17-1 悪役令嬢アンジェリークの悪夢
[今度、僕の婚約者のアンジェリークの誕生パーティーがあるんだ。生徒会のメンバーを招待して彼女をお祝いしようと思う。よかったらリリアンも一緒に行かないか?]
これは、夢だ。
繰り返し見た──あるいはかつて体験した、遠い日の夢。
臨場感を味わいたくて、祥子は乙女ゲームをプレイする時はイヤホンをする。一人暮らしなので何の気兼ねもない筈なのだが、これは実家暮らしの頃からの癖かもしれない。
「んー……婚約者って、階段落としてきた人でしょ……それの誕生日パーティーかあ……」
逆に独り言は大きくなった。スマホ画面の下部に表示された選択肢は、「行きます」「遠慮します」の二つだ。
「いや……普通は行かないでしょ、あんなに嫌われてるのに……でもフェリ様は光属性陽の者のいい子だから、仲良くして欲しかったとか言いそうだなあ……よし」
行きます、の選択肢を人差し指でタップ。画面上の攻略対象が嬉しそうに頬を染める絵面に変わった。
[良かった、ありがとう。これを機に君たち二人が親交を深めてくれると嬉しいよ]
「ああ~~~いい……イケボすぎる……」
画面を切り替えて、SNSにハッシュタグ入りで投稿。「婚約者の誕生日イベント進捗ちゅう #セレネ・フェアウェル #フェリクス #フェリ様 #スパダリ美味しいです」。
「え、嫌われてるのにプレゼントを用意しないといけないの? 手袋。お菓子。ぬいぐるみ。……お菓子にしとくか、消え物がいいよね。これも好感度に影響するかな?]
ゲーム画面上部に現れては消える通知バー。[@lilyco_okashi いいとこ~][@yutoyutoyuto 初見の悲鳴が聞きたい][@minase_merodia shocolaさんの実況が聞けると聞いて][@lilyco_okashi このイベントのスチルshocolaちゃん絶対好き]
[……なるほど。一緒に買いに行くのね。なるほどね。嬉しいイベだけど、これ婚約者側からは絶許案件だよなあ。……あああああフェリ様ハニカミいただきました! ああああああ」
(……これは、祥子の記憶……)
ゲーム内の誕生日パーティー当日、主人公は一人だけ生徒会で追加の業務を頼まれる。急いで済ませればパーティーには間に合う。引き受けるか否か。引き受けて、書庫に荷物を運び入れる主人公。何故か持ち出し禁止書類が紛れていて、地下の鍵がかかる書庫に戻しに行く。
「ああーもうー絶対フラグでしょー! ほらー!」
[押しても引いても扉が開かない。鍵をかけられてしまったようだ]
[悪く思わないでくれよ……俺は彼女に命令されただけなんだ]
「もー悪く思うに決まってるでしょ! 誰だよお前! 命令したのは流れ的にアンジェリークでしょ、自分で呼んどいて後から嫌がらせとかマジないわ!」
(初めてのプレイで、先がまだ分からなかった時だわ……)
[どれくらい時間が経っただろう……]
[……寒くなって来た……心細い……]
薄暗い書庫の画像に表示されるナレーションの文字。そこに被せるように響く、余裕のない声。
[……リリアン……いたら返事をしてくれ……リリアン……!]
「きったーきたきたきたきたフェリ様来たああああああ」
[……誰か来た……! 扉を叩こう……!]
[ああ……! ここにいたのか、リリアン……! 時間になっても来ないし、他の生徒会の生徒に聞いたら書庫に向かったと言っていて……まさかとは思ったが、嫌な胸騒ぎがして……来てみて良かった……!]
切ない顔をした攻略対象が、力の限り主人公を抱き締めるスチルが表示される。
[こんなに震えて、まるで氷のようじゃないか……さあ、ひとまずこれを羽織って]
[リリアン……君に何かあったらと思うと、僕はこの胸が張り裂けそうだった……はっきりと分かったんだ、僕はリリアン、君のことを愛してしまっている……!]
[誰かに閉じ込められたって? まさか……]
[アンジェリークの今までの態度も目に余るものがあったが、こんな卑劣な事をするような輩だとは思わなかった……もしそれが事実だとしたら、僕はもう、彼女への愛情も親愛も、何もかも枯れ果ててしまうだろう]
[何より、僕はこの熱い想いを消すことなど出来ない……君を愛することを止めることが出来ないんだ、リリアン……!]
[君が無事で良かった……!]
「ぎゃああああああ、うぎゃああああああああああ、録音! 録音しとけばよかった!」
場面が変わり、パーティー会場でドレスアップした悪役令嬢が映る。
[フェリクス様……遅いですわね……あっ]
会場入り口から現れた攻略対象と、彼が手を引いてエスコートしている主人公。悪役令嬢の顔は怒りと悔しさで真っ赤になり、わなわなと震え──
[どこまで人の物を奪えば気が済むの! その手をお離しなさい、薄汚い泥棒猫! 書庫でネズミにでも齧られてしまえば良かったのに!]
グラスが割れる効果音。画面は攻略対象が主人公を庇い、悪役令嬢が投げたグラスを受けてびしょ濡れになったスチルが映される。
[書庫、と言ったな、アンジェリーク?]
[あ……]
[リリアンが今までどこにいたのか、知っているんだな?]
[あ……あの……それは……]
[……残念だよ、アンジェリーク]
攻略対象の声の温度が、階段を降りるように下がっていくのが分かる。
「んー……これは、次のイベントは婚約破棄、かな?」
「普通に、誕生日パーティーに彼氏が他の女と手つないで来たらキレるよね……」
「でも、その原因を作ったのは自分だし、自業自得かな」
「あー次のスチルどんなのだろう、楽しみすぎる」
「フェリ様ぁ~~~」
祥子はベッドにばたんと倒れ、枕に顔を埋めてじたばたとする。
(…………)
アンジェリーク・ルネ・ドゥ・セルヴェールは、記憶の連なりから逃れることが出来ずに、亡霊のように自分の前世の姿をずっと見つめていた。




