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23-2 モチゴメを蒸し器に入れて大鍋にかけるんだぞ

 その後、リリアンはどうせ自分は一生ぺったんちくりんなんだとしくしく泣き始め、アンジェはそれをずっと慰め励ます羽目になった。フェリクスはだんだん事情が飲み込めたらしく何とも言えない顔になったが、リリアンに何か言おうとするたびにアンジェに酷く睨まれ、結局何も言えないまま馬車はフェアウェルローズ・アカデミーに到着した。


 新学期開始前のため校内に人はまばらで、ノーブルローズ寮に入寮している生徒もほぼ全員が帰省している。出迎えたのは寮監と、アンダーソン邸からの荷物を運んできたエリオットだけだった。ルナやイザベラやお菓子クラブのメンバーも来たがったのだが、各々家庭の用事やら何やらで都合がつかなかったのだ。アンジェとフェリクスも、それぞれかなり無理をして予定を調整していた。


 リリアンは当然女子寮に入寮するが、人がいないことと引越しの手伝いということで特別にフェリクスとエリオットもリリアンの部屋まで入室が許可された。新年祝賀会の後、リリアンは着の身着のままアンダーソン邸に身を寄せ、もともとスウィート邸にあった彼女の荷物はトランク一つに収まっている。そのため引越しの荷物といっても大した量がないはずなのだが、アンダーソン夫人の心尽くしで大きな箱がいくつも連なり、エリオットの指示でアンダーソン家の使用人たちがリリアンの部屋まで運び込み、五メートル四方の殺風景な部屋は、ふかふかの布団セットやら気持ちのいいラグマットやら可愛らしいクッションやら品のいいカーテンやら小洒落たカップとテーブルセットやら実用性もありそうな文房具やら制服やら休日用の私服やらが整然と並べられていった。リリアンは運び込まれた荷物の中に新品の製菓の道具と、リリアンの両親の肉筆で書かれたパン屋の伝票の束が入っていたのを見つけ、箱に縋り付いて号泣した。


「なんかリコの部屋って感じになったなあ。すっげーピンク」


 大体の荷解きが終わった室内を見て、エリオットがしみじみと呟く。


「えへへ、可愛くなって嬉しい。こんなお部屋初めて!」


 アンダーソン夫人が選んだものは良い品物ばかりだが、淡いパステル調、特にピンクを基調にした色味で統一され、リボンやレースもふんだんに使われていた。アンジェの目線からすると子供っぽいを通り過ぎて少女趣味を極めた、それこそ現代日本のロリータやゴスロリの世界観に通じるものがある。


「うち男ばっかりだからなあ。母さん、お前がいる間、本当に楽しそうだったよ」

「さみしくなるわ、うちから通えばいいじゃない、って何回も仰ってたよね」


 リリアンとエリオットの今の関係性は、アンジェには推し量り難かった。エリオットはあまりリリアンをからかわず、リリアンも変に突っかかっていくこともなく、それこそ兄妹のように自然体で話している。フェリクスがアンジェにそうするようにぴったりと寄り添うでもなく、だが手を伸ばせばすぐに触れられるあたりに立って。互いを見るのではなく、同じものを見て、時々視線を交わして微笑み合う。その距離感は幼馴染の気安さにも、恋人同士の安心感のようにも見えた。


(……きっと、たくさんお話しなさったのね)


 新年祝賀会でエリオットがアンジェにだけ見せた涙を思い出す。何もしてやれないと泣いていた少年は、自分にも出来ることを見つけて、自分なりのやり方で、あの子を守ると決めたのだろうか? その関係性には、婚約者だとか、スカラバディだとか、……恋人だとか、何か名前がついているのだろうか? 思考に耽りかけたアンジェの肩を、すぐ横に寄り添っていたフェリクスがぽんと軽く叩く。見上げたフェリクスは、何か考え込むようにアンジェの顔を覗き込んでいたが、視線が合うと、ふんと鼻を鳴らしながら微笑んで見せ、幼馴染二人を見た。


「僕は女子寮に入るのは初めてだけれど、実に華やかな部屋になったね」

「殿下、えへへ、アンダーソンの奥様がとっても素敵にしてくれました」


 リリアンがニコニコ笑いながらフェリクスのほうを振り向く。


「そうだね、可愛らしくてリリアンくんによく似合うと思う」


 エリオットはフェリクスとリリアンの目線が重なっているのを確かめると、曖昧な笑みを浮かべてうつむいた。王室が婚約させたがっている二人。乙女ゲーム「セレネ・フェアウェル」正規ルートでの運命の相手、手を取り助け合い永遠の愛を誓う攻略対象(ヒーロー)主人公(ヒロイン)。フェリクスは新年祝賀会でエリオットがアンジェをエスコートしていたのを目敏く見ていたらしく、本人を呼び出して質問攻めにしたが、縮み上がってブルブル震えているエリオットを見て溜飲を下げたようだった。


