2章 70話 別れは唐突に
本日から忘れなければ2章終わるまで毎日投稿します。
シナは消え、突如として現れた二人。
もはや意味のわからないことの連続。
脳の処理能力を超えたオストはただ呆然と見るだけだ。
両者共に振り下ろしの姿勢から直ると、豪奢な剣を持った男は悪態を吐く。
「貴様、なんだそのやる気の無い剣は」
「そんなことない。そっちも同じ」
「私は奴を標的から離すためにしたまでだ。ならば、貴様が奴を攻撃すべきであろう?」
長い白髪に仮面の人物は、くぐもった声で二言答えるとそれ以上の会話をする気がないとダンマリを決め込む。
豪奢な剣を持った男は、短い金髪に手を置いて頭を痛ましげにし、切長な目をさらに細める。
状況について行けないオストには目の前の人物達が何者で、さらに言えば仲間同士なのかさえ判別に困る。
固まってじっと見つめ続けていると、急に頭がズキズキと痛み始める。
(なんだ、精神魔法の攻撃か?いや、違う。俺はコイツらをどこかで見た気が…)
どこだ…どこで…
何か大切な物だった気がしてならず、目の前の二人を穴が開くほど見つめる。
見た事も無い豪奢な剣を持った、長身で切長で目つきの悪い金髪の男。
対照的に飾りっ気の無い細身の剣を持った、男か女か判別がつかない長い白髪に仮面を付けた中性的な奴。
特徴を並べていくと、ふと両者の胸に輝く何かに視線が吸い寄せられる。
眼球の様な丸に、剣の様な先端の尖った十字架が突き立たれたペンダント。
呼吸が止まり、血が沸騰したのかと錯覚するほどの心拍上昇。
忘れもしない、自身の村を襲った者達が身につけていたアクセサリー。
コイツらはあの時の…!?
それが分かった瞬間、今すぐに飛び掛かりたい衝動に駆られるが、依然として萎縮した体がそれを許さない。
なんでだ!と体を叱咤すると、タンッと軽い足音が鳴る。
「キミ達お喋りなんて思ったより悠長だね。てっきりオストくんを回収して逃げると思ったのに」
「貴様は随分と遠くへ逃げたのもだな。流石は臆病者は気の持ちようが違う」
「毎回奇襲しかしない卑怯者には言われたくないよ」
襲撃者の後ろに再び姿を現したシナ。
ニコニコしながら知人に話しかける様な気軽さだが、そこから放たれる殺気はとてもではないが親しい者にする態度では無い。
金髪の男は傲慢な態度で対応するが、逆に煽られ返され眉を顰める。
売り言葉に買い言葉。
それだけでもこの二人の関係が良好で無い事は明らかだった。
数秒の静寂。
いついかなる時も余裕の態度を崩さなかったシナは、始めて相棒の持ち手に手を置いて戦闘態勢に入る。
それを見た襲撃者二人も剣を構え直す。
この場において間違いなく凡人であるオストは、大気が揺れているのでは無いかと思える圧力に、空間が軋み上がる錯覚を覚える。
先に動き出したのはシナからであった。
今までがお遊びに思える速度は、凡人の目にはとらえることが不可能だ。
しかし、襲撃者の二人は同じように動き出す。
少し遅れて消えると、どこからともなく金属が撃ち合うおとが鳴り響く。
頂上怪異の戦闘は、様子見とは思えない人外の領域。
見覚えのあるアクセサリー。
二人の正体を聞き出したい衝動で一杯だったが、目の前の戦闘はオストの根幹に関わる事件すら数秒忘れさせる衝撃だった。
しかし、我を取り戻して行動に移ろうとするが、彼があの中に加わる術はない。
そんなオストを一瞬だけ悲しげな目で見るメルは、すぐに真顔に戻ると誰かと話しているかのような相槌を数度打つ。
「了解しました…」と答えるのを最後に、剣を片手に持ったまま足をすすめる。
「オスト、黙って私についてきて」
「ついてこいって、どこに…?」
声をかけられてようやく気がついたオストは、抜けていた衝撃的な問題を思い出す。
突如として味方であるはずのシナを襲ったその訳を。
薄々ながらも見当はついている。
クロフォード教団。
シナが敵対している組織であり、自身の故郷を襲ったと思われる集団。
教団の目的は覇神の加護を受けた人を集めることだった。
これらの情報があれば、知らなかった規格外の能力がその覇神の加護関連だと言うことが分かってしまう。
それでも、認めたくない気持ちが勝ってしまい、そんな事はないと言う思いで問いかけてしまう。
「メル、お前は…」
頼むから裏切らないでくれ。
懇願にも似た悲痛な表情になるが、メルの表情は動かない。
その態度が何よりの証明だった。
「ごめんなさいね。本当はこんな予定じゃ無かったのだけれど、仕方がないわ」
「なんで…!なんでお前が俺を裏切るんだ!アイツらは何なんだッ!!」
有らん限りの声量で、血を吐くように叫び喉が張り裂けそうになる。
だが、そんなことは知った事じゃないと溜まり溜まった思いは止められない。
「お前まで俺を裏切るのかッ!?ここまでどんな思いで、お前を助けようとしたと思ってんだッ!何でメルがアイツらの手先なんだッ…何で…俺を、助けたんだ…!」
心の支えが無くなったオストは、今までの強さが嘘のように体を丸める。
涙が出ようが鼻水が垂れ、涎を撒き散らし情けなく叫ぶことしかできない。
「全て命令よ。貴方を騙して懐柔して、能力を覚醒させろってね…呑気なものね、仇に助けられて仲良くなっちゃうなんてとんだ間抜けね!」
思いつく限りの罵倒を浴びせられると、オストは背中をピクリと動かして顔を上げる。
罵られている筈なのに、何故そんなに声が震えているのか。
