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16-1 リリアンさんのお菓子をいただく会

 「リリアンさんのお菓子をいただく会」に向けて、アンジェとリリアンは入念に準備をした。いつものサロンならアンジェは手慣れたものだが、茶菓子を持ち込むとなると勝手が違う。更にリリアンはその場で実演もしたいと言う。必要な道具のリストをリリアンが作ったが、アンジェはリストを見てもどんな道具なのかさっぱり分からない。道具や魔法オーブンは借りられるのか、借りられたとしてサロン用の東屋で使えるのか。そもそもあの東屋でお菓子作りをしていいのか、更にそもそも屋外でお菓子が作れるものなのか? リリアンは申請書類に記入する際は難しい顔をしていたが、弱音を吐くことなく、カフェテリアの事務職員に道具と使い方を説明し、実演予定のレシピを解説し、実物を見せてもらって入念に確かめた。


「楽しいですね、アンジェ様!」


 時々そう言いながら、リリアンはニコニコと笑う。


「そう? それならご提案した甲斐がありましたわ」


 アンジェもにこりと微笑み返す。正直なところ、アンジェにはこれらの煩雑な作業は事務作業の消化以上の意味を見出せないのだが、リリアンが嬉しそうに不思議な形の道具を持ち上げたりひっくり返したりして入念にチェックしているのを見ると、それも悪くないなという気になってくる。


「アカデミーでお菓子が作れるなんて、思いませんでした」

「ご自宅ではよくお作りになりますの?」

「シルバーヴェイルにいた頃はよく作ってました。首都(セレニアスタード)に来てからは、なかなか時間がなくて……」


 えへへ、と笑うリリアン。


「そう……」


 曖昧な笑みを返すアンジェ。交換日記を始めても、リリアンが書いて来るのはお菓子のことばかりで、時々アカデミーでの出来事も書いてあるか、という程度だった。アンジェは意識して自分の家族のことをそれとなく書くようにしているのだが、リリアンはなかなか自分の家族のことを語らない。


(アカデミーに行って……宿題をして、予習復習をして)

(お約束や、読書など他の趣味があるにしても、お休みの日にお菓子作りくらい出来そうですけれど……)

(あの父親が嫌味でもいうのかしら?)

(スウィート男爵が地方に下がっていたという話はありませんでしたから、リリアンさんは首都(セレニアスタード)に来るまでは、父親とは別々に暮らしていたということなのかしら。お母様はシルバーヴェイルにいらしたの? お亡くなりになったのはいつ頃?)

(シルバーヴェイルではどのように過ごしていたのかしら……)


 考えれば考えるほど疑問が次々と湧いてくる。すぐ横のカフェテリアの事務窓口では、リリアンがクリーム絞り袋の大きさと口金の種類を確認している。古代の秘宝でも発掘しているかのような真剣な表情に、アンジェはくすりと笑いを漏らした。


「一生懸命ですわね、リリアンさん」

「えっ、はい、すみません、何か話しかけてくださいましたか? ごめんなさい私、全然聞こえてなくて、あの」


 予想の十倍はリリアンが慌てふためいたので、アンジェはクスクス笑いながら首を振った。リリアンは安堵してにこりと笑うと、口金の点検に戻った。笑ったり慌てたり真剣な顔になったり、全ての表情が、動作が、可愛らしく愛しい。イザベラが子リスと評したのは実に的を得ている。小さな愛くるしい生き物は、思わず手を差し伸べて愛でずにはいられない、その手に包んで冷たい風から守ってやらなければ。突っ込んだ質問をしてしまったら、ようやく掌の上でくるみを食べるようになった子リスが、また遠くまで逃げてしまうかもしれない。


(今こうして、楽しそうになさっている時間もあるのだもの)

(……いつか、話して下さる日が来るのかもしれない。それまでは)


 この時間を、二人の時間を、大切にしよう。


 アンジェは自分にそう言い聞かせながら、リリアンの横顔を見つめたのだった。


 「リリアンさんのお菓子をいただく会」準備で難航したのは、参加者の王族の実食についてだった。フェリクスは当然「万難排して参加させていただくよ。その日は他に何の予定も入らないよう気を付けよう」と喜色満面だし、イザベラも先日のお茶会でその話題になると「まあ、リリアンさんが手ずからお菓子を? まめまめしいこと。アンジェちゃん、ぜひわたくしもお招きして下さる?」と乗り気だった。


 「お菓子をいただく会」をいずれお菓子クラブにすることを考えると、王族の支持・支援ほど心強いものはない。しかもフェリクスは今年度で卒業してしまう。イザベラが入会すれば、来年度もその求心力に期待できる──とはいえ、厳しい検査が何度もあるカフェテリア提供の茶菓子はともかく、一生徒が自宅調理したものを食べるとなると、衛生面でも、安全面でもなかなかに厳しい。


 結局、リリアンが事前にレシピを詳細に書いてフェリクスとイザベラ付のパティシエと典医に提出、材料は全て両者の指定および試作品を試食、当日二人が食べるものと同じものを近習も食べる、ということで決着がついた。日頃の交換日記の文面からして、リリアンがレシピを書くのに苦戦するのではないかとアンジェは秘かに心配したが、筆跡こそ角ばっているものの、リリアンはしっかりきっちりとレシピを仕上げてきた。


(不思議な子……)

(好きなものには打ち込めるということなのかしら……)


 料理人に調理手順を説明しているリリアンを見ながら、アンジェは考える。宮付パティシエからの質問はアンジェにはさっぱり分からないが、リリアンは頬を染めてはきはきと答え、逆に瞳を輝かせてパティシエを質問攻めにしている。パティシエもリリアンの熱意に驚きつつも、ニコニコしながら答えてやっている。誰しも、自分の仕事や技術について熱心に質問されたら、嬉しくならないはずがない。


「今日は楽しかったですね、アンジェ様!」


 会の準備中、アンジェはこの台詞と笑顔を何度聞いたことだろう。

 何度目かのカフェテリア側の打ち合わせを終えた帰り道、アンジェは少し先をスキップしているリリアンを見て目を細める。


「わたくしは正直お話ししていることの一割も分からなかったのですけれど、リリアンさんが楽しめたのは何よりですわ」

「えへへ、すみません、お菓子のことを話せるのが嬉しくて!」


 くるりと回って笑うリリアンの頬が、夕日に照らされてつやつやと輝いている。

 鮮烈騒動やミミちゃん、階段転落などで泣き顔ばかり見ているような気がしたが、やはり笑っている顔が一番幸せそうに見える。


 こんな時間が、ずっと続けばいい。

 二人一緒にずっと笑い合うことができたら、それがなによりもかけがえのないものだ。


「……当日を楽しみにしていますわね、リリアンさん」

「頑張ります!」


 アンジェの祈りに、リリアンはガッツポーズで答えたのだった。





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