「アンダーソン家は君に格別な親愛を示しているようだね。きっと君のご両親は素晴らしい人だったのだろう」

「えへへ、ありがとうございます、優しい両親でした」


 フェリクスはリリアンのことをどう思っているのだろう。アンジェとリリアンの間に挟まりたいと言うものの、リリアン個人はどのように思っているのだろうか。その逆に、リリアン自身もフェリクスのことをどう見ているのか。以前は愛が重いから無理と言っていたが、無邪気に話をしている今も、エリオットと並んでいるこの瞬間も、まだ同じように思っているのだろうか? 新年祝賀会で王族が登場するまでの間、二人で何を話していたのだろう? 尋ねたら、リリアンは、フェリクスは、教えてくれるだろうか。


(……駄目よ、アンジェリーク。自分を保たなければ)


 胸の奥がぐらりと揺らぐのを感じて、アンジェは唇を嚙んだ。古き魔物マラキオンを呼び寄せるあの黒い炎は、おそらくアンジェの内に巣食っている。古き魔物(マラキオン)の愛し子ルネのあさましい劣情をその炎にくべると、身を焦がすほどに燃え上がるのだ。


「それで……アンジェ。リリアンくん。一つ頼みがあるのだが、聞いてくれるかな」

「はい、私にできることなら」


 フェリクスの言葉にリリアンはすぐに無邪気に頷いた。アンジェはふと予感がしてフェリクスの緑の瞳をじっと見つめる。フェリクスはニコニコしているだけで、愛情は伺えてもその真意までは分からない。


「……ええ、フェリクス様、どのようなことでしょう」


 アンジェが答えると、フェリクスはにこりと微笑み──


「少し……ほんの少しでいいんだ。アンジェはここに……リリアンくんはこっちに座ってみてくれないか」


 そう言いながら、ぽむぽむとピンクのふりふり布団をかけたばかりのベッドを叩いてみせる。


「……フェリクス様?」

「え、ここに座ればいいんですか?」


 疑惑の目でアンジェがフェリクスを見上げるのと、きょとんとしてリリアンがベッドの上にぽふんと座るのはほぼ同時だった。フェリクスはぱあっと顔を輝かせ、うんうんと頷き、期待に満ち満ちた顔でアンジェのほうを見る。


「アンジェ、君も……」

「…………」

「君が望むなら、僕はここに、アンダーソンくんの隣にいるから。それでも駄目か?」


 ニコニコとして、だが必死に頼んでくるフェリクス。座ったリリアンとアンジェとフェリクスを交互に見比べているエリオット。


「……そこに、いらっしゃると仰るのなら」


 アンジェはフェリクスの目をじっと見ながらそろりそろりと移動し、ベッド──リリアンの隣に腰掛けた。リリアンがぴょんと腰を浮かせてアンジェに寄り添い、肩口に寄りかかってくる。


「アンジェ様?」

「リリアンさん……」


 にこりと微笑んだリリアンに、アンジェも思わず微笑み返す。するとフェリクスは激しく何度もうなずき、目尻に浮かんだ涙をぬぐい、大袈裟すぎるほど拍手をして見せた。


「素晴らしい……素晴らしいぞ、アンジェ、リリアンくん!!! ああ、この光景を絵に写しとって永遠に残すことができたら! 目で見てどんなに覚えていようと思っても記憶は掠れて行ってしまうんだ……それよりももっと……手を取り合ったり、頬を寄せ合ったり、ちょっとそのままごろりと寝転がってみたりしてくれないだろうか!」

「え……え……!?」


 リリアンは急に早口になったフェリクスを見てギョッとした。たとえ誉め言葉でもリリアンが望まないものを浴びせかけているフェリクスにアンジェは若干の苛立ちを覚える。何か言って諫めてやろうとベッドを立ち上がろうとすると、エリオットが口元を手で隠しながらフェリクスの目の前にやってきて、アンジェに向かって首を振り、それから何か覚悟を決めてフェリクスに向き直った。


「殿下……駄目です、セルヴェール様怒ってます」

「そうか? アンジェ、これでも駄目なのか?」

「駄目っぽいっス」


 エリオットは俯いて首を振る。


「でも、正直……殿下のお気持ち、よく分かるっス」

「……だろう!」

「ずっと見てたくなりますね……」

「だろう、だろう!!!」


 男二人は目線を交わして深く頷き合うと、がっしと固い握手を交わす。


「……何の話をしているんでしょうね、アンジェ様」

「何なのでしょうね……」


(駄目だわ……誰も彼も……)

(リリアンさんは、わたくしが守らなくちゃ……)


 すぐ横できょとんとしているリリアンの顔を見下ろして、アンジェは一人、胸に固く誓ったのだった。






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