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14-4 木漏れ日が照らしたもの+王子殿下のインテルメッツォ

 二人は動物たちに囲まれながらの昼食を楽しんだ。アンジェは森の野生の果実をそのまま食べるなど初めての体験だったが、リリアンが切り分けてくれた野りんごをはじめ、ナッツ、ベリー類、それぞれのしっかりとした味わいに驚くと、リリアンは「みんな美味しいところを持ってきてくれるんです」と嬉しそうにしていた。


「かっ……可愛いですっ……!」


 切株の上に置かれた真新しい交換日記を見て、リリアンは瞳を輝かせる。


「でしょう」


 アンジェが交換日記に選んだノートは白の皮張りの鍵付きで、表紙は華美なつる草模様の中央に「リリアン&アンジェリークの日記」と金で箔押し加工を施したものだ。祥子が友達とやっていたような淡い色合いで薄手のノートがとても可愛らしかったのだが、これはこれで可愛いと自負している。兄アレクは「ノートなんて何でもいいだろ。女の子が考えることはさっぱり分からん」と愚痴りつつ、箔押し加工を待つ間のお茶にも付き合ってくれた。


「こちらが鍵。持ち歩きやすいかと思って、鎖もつけていただきましたわ」

「わあ……!」


 鍵はアンジェの小指よりも小さい、おもちゃ程度のものだ。本気で突破しようと思えば錠前をノートから破り取ってしまえばいいだけの、小さな障壁。だが、ノートが無事である限り、書かれていることが──二人の秘密が守られているのだと実感できる、大切な鍵だ。リリアンは歓声を上げて鍵の一つを手に取り、ニコニコとうさぎと小鳥に見せてやっている。


「喜んでいただけて、選んだ甲斐がありますわ。……それから」


 アンジェも微笑みながら、鞄からもう一つの品物を出した。


「こちらの……ミミちゃんも、お返ししても大丈夫になりましたかしら」

「あっはい、だい……えっ?」


 リリアンが顔を上げた先、切株の上。小さなうさぎのぬいぐるみのミミちゃんは──淡いピンク色のリネンハンカチを折り畳んだもののポケットの中に入れられて、顔だけちょこんと出していた。


「ミミちゃん……お布団!?」

「ハンカチポーチを作ってみましたの」


 アンジェはミミちゃんとハンカチポーチを手に取って、ポーチを折ってボタンを留めて見せた。ミミちゃんは生地の間に挟まれて見えなくなり、ただのハンカチのように見える。もう一度開くと、布団で寝ているかのようなミミちゃんが現れてつぶらな瞳でアンジェとリリアンを見上げた。


「すごい……可愛いです……!」

「こうして畳んでボタンで止めれば、ポケットから誤って転がり落ちてしまうようなこともなくなるでしょう。わたくしも口紅など入れて持ち歩きますのよ。それに何より……お布団におさまるミミちゃんが可愛らしいなと思いましたの」

「めちゃくちゃ可愛いです……ミミちゃん……お布団、良かったねえ……」

「気に入っていただいて何よりですわ」


 リリアンはふるふる震えながらミミちゃんと布団もといハンカチポーチを持ち上げ、手触りを確かめて──


「アンジェ様、……作った、って言いました?」

「ええ」

「えっ……えっ!?」

「思いついたのが夜だったんですもの。お嫌でしたら、今度ちゃんとしたものをプレゼントいたしますわ」

「えっ……いやっ、そのっ、い、いいい、いただいていいんですかっ!?」

「ふふふ、もちろんですわ。貴女とミミちゃんのためにお作りしましたのよ」

「ありがとうございます、アンジェ様……ミミちゃん、アンジェ様が作ってくれたよ……良かったねえ……」


 リリアンはミミちゃんにそっとキスすると、布団ごと両手で握りしめて頬ずりする。滲んだ涙がハンカチポーチに当たると、そのまま目尻を拭い、ハンカチとしても使えますね、と言って笑った。


「アンジェ様、ありがとうございます、ミミちゃんもお布団も交換日記も。どれも可愛くて、見てるだけでワクワクしますね」

「ええ、真剣に選ばせていただきましたわ」

「素敵です。何を書いたらいいんだろう」

「何でもよいのよ、その日の出来事でも、気になることでも。一つか二つ、相手への質問があると、お返事が楽しみになりますわね」

「質問ですか。アンジェ様に質問……」


 リリアンはアンジェの顔を覗き込みながら首を傾げ──あ、と声を上げた。


「忘れるところでした。私もアンジェ様にお渡しするものがありました」


 リリアンは自分の鞄を漁り、小さなコインのような丸いものを二つ取り出した。それぞれ眺めて小さく頷くと、切株の交換日記の横に並べて置く。


「これは……」

「ペンダントロケットです」


 リリアンはロケットを一つ取ると、表面の端をひっかくようにして力を込める。ぴったり重なっていた上蓋が横にずれて、内側が露わになる。そこには紫色の小さな花が、可憐な姿もそのままにガラスの向こうに嵌め込まれていた。


