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19-1 重なる想い

──アンジェさま


今日はびっくりがたくさんでした。泣いてしまってごめんなさい。はずかしいです。すみれもきれいでびっくりしました。アンジェ様のまほう、きれいでした!


昨日の夜、アンジェさまが感動して泣いてくださたと聞いてうれしいです。私もアンジェさまとの思い出をたくさん思い出しました。お菓子クラブ楽しみです。がんばりましょう。


エリオットはシルバーヴェイルにいた頃の友だちです。小さいころずっといっしょに遊びました。フェアウェルローズに入学したら、エリオットいてびっくりしました。エリオットはとなりのクラスで、サッカー部なので、いつもはあまり会えないです。あの時間にわたりろうかにいて、部活に行く時に会えます。私はアンジェさまと待ち合わせしていることになってしまいました。ごめんなさい。エリオットはサッカーが上手です。


もうすぐ試験、たくさん勉強しないといけません。悪い点を取りたくないです。勉強をしているとすぐにねむくなります。アンジェさまは、勉強の時もきらきらインクですか。


リリアン




「…………」


 自室の魔法ランプの灯りの下で、アンジェは涙の跡の上に書き足されたリリアンの筆跡をそっとなぞった。


 あの後はルナが医務室に運んでくれ、フェリクスが断頭台に向かう罪人の助命嘆願をするような顔で飛び込んで来て早退するように説得され、返事をする前に彼の馬車に乗せられ、王宮の典医に挨拶をする羽目になった。典医は異常なしと笑うばかりだったが、魔法が暴発するのであれば、専門職の神官か、有資格の魔法使いに一度診てもらうと良いと助言した。泊っていけ、せめて夕食を食べていけと言うフェリクスの誘いを固辞して帰宅すると、修理に出していたペンダントが戻ってきていた。


 今日は何事もない一日だった。昨日帰宅してからは夕食もそこそこに泥のように眠り、登校するとフェリクスが出迎えて、リリアンから交換日記を受け取って。心配そうに様子を見に来たイザベラとルナも、フェリクスとリリアンに挟まれているアンジェを見て安堵したようだった。


 リリアンの角ばった筆跡で書かれたエリオットという文字に、アンジェの胸がぎしりと引き攣る。


(……ここでは、リオとは書かないのね……)


 リオ、と呼んだリリアンの声がまざまざと思い出される。少女はごく自然に呼んで、少年も何も気にせずに応じていた。そこにアンジェの知らない時間の積み重ねが透けて見えるようだった。リオでもエリオットでもどちらでも、その名前を交換日記に書かないで欲しい。ここはアンジェとリリアンの二人だけの世界ではなかったのか。あの子はどんな顔をしてこの文字を書いたのだろうか? あの時見た横顔のように、煌めく瞳と咲き初めの薔薇のような頬をしていたのだろうか? ルナは思い込みと言うが、あれは間違いなく恋をしている眼差しだった……。


「……いけないわ」


 交換日記に名前が書いてあるから何だというのだろう。アンジェも家族やフェリクスの名前をよく書いている。それについて、リリアンは何も言ってこないじゃないか。彼女だけ、書く内容に制限があるというのもおかしな話だ。


(祥子の記憶でも、交換日記に好きな人のことを書いて盛り上がっていたじゃない)

(それと同じ……)

(でも……)


 その相手に、自分が恋をしてしまった場合は、どうすればいいのだろう?


 恋、の言葉に、心臓がどくりと鳴った。その瞬間にぽんと小さな音がして、机の上にコスモスの花が一輪落ちて来る。アンジェはその花を摘まんでしげしげと眺め、深々とため息をつく。魔法が発動してしまう条件は薄々分かっていた──分かる前に、ルナが聞いてもいないのに笑いを堪えながら説明してきた。


 アンジェの感情が昂ぶる時。

 特にリリアンに想いを寄せて、ときめいている時。

 無意識に魔法が発動して、何かを爆散させたり、花が降ってきたりする。


「…………」


 思い返すと、鼻血が出た時も同じだった。リリアンに話しかけられた時。初めてアンジェリークと呼ばれた時……。今日はアカデミーでは幸い何も起きなかったが、自分の部屋では気が緩むのか、花が咲いたのはこれで三度目だ。


(わたくし……本当に、リリアンさんに恋をしているのね……)


 フェリクスとリリアンの顔が脳裏に交錯する。


 リリアンの返信は、アンジェが新しいページに書いた一行の下に書かれている。アンジェの涙の跡の上にリリアンの文字が走っていた。ごめんなさい、頑張りますから、と泣いていたリリアン。嫌いにならないで、と腕に縋って来たリリアン……。彼女の心は幼馴染の少年のことばかりかと思っていたが、多少なりともアンジェの比重もあるらしい。それを思い返す度に、胸の奥がじわりと甘くなる。指先が痺れて切ない──


(ごめんなさい、フェリクス様……)


 アンジェを愛してやまない、比類なき王子は何と言うだろう。よそ見をするな、自分だけを愛してくれと懇願するだろうか。あるいは不埒だと怒りだすだろうか。いつもアンジェにはどこまでも優しい彼の、他の感情など想像もできなかった。そもそもそれ以前に、リリアンはアンジェを受け入れてくれるだろうか? アンジェを受け入れるとはどういう状態なのだろう?


