23-3 モチゴメを蒸し器に入れて大鍋にかけるんだぞ
リリアン入寮の日の顛末を話したところ、ルナは案の定大爆笑し、レストランのテーブルに突っ伏した。
「な……並んで……座る……」
新年休暇は祖父たちと共に山籠りするためリリアンの入寮日に立ち会えないと言っていたルナは、日を改めてリリアンの様子を見に行きたいとアンジェを誘った。入寮祝いに何か贈りたいから選んでくれというので、二人して待ち合わせをして品物を選び、昼食を済ませてからノーブルローズ寮に向かう手筈になっていた。令嬢二人、先日リリアンと買い物をした時は多少視線が気にならなくもなかったが、相手がルナ、しかも私服でほぼ男装の麗人状態だと、人目は全く気にならない。比較的くだけた雰囲気の、それこそ令嬢が選ばないようなレストランで食べる気安い食事は現代日本のファミレスを思い出させてなんだか楽しかったが、その雰囲気はすべてルナの大爆笑に持っていかれた。
「それで……座ったのか、アンタらは」
「……ええ、座りましたわ」
「それで?」
「……拍手なさってたわ」
「拍手!!!!!!!」
ルナは天を仰いで顔を覆う。声のボリュームを抑えるのに精一杯で笑いそのものは全く堪えられておらず、テーブルが振動するのではないかと思うくらい激しく笑った。窓際の席は日の光が差し込んで暖かく、水の入ったガラスのゴブレットが、卓上に光の影を落としている。
「本当によく笑いますこと……」
「もうこれは、ユウトの頃からの悪癖でな」
眼鏡を外して涙を拭いながらルナは言う。
「学生の頃の男子で、人の色恋沙汰を茶化すやつがいただろう。あれの酷い奴だと思ってくれ。よくメロディアにも怒られたよ」
「なんとなく分かりますけれど……それにしてもフェ……あの方に対しては過剰反応しすぎではありませんこと?」
「そりゃなあ」
テーブルの上、アンジェにはホワイトソースのドリア、ルナは分厚いステーキ肉が並んでいる。その肉をナイフとフォークで切り分けながら、ルナはニヤリと笑った。
「アイツは結局、お前の前じゃええカッコしいなんだよ。本性を知ってると笑いたくもなる」
「本性って……そんなに違いますの?」
「女だってぶりっ子とかあざとい系とか、男の前でだけ態度が変わる奴はいるだろう。それと似たようなもんさ」
「そうなのかしら……」
「……だからな」
アンジェは首をかしげ、ドリアをスプーンで掬って食べる。ルナも切り分けた肉をむしゃりと食べ、飲み込んでから続けた。
「……他でもないお前が例の騎士になりたいと言い出して、キレるアイツの心情は分かる」
「…………」
個室ではない大衆レストランのため、アンジェもルナもフェリクスや殿下という言葉を使わないようにしている。セレネス・パラディオンという言葉もイザベラによって公表されたため、聞かれないように配慮することに越したことはない。
「並大抵の剣士がやすやすとなれるようなもんじゃないんだ。アイツは十年以上、公務以外で使える時間のほとんどをそれに費やしてきたんだぞ。お前が……ショコラが努力家なのは知ってるが、さすがにこれは無理だ。成長曲線も垂直に上がれるわけじゃない」
「ルナは……」
アンジェは首をかしげながら微笑んで見せる。
「その騎士がどんなものなのか、ご存知だったんですの?」
「当然だ」
たじろぐかと思っていたルナは、ニヤリと笑い返しながら頷いて見せた。
「先代は私のおじい様だぞ」
「……まあ、そうでしたの!?」
「まあな……一子相伝で師匠から弟子に受け継がれていたところを、遊学中のおじい様が撃破してしまって、継承せざるを得なくなっちまったんだ」
「まあ……こっそり教えて下されば良かったのに」
アンジェが悪戯っぽい顔で言うと、ルナはそれもそうだな、とニヤニヤしながら肩をすくめて見せた。
「……王室側としてはその称号を持ったまま、おじい様をヒノモトに返すわけにもいかないだろう。だから適当な爵位を与えて、適当な令嬢をあてがって、フェアウェルに留まってくれと頼み込むしかないよな。それが我がシュタインハルトの興りだよ。表向きはおじい様とおばあ様の大恋愛ってことになってるがな」
「ルナのおじい様、ヒノモトの剣の達人だとは聞いていましたけれど……そんなご事情がおありでしたのね……」
「ヒノモトは剣士が強い国だが、おじい様はその中でも指折りの剣聖だったらしいからな。若いのにショーグン様のご指南役をしてたんだと」
「では、あの方は今やルナのおじい様よりお強いと言うことですの?」
驚きつつもしみじみと言ったアンジェに、ルナは首を振る。
「それはない。あくまで称号を継承しただけだ。免許皆伝しても師匠のほうが強いのはよくあることだろう」
「そうなんですのね……ではルナとあの方では? ルナも随分とお強いのでしょう?」
ルナはまたしても首を振り、グラスに入った水を飲み干してから続けた。
「試合形式で同じ武器を使えと言われたら、流石の私も多少不利だな」
「多少、不利?」
「生まれ持った体格差だけはどうにもならんよ」
「では……あの方の方がお強いの?」
