1章 39話 怪談現象って目の当たりにすると声が出ない
久方ぶりの見渡す限りの空。
残念ながら空には薄い雲がかかっており、見栄えはよろしく無いがそれは些細な事。
混じり物のないフレッシュな空気に、揺られる人物は感動すら覚える。
大袈裟と他の人が聞いていれば笑うだろうが、数日間も洞窟の中に居たのだからそんな感想を抱くのも致し方無しだ。
ダンジョンの中は空気が換気されているので、澱んでいると言う訳ではないのだが、それでも閉鎖的な空間はそれだけで慣れない彼にはとてつもないストレスだった。
次いで見渡すは舗装された道。
久方ぶりの一般人。
綺麗に並ぶ街並み。
遠くに見える壮大で美しい教会。
そんな光景を見て、揺られる彼こと神宮正樹はすぅっと息を吸い込み一言。
「「そんな馬鹿な」」
これは本日二回目の心からの声だ。
ボキャブラリーが少ないと言われるかもしれないが、心からの声など皆こんなもんだ。
被る様に放たれた発言が気になり、そちらに首を動かすとポカンと呆けた顔のオストがいた。
(いや、お前もかよ)
まさか知らぬとは思わずに正樹はそんな事を思う。
しかし、今はそんな事を考えている場合では無いと混乱する頭を振る。
(一先ず状況状況整理だ)
取り敢えず、正樹はオストとシナにより助けられた。
そして洞窟を出て、シナに声をかけられたと思ったら街並みが広がっていた。
以上。
(いやいやいや。おかしいだろ。端折りすぎだろ、俺の脳みそ。もっと詳しく思い出せ!)
あまりの飛び具合に思わず自分にノリツッコミをしてしまう。
一度落ち着くために、目を閉じてシナが助けに来たところまで遡ることにする。
張り詰めた空気の中、急に現れた彼。
話しかけても反応がもらえないのが不思議だったのか首を傾ける。
しかし、満身創痍ながらポカンとする二人はその疑問に応えることができるはずもない。
急に現れたと思ったら同時に魔物の首が落ちているのだから、一種のホラーである。
これは時間がかかりそうだと勝手に判断すると、構う事なく正樹の体の具合を見る。
結果、身体中骨折や打撲だらけで筋肉と血管の魔力版とも言える魔力回路はボロボロ。
診断はボロ雑巾とされた。
正樹よりもシナと親しいオストは、一足先にショックから抜け出すと怒りながら文句を言い始める。
正樹としては、助けてもらっているので言うことはないが、オストの話ぶりからして故意にギリギリで助けた可能性があるとか。
正直、終わり良ければすべて良し主義なので気にはならないが、文句を言いたくなる気持ちは理解できる。
そんな事をしながらも、正樹の応急処置をテキパキとするシナ。
一先ず、それで時間を潰しながらオストが最低限活動できるまで休憩することとなった。
「そろそろ問題ない」
「わかったよ。それじゃ、そろそろここを出ようか。マサキくんも気が滅入ってそうだしね」
「マサキはどうする?」
「ボクが背負ってくよ。多分魔物も出ないだろうし、出たとしても大丈夫だからね」
そんな話し合いの結果、添木だらけの正樹はシナの背中で揺られることとなった。
それから出発してかれこれ一時間と少しくらい経ったころ。
急に着いたと言うと、シナは出口でも無いのに通路のど真ん中で止まる。
あまりにも不可解な行動に、訳もわからない二人は首を傾ける。
トコトコと壁に向かうと、適当なところをさすり始める。
まさかそんなところに隠し通路が?
そんな事を考える二人に、「よし」とシナが呟いた次の瞬間。
手のひらからバチバチとした電気が、極光から漏れ出る。
轟轟と鳴り響くその様は、まるで龍の咆哮を連想させ、全ての生物に恐怖を与える。
正樹が扱う雷魔法とは同じものとは思えないその規模は文字通り、伝承で言われる雷そのもの。
訳もわからずに目を見開くことしか出来ない。
極光が収まると、そこには人が数人分と折れるぐらいの道が出来ており、太陽の光が差し込んでいた
そんな光景を見た二人のコメントは…
「「そんな馬鹿な」」
見事にハモる二人は、急に開けられた穴に陳腐な言葉を投げるしか出来ない。
正樹の目の前からふぅ、と一仕事やり切りました風のシナ。
いきなりすぎる出来事に、いきなりすぎる出口。
ポカンと口を開ける二人の心中は…
((隠し通路を探してたんじゃ無くて作るのかよ))
このツッコミで限界である。
放心とする二人に気を使うこともなく、シナは早く出ようと促す。
「よし、それじゃあ行こうか。それから、オストくんは外に出たらボクと手を繋いでもらっていい?)