なんで、自分と同じで苦しそうな声なんだ。
裏切られたと分かっても、大切な幼馴染を気にしてしまうのは呪いなのか、それとも…
理由は何にしろ、メルの瞳を覗き込めば酷く悲しく揺れていた。
どう見ても、今の自分は何とも情けないことになっているのは間違いないのだが、メルの目には侮蔑の色は込められていなかった。
どうせ突き放すなら、最後まで突き通してほしいものだ。
「なんで、そんな苦しそうにするんだよ!」
「ッ…!?」
オストの指摘に、メルは咄嗟に顔に触れると己の顔が強張っていたことに気がつく。
遅れながらに無表情を取り繕うが今更遅い。
そんな態度を取られれば、まだ自分が裏切られたと認められなくなる。
なにか理由があると言っているようにしか見えない。
「ふざけるな、ちゃんと俺に話せよッ!俺達は幼馴染だろ!」
「…」
確かに仇なのかもしれないが何か理由があるのかもしれないと思うと、どうしても恨み切れない。
そんな思いからの叫びに、メルは反応を示さずに一歩、また一歩と足取り重そうに進む。
「メルッ!」と再び名を叫ばれようとも、声は届くことなく目の前で足を止める。
懇願するように睨むオストは、振り上げられる剣を見ていることしかできない。
頂点で一度手を止められ、メルの「ごめんなさい…」という小さな呟きを聞くと「クソ…」と悪態を吐く。
剣が振り下ろされ、オストが切られる覚悟を決める。
せめて、最後までこの意思は曲げないと目を見開いていると…
ガキィンッ!
拳ひとつ分のところで止まった剣。
メルは驚愕の表情でオストの頭上を見ていた。
釣られて目を向けると、見覚えのない灰髪の男性が短剣一本で剣を受け止めていた。
「無粋な真似なのは重々承知していますが、少々お邪魔させていただきます」
三十代後半に差し迫ろうと思われる顔立ちの男は、断りを入れながらもその実、落ち着きをはらって決定を下す。
メルは一瞬で男の実力を悟ると、オストでも視認するのが難しい速さをもってして後退する。
男はそれを見て短剣を逆さに持ち直し、体をメルに向けると少しの憂いを見せる。
「あまり、若者の青春の邪魔をしたくはないのですが。まぁ、仕方がありません。ここからは私がお相手いたしましょう」
どこからとも無く現れた男はキリッとした目を向けると、メルはその場から動くことができなくなる。
何かされているわけでは無い。
この場所はハーヴィスの魔法により、一帯が見開けている。
メルの実力はそのハーヴィスよりも高く、さらに言えば索敵能力は得意とすら自負していた。
にも関わらず、動揺していたとは言え目の前に現れるまで全く気が付かなかったのだ。
それに加えて、受け止められた短剣は片手でありながらピクリとも動かなかった。
それだけの情報があれば、メルは男の実力を上積みだけでも読み取ることができ、闘えば負けると言うのを理解させられた。
「お前は…」
「申し遅れました。私はシナ様の執事のようなものをやらせて頂いています。オルクスと申します」
自分を助けたと思われる男性から自己紹介を受け、シナの仲間だと分かると少しだけ安堵する。
程よく歳をとり、整った顔立ちは無表情でありながらも冷たさを感じない。
それは、淡々としてはいるが言葉に含まれる少しの遊び心が、確かに主人を連想させるものがあった。
「さて、あちらはもう少しかかり…そうでもありませんね」
余裕を見せるオルクスは、隙を窺い続けているメルから目を離し、激しい剣撃を鳴らす方の様子を伺う。
オストには何が起こっているのか全く把握できない超高速の戦闘だが、見えているかのような発言をする。
事実、オルクスが言い直した後に鳴り響いていた戦闘音は鎮まり、またしても見知らぬ女性が増えており襲撃者達と相対していた。
それを見たメルは襲撃者達の元まで引くと、オストには聞こえない声量で会話をする。
短いやり取りが終わると、メルと金髪の男性は武器をしまい仮面の人物に近寄る。
「忌々しい小細工だ」
「それはボクのセリフだよ。通り魔くん」
「次こそは貴様の首を落としてやる」
「それは奇襲じゃないと難しそうだね」
この状況が気に食わないと吐き捨てる金髪の男性の言葉に、険悪な返しをするシナ。
男は用は済んだと言わんばかりに、「撤退だ」と仮面を付けた者に命令すると魔力が、いつの間にか回収されていたハーヴィスも合わせた四人を包み込む。
オストにはそれが何かは分からないが、直感的に逃げようとしていることだけは理解できた。
「待て!メルッ、俺はまだ何も聞いていないぞ!!」
瓦礫を蹴飛ばし、走り出そうとするが直ぐ近くにいたオルクスがそれを阻む。
がっしりと掴まれた場所は、すぐに振り解くことが不可能だと分かると何度も「メル!」名を呼ぶ。
そんなオストの姿を見ていたメルは顔を伏せると、青白い魔力が姿をぼやけさせる。
青白い光が発光し、目を一瞬背けるとそこには居たはずの四人の姿は無かった。
力が抜けオルクスの手が離されると、そのまま膝をついてこうべを垂れる。
「クソ…」
理解のできぬ怒涛の展開。
絶大の信頼を寄せていた幼馴染の裏切り。
メルの苦しげな雰囲気。
足りなすぎた。
何もかもが。
オストは拳を強く握ると、それを地面へと叩きつける。
しかし、自分の中に出来た大きな後悔や喪失感が紛れることは無かった。
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