アンジェの問いかけにルナは微かに息を吞み、それから最高に面白いものを見つけたかのように、クックッと笑い声をあげた。
「ま、そう思ってりゃいいんじゃないか」
「もう……ちゃんと教えて下さる?」
「どちらにせよ、そういうわけだから、赤ちゃん・アンジェが例の騎士になるのはほぼ不可能だ。子リスと百合百合するにしても別の突破口を考えたほうがいい」
「…………」
「……それしか方法がないわけじゃないだろう?」
押し黙ったアンジェを見て、ルナが多少口調を和らげるが、アンジェはまだ口を開かない。それは可能性はないと断言されたことに憤っているわけではなく、これから話すことを本当に話してもいいか、最後の逡巡をしている時間だった。
「……アンジェ?」
ルナが怪訝そうに眉をひそめる。
「……ルナ……」
「……どうした」
「誰にも……話さないと、誓って下さる? 正直、貴女にお話ししてよいかどうかも躊躇っているの」
「……何だ、仰々しい。建国の女神確様に誓おうじゃないか」
アンジェが目線を上げられないのを見て、ルナは居住まいを正す。アンジェは猶も躊躇い、拳を握り締めたが、やがてため息をついてルナの瞳を真っ直ぐに見据える。
「……わたくし、誕生祝賀会の時に、マ……ラキオンに襲われたでしょう」
「ああ、そう言ってたな」
「あの時、その魔物に……我が愛し子、と呼ばれましたの」
「愛し子? それがどうした」
「覚えておりませんこと? 冬至祭でも、王国の守護神様があの子のことを、建国の女神の愛し子セレナ、と呼んでおりましたのよ」
「…………」
ルナの眼鏡の奥の瞳が、微かに見開かれたような気がする。この心臓の鼓動はざらついて気持ちが悪い、今すぐ取り出して投げ捨ててしまいたい。ルナはまじまじとアンジェの顔を見たが、小さくため息をつき、ステーキ肉をがぶりと食べた。
「……とりあえず全部話せ」
「……ええ」
アンジェは頷くと、ぽつりぽつりと自分の考えを話した。建国の女神の愛し子セレネス・シャイアンがいて、ヘリオスのミドルネームを代々継承するアシュフォード家があって。同じように古き魔物の愛し子という存在があるのではないか。それが自分なのではないか……。新年祝賀会で襲われたのも、冬至祭で憑かれたのも、フェリクスの婚約者、リリアンに近しい者という立場ではなく、古き魔物の愛し子だからなのではないか。
「…………」
「邪教審問で……あれだけ、あの方にもあの子にも助けていただいたのも、わたくしの潔白を信じてくださっていたからこそでしょう?」
「そうは言うが、全部お前の推測だろう?」
苦々しい顔のルナに、アンジェは頷く。
「けれど、いつまたあの魔物が現れて、わたくしのことをそう呼ぶか、分からないでしょう?」
「まあなあ……」
「それに……『セレネ・フェアウェル』でのわたくしの後半の所業を思い出してくださる?」
乙女ゲームセレネ・フェアウェルの後半。攻略対象との関係が進展するメインシナリオでは、悪役令嬢はクラウスと手を組んでクーデターの旗印となり、攻略対象に正ヒロインとの婚約破棄を迫る。攻略対象ルートでなくても、何かしらの理由をつけて悪役令嬢はクーデターに参加し、逮捕投獄あるいは国外追放などの惨めな結末を迎えるのだ。
「……それが、何だってんだ」
「マ……ラキオンの愛し子で、クーデターの旗印のわたくしが、救世の聖女の近くに居続けることができまして? ましてやあの子を守るなど……遠ざけられるだけならまだしも、二度と対面することも叶わなくなってしまうやもしれませんわ」
「…………まあ……無いとは言い切れないわな」
渋々頷いたルナのメガネが、窓からの陽光を反射して白く光る。
「でしょう。そんな折に、例の騎士の称号を持っていたら……少なくともその称号を目指していたら、わたくしの王国への忠誠と、女神様への信仰心を示すことになるのではと……思いましたの」
「…………」
「もちろん後付けですわ……祝賀会の時はもう、あの方にあの子を取られたくない気持ちでいっぱいでしたから……」
アンジェは視線を落とし、言い訳のように言葉を絞り出す。ルナは時折肉を食べながら話に聞き入っていたが、最後の一切れを食べ、ゆっくり味わって飲み込むと、ふむ、と鼻を鳴らした。
「……大体分かった。折れる気がないのもよく分かった」
「ありがとう、ルナ……」
微笑んだアンジェの青い瞳から、ぽつりと涙がこぼれ落ちる。
「わたくし……恐ろしくて……」
ルナは涙をハンカチで拭くアンジェをじっと見ていたが、やがて大きくため息をついた。
「……そこまでどうしてもって言うなら、一度うちに来い。おじい様に会わせてやるよ」
「ありがとう……駄目ね、涙もろくて」
「但し、やるからには全力でアイツから獲りに行けよ。遊びで首を突っ込まれたんじゃ、私も気分が悪くなる」
「ええ……もとより本気ですわ」
アンジェが頷き、何度も涙を拭いながらルナを見たのを受け、ルナはぷっと吹き出した。
「例の騎士になったら、本当にセキハンを炊いてやらないといかんな」
「ええ、ぜひともお願いいたしますわ。祥子は大好きでしたのよ、オセキハン」
親友二人は互いの顔を見て、クスクスと笑いあったのだった。