「あ、ああ…」
それから心ここに在らずなオストと正樹は、ダンジョンからあっさりと脱出する。
その後、シナが手を取ると…
気が付いたら、冒頭の街中に居た。
(いやいやいや。おかしいだろ。ダンジョンを出てからの下りが無さ過ぎだろ。気絶してた?無くは無い。けど、それだとオストも俺と同じ反応はおかしい。すると転移魔法か?魔法の発動を全く感じなかったのはおかしい。他には魔導具と言う線も…)
ぐるぐると回る思考と目。
いくつもの可能性が浮かんでは消えてと、精神状況も相まってシャボン玉そのものである。
唸るのを堪える様にうんうんと考え続けるが、集中力の限界がやってくる。
パチンと何かが割れた様な音が聞こえてきそうなほど、悩ましげな顔から無になる。
(ま、いっか。眠いしめんどいし)
綺麗な放物線を描いて彼方にぶん投げることにした。
考えても分からないと判断したものは、即時捨てるのが正樹流。
座右の銘である『人生、諦めが肝心』に則ってのことだ。
決断力の良さが自分のいいところ。
決して、物臭だからでは無い。
無いのだ。
誰も聞いていない言い訳をし終えると、同じ放心状態から抜けていたオストがシナに怒っていた。
内容と言うのは初めから聞いていなかったが、話の内容からしてシナの非常識を咎めることなので正樹も無言で同意を示す。
当の本人は綺麗に流しているので、オストの文句兼要望が叶うことはないだろうが。
こんな風に喧しく、主にオストだが、雑談をしながら歩いていると目的地に着く。
正樹が前に来た宿屋から拠点は変わっておらず、清潔感のある大きな宿。
一定の格式があることからも、中から出てくる人たちは裕福なら身なりをしていた。
その中で異彩、と言うほどでも無いが見るものが見れば不自然な人物が出入り口の脇に控えていた。
その人物は、三人に一礼をして出迎える。
「旦那様、お帰りなさいませ」
「出迎えありがとね。マサキくんは初めてだよね」
「オルクスと申します。シナ様の身の回りのお世話をさせていただいてます」
格好こそ少し身なりのいい服装だが、その身のこなしは執事を思わせる。
もっとも、正樹から見ればオーガ越えの化け物に早変わりなのだが。
最近、なんかこんなのばかりだなと、とてつもないデジャヴに襲われる。
そんなことは気付かれることもなく、灰色の髪の男性、オルクスは体を曲げて軽い自己紹介をする。
それが終わると、時間が勿体無いとシナが指示を出していく。
「オルクス。ボクはこれからまた出かけるから、マサキくんのことお願い出来る?ベッドはボクの使っていいから」
「かしこまりました」
「オストくんもボクの部屋で待機しててもらっていい?」
「わかった」
手短に終えると、よっこいしょと言う掛け声をしながらオルクスに正樹が預けられる。
うぐっと苦しげな声が漏れるが、シナの掛け声とは裏腹に慎重に受け渡しがされたので文句は無い。
不満はあるが。
そうして、間も無くシナは宿屋に背を向けるとどこかへ行ってしまう。
主人の見送りをすると、オルクスは正樹を揺らさない様に部屋に向かう。
その途中でさっそく治療を始めるべく、軽い診察を始める。
「マサキ様、だいぶお体が弱ってらっしゃいますが体調に異変はありますか?」
「もうどこが良いのか分からないぐらい悪いです」
「なるほど。オスト、体を拭うための水とタオルを準備してください」
「買い出しはいいのか?」
「ここまで酷い状態ですと市販の物はあまり意味がないので結構です」
問診をすると、とてつもないふわっとした言葉に頷くオルクス。
正直、これだけで何が分かったのか正樹にはさっぱりである。
正樹とて、ボケでも無く悪気があってこんなふざけた返をした訳では無い。
事実として、もうどこが悪いのかわからないのだ。
それを疑うことなく、オルクスは言葉通りに受け取るとオストに体を拭くものを要求する。
それからオストが姿を消すと、正樹はシナの部屋にあるベッドに寝かされる。
反発力のある布団。
正樹は今までダンジョンに篭っていたこともあり、硬い岩の上で睡眠を取るしかなかった。
そもそも、寝れれば上出来で基本的に不眠不休である。
そんな極限を突破した徹夜の達人がフワッフワのベッドの上に寝かされたらどうなるか。
正樹はオーガを超える脅威を前にしているのだが、その誘惑に抗うことが出来ずに爆速で堕ちた。
なる様になれ理論であった。
●
体に走り抜ける電流の様な痛み。
あまりの痛みに正樹は飛び跳ねそうになるが、意思と反して体はピクリとも動かない。
それどころか、指先どころか瞼まで動く気配も無い。
(あれ?これまだ夢の中?)
そう勘違いしたくなるほどに体は言うことを聞かない。
だが、それが勘違いだと証明するようにリアル過ぎる痛みが訴える。
(いや、イダイダイダイ!なにこれ!?筋肉痛どころの騒ぎじゃねぇんだけど!?)
どうなってんですかー!?
