって。このルーネンヴァルトもやばいかもしれんぞ」
トリニティ教徒? ああ、あのカルトかとジークは思い出す。
「流石にルーネンヴァルトは大丈夫じゃないか? 海があるしさ」
「いや。連中、かなりの船を準備してきているらしい。船団を作って北部から南下してきているって話だ」
「……そいつはちょっとやばそうだな」
ジークとセラフィーネはそんな男たちが話す内容を横から聞いていた。
「トリニティ教徒が南下してきてるのか。厄介そうだな」
「船団を作っているというのが気になるな。最初からルーネンヴァルトに攻め込むつもりなのか?」
「分からん。あとでパウロ隊長に話を聞いておいた方がよさそうだ」
ジークたちは確かな危機感を感じ、あとでパウロに話を聞くことにした。街の治安を守る彼ら憲兵隊ならばトリニティ教徒の動きについて、街の酔っぱらいたちより詳しい情報があるだろう。
* * * *
それからジークたちは酒盛りはそこそこにして憲兵隊本部に向かった。
憲兵隊本部はやはりあわただしく、何かが起きていることを感じさせた。
「こりゃ噂は本当かもな……」
「確認するぞ」
ジークとセラフィーネは憲兵隊本部の中に入り、パウロを探す。
「すまん。パウロ隊長はどこだ?」
「パウロ司令官は会議中です。しばらくお待ちください」
「分かった」
ジークたちは憲兵隊本部の応接室に通され、そこでパウロを待つことに。
「ジークさん、セラフィーネさん」
「パウロ隊長。この忙しそうなのは、トリニティ教徒のせいかい?」
ジークはパウロが来ると同時にそう尋ねる。
「ええ。その通りです。すでに民間にも情報が流れているようですね」
パウロは応接室のソファーに座り、そう応じる。
「すでにお聞きの通りでしょうが、トリニティ教徒がこちらを目指して南下しています。それも大規模な船団を編成しており、ルーネンヴァルトへの攻撃を企図しているのではないかと思われます」
「こちら側の対応は?」
「ネルファ市長閣下の命令で傭兵の雇用が始まりました。海軍の編成準備も始まっています。ですが……」
「防ぎきれるかは分からない、と」
「ええ……。厳しい戦いになるかと思います。むしろ、厳しいという予想の範囲に収まればいいというぐらいですね」
厳しい以上の状況というのは、敗北を意味する。
「俺たちも手を貸すよ。頼みたいことがあったら何なりと言ってくれ」
「ありがとうございます、ジークさん。あなた方はトリニティ教徒の中でも危険な使徒を退けたと聞いています。その力、頼りにさせていただきます」
「ああ」
ジークはにっと笑ってパウロにそう言う。
「それでは私は引き続き街の防衛を強化するために、傭兵の雇用などの準備を進めます。ジークさんたちが黒書結社から救ってくれた街であり、私の故郷です。何としても守らなければなりません」
パウロはそう言い、また仕事に戻った。
「さて、どうやらのんびり大図書館で調べものしているような状況じゃなくなっちまったらしい。俺たちも備えておかないとな」
「ふむ。私たちだけで先に船団に仕掛けるか?」
「おいおい。海の上じゃ、俺たちはあまり役には立てないぜ? 海に落ちたら不死身でもどうにもならんからな」
「だが、船団が到着してからだと間違いなくルーネンヴァルトは戦火に包まれるぞ」
「それはそうなんだが……」
トリニティ教徒が準備した船団の規模や質にもよるが、島であるルーネンヴァルトは船団に取り囲まれれば包囲されたも同然となる。そこからは間違いなく艦砲射撃などが始まり、このルーネンヴァルトは戦火に包まれてしまうだろう。
「今はまずパウロ隊長を信頼しよう。そして、彼に手を貸す。俺たちが勝手に動くよりそっちの方がいいはずだ」
「そうだな。指揮官である人間を信頼するとするか」
ジークはセラフィーネを説得し、彼らはパウロからの次の報告を待つことに。
* * * *
それから数日ジークたちが神々の神殿で待機していると憲兵隊の伝令がやってきた。
「パウロ司令官よりこれから市長官邸で防衛作戦について話し合うので、皆様にも来ていただきたいとのことです」
「皆様ってことはロジーもか?」
「可能であれば」
「なら呼んでくる」
ジークはロジーを呼び、それから神殿の馬車と憲兵隊の馬車でネルファがいる市長官邸へと向かった。
市長官邸は憲兵によって厳重に守られているが、憲兵たちは誰もが深刻そうな顔をしている。戦争が近づいていることを悟ったような表情だ。
「どうぞこちらへ」
それからジークたちはネルファがいる地下に通された。
薄暗い階段を下っていき、ジークたちは地下にある市長執務室に入る。
すでにそこにはパウロや他の軍服姿の人間がいた。恐らくは傭兵だろう。
「おお。勇者ジークたちよ。よく来てくれた」
ネルファがまず頭を下げてジークたちを迎える。
「防衛の準備は進んでいるのか?」
「それについてはパウロから説明してもらおう」
ネルファはそう言ってパウロの方に視線を向けた。
「現在、傭兵5000名が雇用に応じました。そのうち海軍は1200名で、艦艇は40隻。まずは海軍が敵の上陸を防ぐために展開します」