「花冠のすみれを、押し花にしてみたんです」

「まあ、あの時のすみれ?」

「やっと出来たので持ってきました。それで、これを……」


 リリアンはロケットは持ったまま、交換日記の鍵を一つ手に取ると、鍵につけられている鎖にロケットも取り付けた。鍵とロケットは鎖の下にぶら下がってゆらゆらと揺れる。真鍮か何かのくすんだ金色だが、そのくすみさえも、二人の秘密を守るために必要な魔法の名残のように思えてくる。


「……ほら! どうでしょう?」

「とても素敵! ありがとう、リリアンさん」

「えへへ、良かったです、アンジェ様」


 リリアンはクスクスと笑うと、じっとアンジェの顔を見た。手の中のペンダントをしゃらんと振ると、鍵とロケットを掌に入れて優しく握りしめる。


「どうかアンジェ様をお守りください。アンジェ様に、建国の女神(セレニア)様と王国の守護神(ヘレニア)様のご加護かありますように」


 そのまま、アンジェの方に身を乗り出して、手を差し出してくる。

 顔が顔に近づいてきて、アンジェはぎくりと身をこわばらせ──少女の手はアンジェの髪の中に差し入れられて、ペンダントの留め金を止めた。


「……リリアンさん」

「えへへ、つけちゃいました」


 悪戯っぽく笑うリリアン。


(……フェリクス様に、口づけられる時は)


 こんなに──脈動の度に身体がばらばらになりそうなほど、動悸が激しくなっただろうか?


「アンジェ様も私につけてくれますか?」

「……ええ……」


 リリアンが差し出してきたペンダントとロケットを受け取る。ロケットを鎖に通そうとするが、手が震えて上手くできない。リリアンが手許を覗き込んで、そっと手を添える。何度か失敗して、ようやくペンダントが鍵とロケットをつなぎとめてぶら下げると、リリアンはニコニコと上目遣いにアンジェを見上げた。


「…………」


 どうしてこんなに、手が震えるの。

 お願い、動いてちょうだい。


 アンジェはリリアンの髪に触れ、首との間に空間を作り、そこに手を差し入れる。ペンダントを首にかけ、金具を止めようとするが手許が見えない。身を乗り出して、リリアンの顔に胸が覆い被さるような姿勢になる。リリアンは間近に迫る豊かな宇宙をじっ……と見ていたが、小さく唇を噛んだだけで何も言わなかった。アンジェはそんなことに気が付くはずもなく、ストロベリーブロンドの間で苦戦して、ようやっとペンダントの金具を留めることが出来た。その頃にはリリアンの顔もいつものものに戻っている。


「……できましたわ」

「ありがとうございます、アンジェ様」


 アンジェの胸にも、リリアンの胸にも、同じペンダントが揺れている。

 二人はそれを見て、相手の顔を見て──照れくさそうに、クスクスと笑い合った。


 交換日記の表紙の箔押し文字が、陽光を受けてきらきらと金色にと輝いていた。




*  *  *  *  *




「……それで二人は、森の中に入って行ったんだな?」

「ああ。森の中は気取られやすいから、そこでやめておいたぞ」

「いい、十分だ、僥倖だ。よくやってくれたルネティオット。場所さえ知ることが出来れば、この孤独な時間を想像力が慰めてくれる」

「……殿下に褒められると調子が狂うな、やめてくれ」

「それは君の日頃の行いがそうさせるんだろう。僕は褒めるべきことは誰であろうと忌憚なく褒めるぞ」

「うるさいぞ殿下」

「君もうるさい。森の中でピクニック……二人で秘密の会話! 何を話しているのだろう……僕にも明かすことのできない乙女二人の秘密とは何なのだろう?」

「殿下の愚痴でも言ってるんじゃないのか? 愛が重いとかなんとか」

「何だっていい……何だって構わない! 木漏れ日の中、ピクニックシートに並んで笑い合う二人はきっと妖精のように可愛らしく素晴らしいのだろうね……想像しただけでも湧き上がる尊さが抑えきれない……昼食はそれぞれ用意していたな、互いに交換などするのだろうか? どう思うルネティオット」

「どうも思わないがそろそろ腹筋が死にそうだ」

「君の腹筋はどうでもいい……ああ、願わくば僕もそこにいることが出来たら! アンジェと二人でのピクニックも濃厚な時間を過ごせるのだろうが、彼女らが並んでいるところからしか得ることの出来ない、芳しく麗しくかけがえなく尊いものがあると、僕は知ったんだ……」

「……前々から思ってたが、殿下は壁でなく挟まりたい性分なんだな」

「壁? 何の話だ」

「花が咲いたらどう愛でるかの話だよ」

「君の話は時々支離滅裂になるな、悪い癖だぞルネティオット。ああ、待つのがこんなにももどかしいとは! ルネティオット、二人が戻って来るその時まで、時を飛び越えさせてくれ!」

「勘弁してくれ、朴念仁殿下」

「アンジェ……スウィート嬢……どうか早く戻ってきておくれ……」





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