そう叫ぼうとするが、肝心の喉が動かない。
一旦落ち着くべく、精神統一をすべく目を閉じようとする。
そもそも開いてなかったのだが。
(よし、取り敢えず落ち着いた。理解した。今俺がこんなことになってる原因が)
冷静さを取り戻した正樹は、自分の置かれている状況を一瞬で理解し切る。
そう、すべてはこいつ。
お布団様のせいである。
こんな贅沢品に包まれているのだ。
ズキ。
まるで全ての生気を吸い取る魔物の如し。
ズキズキ。
こんな満身創痍の状態では抗うことなど不可能と言えるだろう。
ズキズキズキ。
現に今も正樹の意識は夢に向かって…
ズキズキズキズキ。
「ッて、痛すぎるわ!!」
無理であった。
カバリ!と起き上がりそうな勢いで叫び、同じ部屋にいたオストは読んでいた本からビクリと顔を上げる。
奇怪すぎる起床に驚愕の顔をしていた。
「お目覚めですか」
そんな、意味不明としか言えない状況でも全く問題がないように問う人物が一人。
驚くほど動かない首を正樹は苦心しながら横に向けると、オルクスが書類を忙しなく捌いていた。
「うぉぉぉ…体がぁ…マジで痛すぎる」
「マサキ!心配したぞ」
正樹の様は二日酔いに苦しむおっさんの如し。
そんなことは気にせず、オストは駆け寄ると安堵したように笑う。
しかし、呻く本人は全くそんな余裕はない。
「ちょ、誰か鎮痛剤もって、ない…?」
「どうぞこちらです」
いつの間にか正樹に近づいていたオルクスだが、今はそんな怪談現象を気にする余裕もない。
完璧執事の様な段取りの良さで薬を用意していた。
それをゾンビの様な緩慢さでどうにか受け取ると、水を受け取り飲み込む。
早く効いてくれと願うばかりだが、飲み薬がそんなに早く効果が出る訳もない。
くそう、と痛み堪える以外ないと正樹は悟る。
「大丈夫か?」
「大丈ば無い…」
「無理もありませんよ。怪我してない箇所がほとんどありませんでしたよ」
「マジかぁ。全治どんくらいかかりそうですか?」
「このままであれば最低三ヶ月程はかかるかと」
オルクスからなんてことも無いように言われる正樹の現状。
薄々は予想していたことだが、この痛みから納得の見積もりだと思う。
ただ、同時にこの痛みと当分の間は付き合わなくてはならないことが確定した瞬間でもある。
正樹が顔を顰める。
肉体的なものか精神的なものかは本人すら判断が付かない。
「それにしても、起きてくれて良かった。三日も寝たきりだったからな」
「三日ねぇ。久々に快眠だったのは嬉しいけど、寝起きが酷すぎる」
「気絶を快眠とは言わねぇよ」
意識不明の状態を睡眠と言い切る様に、オストは苦笑するしかない。
最初こそ正樹のブラックジョークを間に受けていたが、慣れのためか対応がこなれてきている。
本人的にはジョークではなく本気だったりするが。
長い間動かなかったことによる体を身じろぎだけで軽く動かすと、体も活動を開始したように腹の虫が鳴り始める。
「お食事をお持ちするので少々お待ちください。苦手な物はお有りですか?」
「ありがとうございます。特に無いです」
オルクスは「かしこまりました」と一礼をすると、音も立てずに部屋を出てゆく。
至り尽くせりな対応すぎて、正樹は困惑するばかりである。
オストも気を遣ってか、水差しから水を持ってくる。
「ほら、寝たきりだったんだ。水を飲んどけ」
「ありがとう」
起きてから激しい痛みに気を取られ過ぎて体の欲求に気付かなかったが、注意されたように喉の渇きを感じる。
礼を言って、喉を潤すと一息つくと、さて、と思考を整理する。
ひとまず、一番に聞かなくてはならないことをまとめ終える頃には、コップの水を飲み終えていた。
「聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「あ?俺が答えられる範囲ならいいぞ」
「じゃ、俺の生存は教会に伝えたか?」
「それは分からねーな。俺はシナからお前の看病を任されてて宿から出て無いからな」
ふーん、と相槌を一つ。
しっかりとした答えこそ貰えなかたが、十分な答えではある。
この分であれば、オルクスとオストは看病と言うよりも護衛としての役割が強いのだろう。
それに加えて、朧げな記憶頼りではあるが正樹が聖都に戻った時の違和感の一つ。
血まみれな人間二人も街のど真ん中にいたにも関わらず、注目を集めなかったこと。
つまり、何かしらの方法でシナが存在を隠蔽しながら移動していたのだろう。
そうなると、生存を教会に隠している可能性が高いと予想が出来る。
オルクスにも思ったが、シナも中々に至り尽くせりな対応で正樹にも好都合だ。
「ん?じゃあ、光達にも俺が生きてるの伝えてない?」
「あぁ、それはシナが伝えたって言ってたぞ。多分、マサキに聞かれるからって」
「仕事完璧かよ」
その速さと正確さには脱帽する他ないだろう。
大きな懸念が解決してると知ると、正樹は少しだけ口角を吊り上げる。
過程は辛いものが多かったが、全てとはいかずとも正樹にとって概ね良い方向に向かった。
ひとまず、平穏が続きそうだと笑うのだった。