 フェリクスとの睦言を、リリアンに置き換えてみろとルナは言った。


「…………」


 エスコートをして。髪や手や肌に触れて。唇を重ねて。それから……。


(お、お、女の子……同士でも、そういう、ものなのかしら……?)

(ただ……想うだけでは、いけないの……?)


 ぽんぽんぽん、と、ガーベラの花が机の上に並んでいく。アンジェはその音で我に返るが、頬が火照って熱かった。指先で頬を冷やしながらパステルカラーのガーベラを眺め、げんなりとため息をつく。


(ルナが変なことを言うから……)

(しばらくは考えないでおきましょう……)


 アンジェは花を拾って、侍女に持ってきてもらった花瓶に活けた。魔法ランプの光が、活けたばかりの花と日記を開けるために外したペンダントを照らしている。花瓶にはさきほどのコスモスの他にも、薔薇とスイートピーが嬉しそうに咲いていた。


(ルナ以外の誰にも……フェリクス様にも、リリアンさんにも、この想いは伝えない……)

(わたくしは……リリアンさんが好き……)

(ただ、それだけだわ……)


 アンジェは深呼吸すると、交換日記の返事を書くべくつけペンを手に取った。




──リリアンさん


わたくしも、普段の勉強では鉛筆を使います。やはり乾かす時間がいらないし、間違えたところを消せるのが便利ですね。つけペンや綺麗なインクは、リリアンさんとの交換日記やお誕生日カードを書く時などに使います。


前回の書き方で誤解させてしまったようで申し訳ないです。どうぞ許してくださいね。わたくしも自分があのような魔法を使えるとは全く思っていなかったので驚いています。自由自在に使えるようになったら楽しいのでしょうけれど! フェリクス様が勧めてくださって、一度大神官様に診て頂くことになりました。


アンダーソンさんとリリアンさんは、きっと良いお友達なのでしょうね。シルバーヴェイルではどのような暮らしぶりだったのか聞いてみたいです。


そろそろ試験期間なので、交換日記はしばらくお休みにしますか? しっかり対策していきましょう。


アンジェリーク




──アンジェさま


こうかん日記、なしになるのはさみしいです。勉強もちゃんとします。こういうのはどうでしょう、ちょっとだけ書く!


試験がおわったら、アンジェさまとお買い物に行きたいです。かわいいインクと、あとエプロンがほしいです。エプロンはおたんじょうびパーティーの時に、つけてお菓子を出したら、かわいいなと思いました。


シルバーヴェイルでは、動物と、あとリオとばかり遊んでいました。アンジェさまといっぱいお話したいです。


今日からちょっとだけです。


リリアン




──リリアンさん


ちょっとだけ書く! いいですわね。わたくしもちょっとだけ書くことにいたします。


エプロンをつけてお菓子をサーブ、とても素敵! リリアンさんの可愛らしい姿が目に浮かぶようです。試験明けの最初の休日のご予定はいかがでしょう?


アンジェリーク




──アンジェさま


今日もちょっとだけです。

お休み、予定わないです、大丈夫です! でも試験が追試になったら、その日が追試なつてしまうかもしれません。


リリアン




──リリアンさん


いよいよ試験ですね。身体に無理のないよう勉強に励みましょう。

追試になったら大変! そうしたら一緒にお勉強しましょうね。けれど無事お買い物に行けることを楽しみにしています。


アンジェリーク




──アンジェさま


試験、むずしかつたです。だめかもしれないです。ごめんなさい。

明日のはがんばります。


リリアン




「……むずしかつた……」


 勉強の追い込みの傍ら、数日のやり取りを眺めて、アンジェはクスクスと笑う。皆どうしても試験勉強に時間を取られて神経をすり減らしてるが、交換日記のやり取りをする度に心が温かくなる。アカデミーで話す時間がとれなくても、応援する気持ちをリリアンに届けられる。何よりも、この世界にあの少年はいない。名前が出てくることはあっても、このノートの中まで彼が入り込んでくるわけではない。フェリクスも試験が明けたらアンジェとゆっくりお茶することが何よりの楽しみだと公言しているが、アンジェは何よりも、リリアンとの外出を心待ちにしていた。


 早く、早く試験が終わればいい。


 ニコニコと微笑むアンジェの横で、ぽん、とペゴニアの花が咲いたのだった。





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