16-2 リリアンさんのお菓子をいただく会
「リリアンさんのお菓子をいただく会」は、菓子作りの負担を考え、休み明けの放課後の開催となった。心配された雨もなく心地よい快晴の青空の下、東屋には通常のサロン仕様のセットと二種類のパウンドケーキとクッキーが並び、東屋の横に仮設テントとテーブルを置いた調理ブースには、ボウルと泡立て器、粉類にミルクに卵、何かの型に可愛らしいトッピング、魔法オーブンなどがずらりと並んでいる。
「……す、すごいです、アンジェ様」
制服の上からエプロンと三角巾をつけたリリアンが感動に打ち震えて呆然と呟く。
「私のお菓子たちが、あんなに立派なテーブルセットの上に並んでます……」
「とても素敵なお菓子だもの、相応の扱いをして差し上げなくてはね」
「なんだか……畏れ多いです」
同じくエプロンに三角巾のアンジェが悪戯っぽく言うと、リリアンは顔を真っ赤にしてニコニコ微笑む。今朝はいつもとは逆でアンジェの方が早く登校し、上機嫌なフェリクスと共にリリアンの馬車を出迎えた。大きな藤のバスケットを三つも持とうとしていた小動物に二人して慌て、フェリクスが二つ、リリアンが一つ、アンジェは三人分の通学鞄を持ってカフェテリアに搬入した(搬入に王子が立ち会うと思っていなかったスタッフが慌てふためいていた)。昨日仕上げたお菓子は、授業の間は魔法氷室で保管してもらえる手筈になっているのだ。
取り分けやすいよう薄く切り分けられたパウンドケーキの横には、ホイップクリーム、ジャム、バター、チョコレートソース、はちみつ、キャラメルなどトッピングが贅沢に並ぶ。クッキーはころんとした素朴な形で、淡いきつね色にこんがりと焼けていた。
「わあ、アンジェ様、ジャムがいっぱい!」
「これには絶対チョコソースが合いますよ!」
「キャラメルも素敵!」
「はちみつマドラー可愛いいいいいい」
リリアンは一つ一つ確かめてはきゃあきゃあ騒ぎ、アンジェの腕を引っ張った。全て申請時に確認済のものばかりの筈だが、実物が目の前にあると感動が大きいようだ。リリアンの反応に一つ一つ頷いてやりながら、アンジェが弟妹と動物園にいるみたいだな、と考えていた頃、待ちかねたサロンメンバー、自分で作ったらしい「味見係」の札を首から下げているルナ、そしてフェリクスとイザベラがこちらにやって来た。
「わっ、もうみんな来ちゃった!?」
「大丈夫よ、準備は全て終えたでしょう」
「わわわわわわわわわわわわ」
リリアンは口元を両手で隠してそわそわし、もう一度全てのテーブルを走って見てまわって、アンジェのところに戻って来た時には真っ赤になってぶるぶる震えていた。
「アンジェ様ぁ、どうしましょう、上手くできるかなぁ」
「大丈夫、大丈夫よ。レシピはわたくしも見せていただきましたから、お手伝いしましてよ」
「喋ること忘れちゃったらどうしよう」
「大丈夫。素敵なお菓子ばかりだもの、何も言わなくてもみなさんには伝わりましてよ」
「でも私、アンジェ様みたいに、かっこよくできないです」
「…………」
リリアンの何気ない一言に、アンジェは思わず目を見開く。
(……そう)
(リリアンさんは、わたくしのことを)
(格好いいと、見てくださっているのね……)
胸の奥が嬉しいような、くすぐったいような、そんな気持ちにさせられる。
「リリアンさん」
泣きそうになって来たリリアンの肩にそっと触れると、アンジェはにこりと微笑んで見せる。
「自信は、今までの自分の努力の量に裏打ちされますわ。わたくしが物怖じしないのは、自分の努力を信頼しているからです」
アンジェはリリアンの瞳を覗き込むようにして言葉を紡ぐ。
「今日のために、リリアンさんはたくさん準備をして来られましたわ。失敗しない、自信のあるレシピだと仰っていたでしょう」
リリアンの紫の瞳に自分が、自分だけが映ってゆらめいているのは、なんと甘やかな心地になれることだろう。