「それに失敗したら?」
「陸で戦うしかありません。一応ヴェスタークヴェルなどの友好都市や国家からは、救援が送られることになっていますが……」
「期待はできないと……」
「彼らも彼ら自身の街や国を守らなければなりませんので、それについては仕方ありません。運が良ければ救援が来る程度に思っておきましょう」
パウロはジークたちにそう説明した。
「それで、敵の規模は?」
「……少なくとも砲艦50隻、輸送船70~100隻だそうです」
セラフィーネの問いにパウロが告げた言葉で場が静まりかえった。
「おいおい。マジかよ。数の上ではまず勝ち目がないな……」
ジークは静まり返った場で最初にそう発言した。
「ふむ。それだけ絶望的な状況なのに雇われる傭兵がいたとはな」
「それは市長閣下の人望とこのルーネンヴァルトが女神ヘカテ様の加護を受けているからでしょう。傭兵団は神々のためにも戦うと言ってくれています」
「ほう。感心だな」
セラフィーネはパウロのその言葉を聞いて、この場に集まった傭兵たちの指揮官たちを見渡す。彼らの目には恐怖ではなく、戦意があった。
「では、陸地での防衛作戦はどのように展開するのか、説明してくれ」
「はい。まずは市民の避難です。トリニティ教徒たちの船団が到着する前に希望するものはヴェスタークヴェルに逃がすことになります。すでに今ある船を総動員して、市民の避難が行われています」
海の上の孤島であるルーネンヴァルトは包囲されては、逃げようがない。なのでパウロたちは希望者を先に大陸側の都市であるヴェスタークヴェルに避難させ始めていた。
「次に城壁の守りの強化です。火砲やバリスタ、投石機の設置のほかに魔法学園からいくつかの実験兵器が融通されることになりました。それによって敵船団による艦砲射撃に応じる計画です」
「火薬の備蓄は大丈夫か?」
「ええ。魔法学園では火薬の製造もおこなってますから」
ジークが尋ねるのにパウロはそう言う。
「城壁を突破されないことが最優先ですが、もし城壁を突破された場合、抵抗拠点を魔法学園、大図書館、神々の神殿に設置し、そこを守り抜くつもりです」
「オーケー。俺としても大図書館にまだ用事がある。燃やされたり、破壊されたりするのは困る。なんとしても城壁で敵を食い止めよう」
「それが一番犠牲が少なくなる戦闘の経緯でしょう」
ジークはまだ不老不死を解く方法を見つけていない。大図書館にはまだ用事がある。何としても大図書館を、このループポイントを守り抜かなければなならない。
「魔法学園はどの程度協力してくれるのだ?」
「学生から志願兵を募っています。教師たちも戦いに加わると。トリニティ教徒たちが神々に対して行ってきた数々の不敬行為を考えれば当然かもしれません」
「そうだな。やつらがこの街の神々の神殿やヘカテによって創設された大図書館に対して敵意を抱かないはずもない」
トリニティ教徒たちは神々を悪魔呼ばわりし、嫌悪の対象としている。そんな彼らが神々の神殿やヘカテが作った大図書館に敬意を払って破壊しない、なんてことは絶対にありえないだろう。
「あたちたち神殿の人間ももちろん戦うのです。このルーネンヴァルトはヘカテ様の寵愛を受けて作られた都市。ここは学びの場であり、知識の保管される場所。そんな場所を攻撃しようという人間たちには徹底して抵抗するのです」
ロジーたちも戦いへの意欲を明らかにした。
「ありがとうございます、皆さん。さて、では具体的な防衛配置についてこれから話し合います」
パウロはジークやセラフィーネ、ロジーたちに礼をし、それからネルファの執務机の上に大きなループポイントの地図を広げた。
「もっとも上陸が容易なのは、海峡連絡船も利用するこの入り江です。ここには港湾設備もあり、水深も一定に保たれている。まずはこの地点を守り抜くか、敵に奪われる前に破壊する必要があります」
「破壊するとなるとどうする? 魔法でぶち壊すのか?」
「ええ。魔法と火薬です。ここに砲兵を設置し、接岸を試みる敵艦艇を可能な限り撃沈したのちに敵艦艇接岸時に火薬を魔法で引火させてもろとも吹き飛ばします」
「ひゅーっ! そいつは派手なことになりそうだ」
パウロの説明にジークが口笛を鳴らす。
「他の地点は上陸は困難です。無理に上陸してくる可能性もありますが、それについては城壁からの攻撃で可能な限り食い止めます」
「あのパトリツィアが利用していた隠し入り江は封鎖したか?」
「はい。すでに破壊して入れなくしてあります」
「なら、大丈夫だな」
ルーネンヴァルトは白亜の城壁に囲まれている。そして島そのものも切り立った崖に半分以上の場所が囲まれており、上陸は難しかった。
「我々はこの入り江周辺の浅瀬になっている場所から上陸してくるであろう敵と戦うことになるでしょう」
パウロが指さすその場所こそ、激戦地になると予想される場所であった。
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