「ですから大丈夫。ご自分と、ご自分のお菓子を信じて差し上げて」
「自分……お菓子……」
リリアンの瞳に希望と自信が湧き出てくる様は、まるで魔法のように美しい。
「リリアンさんのパウンドケーキ、味見の一口でも信じられないほど美味しかったですわ。ですから大丈夫」
「はい……はい!!!」
リリアンが微笑んで頷いてみせた頃、一同が東屋に到着した。並べられたテーブルと調理ブースをみてわあ、きゃあ、と歓声が上がる。リリアンがアンジェを見上げ、アンジェはそれに頷き返し、一同に向かってにこりと微笑んだ。
「フェリクス王子殿下、ならびにイザベラ王女殿下、そしてわたくしの大切なお友達の皆々様。今日はようこそわたくしのサロンにお越しくださいました。アンジェリーク心より御礼申し上げます」
「今日は素敵な会にお招きいただきありがとう、アンジェ、リリアンくん」
一同を代表する形でフェリクスが上機嫌に応じ、アンジェと目線が合うとふわりと優しく微笑む。
「天候にも恵まれて何よりだね」
「はい、建国の女神と王国の守護神に感謝申し上げます」
アンジェはエプロンの裾をつまんで略礼すると、リリアンの両肩に手を載せて、自分の一歩前に押し出した。
「ご存知、今日はリリアンさんのお菓子をいただく会ですわ。リリアンさんがわたくしたちの為にとても素晴らしいパウンドケーキとクッキーをご用意くださいました。会の中ごろにはお菓子作りの実演もしてくださいますので、皆様楽しみになさっていてくださいね」
リリアンは飛び上がりそうになるのをなんとか堪えてこくこくと頷いて見せる。アンジェの手招きに応じ、まずサロンメンバーが先に進み、続いて味見係ルナがイザベラをエスコートして東屋に向かう。最後にフェリクスが上機嫌に東屋と仮テントを見渡すと、アンジェとリリアンの前にやって来た。二人のエプロン三角巾姿を交互に見比べて、眩しそうに目を細める。
「今日はお招きありがとう。二人して可愛らしいエプロン姿だね」
「そうでしょう、お揃いですのよ」
「そうなんです後ろも可愛いんです! ほら!」
リリアンがアンジェの腰を押し回して背中側をフェリクスに見せる。揃いのエプロンは、背中でフリルつきの紐が交差し、腰のあたりにリボン結びが来て、制服のスカートをエプロンの裾のフリルが彩る形になる。アンジェの赤い巻き毛にエプロンの淡い色のフリルが重なる様子をリリアンが「ほら、殿下! アンジェ様可愛いです!」と鼻息荒く見せつけたので、フェリクスは声を出して笑った。
「本当だ、後ろ姿も可愛らしい。よく似合っているよ、アンジェ」
「もう、リリアンさん、大袈裟ですわ」
「だってとっても可愛いです!」
「リリアンくんもだ、二人でお揃いなら尚更可愛らしいね」
「ありがとうございますっ!」
「ありがとうございます、フェリクス様」
前を向いたり後ろを向いたりする少女二人を見てフェリクスはニッコニッコと上機嫌に笑うと、リリアンの肩をぽんと叩き、アンジェの頬を愛しげに撫で、自分の席へと向かった。リリアンはフェリクスの些細な仕草を見てニッコニッコと笑っていたが、アンジェが顔を赤くしつつじっと自分を見ているのに気が付くと、あはは、と誤魔化すように笑って見せた。
「アンジェ様。私、こんな立派な会を開いていただいて、嬉しいです。どうにかなっちゃいそうです」
「あらまあ。まだ始まったばかりで、実演も待っているじゃない」
「えへへ、そうでした。上手くできるかなあ」
「大丈夫よ、一緒に頑張りましょう」
二人が話しながら東屋の自席に着くころには、一同はもう好きなパウンドケーキとトッピングとクッキーを自分の皿に取り始めていた。王族用には予め取り分けておいた分がある。リリアンはトッピング用にホイップクリームとジャムをいくつか載せ、イザベラとフェリクスにそれぞれ持って行った。二人の席は隣なので、リリアンがその間に立つことになる。
「王子殿下、イザベラ様。お口に合うか分かりませんが、お試しください」




