1章 40話 再会は照れ臭い
(なにあれ、いつからあんなのがあるん?)
昼寝から目を覚ました正樹は、異世界生活一の身の危険を感じていた。
それは、出会ってきた中で一番強いと思われたシナをも越えていた。
絶対的強者。
気配を少し探るも、それは正樹の知る誰でも無い。
それどころか、部屋にいるのは向こうの化け物と二人っきりだ。
(いや、いつの間に?いくら疲れてるからってあれに気が付けないのはヤバいよ。勘様の職務怠慢だよ!?)
勘に職務怠慢もクソも無い。
それでも当たらずにはいられないくらいに、正樹の精神状況は切羽詰まっていた。
恐怖の余り石像の様に固まったまま、動かない化け物を視界に入れられていないのだ。
しかし、これが敵や新手の魔物だった場合死に直結する可能性がある!
最も、今の正樹に出来ることなど無く、敵だった場合もう何かされているのだが、そのことに気がつくことはない。
(動け!動け!俺のくびぃい!全力を絞り出せぇ!はい、行こう!今行こう!行くぞ!さん、にー、いち、はい!)
やっとの思いで気配の方にギギギと言う機械音が鳴りそうなぎこちなさで動く首。
根性と気合は普段の十倍、勇気は百倍である。
そんな労力を要して動かした先、向かいのベッドには繭玉のような布団の塊が。
正確には布団に包まれた人程の何かが。
警戒して繭玉を観察していると、モゾモゾと動きが見られ始めた。
変体の時か!
そんな言葉が正樹の脳裏に通り過ぎる頃には、布団にくるまっていた物が出てきていた。
出てくるのは目を引くプラチナブロンド。
人形の様に整った顔は、正樹の人生で出会った女性の中で一番美しいと断言できる作りだ。
正樹の交友関係は見た目に反して意外にも多岐に渡り、大物であれば芸能人とも知り合いもいたりする。
そもそも、身近な友人である恋詠は絶賛人気の美少女アイドルであるし、咲も何かをしている訳ではないが芸能人と遜色ない美少女だ。
さらに言えば、幼馴染も美形揃いである。
正樹を除いて…
最近出会った中であれば、セレンも群を抜いて綺麗だ。
そういうこともあり、綺麗どころを見慣れてはいるのだが、目の前のそれはそのどれと比較しても抜きん出ていた。
そんな絶世の美女を前に見惚れる、と言うことは無かった。
何故なら…
(もしかして、幻惑を見せる魔物?)
人として見ていなかった。
これに関しては、美女のイメージよりも化け物のイメージが爆速と言えるくらい先行していた正樹の中には、浮ついた気持ちは一切無い。
痛む体を無理やり動かして状態を上げると、周りを見渡して誰かいないか探し始める始末である。
残念ながら全員出払っている為に、一人ぼっちだと言うことが分かった。
(異世界来てからこういうの多くね?神さま俺に厳し過ぎない?)
とてつもないデジャヴに襲われて、現実逃避に遠くを見つめて乾いた笑みが漏れてしまう。
これも異世界に来てから増えている。
嫌な癖である。
そうこうしていて、意識を全て目の前の仮定人に釘付けになっていて正樹は見落としていた。
この部屋に近づいてくる複数の気配に。
なんなら気配どころか、ドタドタと騒がしい足音が部屋まで聞こえているのだが、それにすら気がつく様子はない。
今、他に気を回す余裕がないだけなのだが、他人がいれば気絶を疑うレベルの無反応だ。
蹴破る様に開けられるドア。
バタンと大きな音を立てたことにより、魂が体に戻るかの様にビクリと肩を跳ねる。
何事!?とドアの方を見ると、心配そうな顔をした久々の友人達が立っていた。
(え、今。これは困った)
久々にあって全員が無事な姿を見て、一安心も束の間。
正樹は騙した様な別れ方をしてしまった。
それが非常に気まずい。
一応、言い訳の言葉はいくつか考えてあったのだが、どれも納得のいく物はできていない。
さてどうしようと、取り敢えずつなぎの挨拶でお茶を濁すことにする。
「おひ…」
「先輩!!」
「ゴフゥっ!?」
寸でのところまで出た挨拶は、とてつもない速さの恋詠の抱擁により黙殺される。
それに一歩遅れて純司と咲も、顔をくしゃりと歪ませてベッドの近くに寄る。
「まざぎぃ、おれ、おれ、足引っ張って、ごめんっ!」
「良かったよ。本当に、良かった!マサくんが死んじゃったって思うと、私…!」
純司は後悔を。
咲は不安の吐露を。
恋詠も何か言うわけではないが、正樹の服を濡らす。
全員から遅れて、光も形容のし難い表情でベッドの側による。
「何だよそれ。ミイラ男にでもなったのかよ。そんな様になってよ。本当にっ。馬鹿かよ…!」
出来るだけ普段通りに、自分だけは冷静にと光は誓っていた。
不安で押しつぶされそうな友人達を少しでも引っ張らなければと。
だからこそ、光はいつも通りに行こうと決めていたにも関わらず、徐々に言葉が詰まって行くと顔を覆って伏せる。
今まで堰き止めていたものが、止めどなく流れる姿をこの場の者は馬鹿にはしない。
各々が自分の感情を曝け出す。
全員が言葉にならない言葉で、消えてしまった筈の友人に無秩序の言葉を。
それでも、最後には全員が計ったかのように同じセリフが漏れてしまう。
絶対に言おうとしていた言葉が。
「「「「おかえり!馬鹿野郎!!」」」」
帰ってきてくれてありがとうと。
どうしようも無く大切で無謀な友人へ、必ず言いたかったやり場の無い怒りと、また会えたことによる安堵の言葉を。
それを受けた正樹は、安心させる様に恋詠の肩に手を置いたまま顔を無言で伏せていた。
それを友人達は急かすこともなく待ち続ける。
正樹自身にも言いたいことが、貯め続けたものが。
全員が正樹からどんなことを言われる覚悟はできている。
彼にはその資格があり思惑はあれど、結果的には光達を逃すための自己犠牲になった形だ。
今か今かと待ち続ける。
今かと待ち続ける。
待ち続ける。
待ち…
「なぁ」
どれほど待てど、正樹から言葉が発せられることは無い。
あまりに待ち時間に、痺れを切らした光が声をかける。
いくら何でもおかしくないかと全員が思い始め、ピクリとも動かない正樹を心配して恋詠が体をゆする。
「あの、せんぱ…」
ぽす。
そんな音を立てて正樹はベッドに倒れ込む。
「あ!」
そこへ唐突に割り込む第三者の抜けた声。
やっべ、忘れてたと言わんばかりの声に光達は部屋の外にいた人物を見る。
今まで無粋な真似を避ける為に、部屋の外で見守っていたオストは冷や汗を描きながら立ち尽くす。
気まずげに頭をかき始めると、言いにくそうに忘れていた重大な事実を告げる。
「あー、そいつ身体中ズタボロなんだ。骨とかもヒビだらけで、身体中あざだらけなんだ。だから多分…」
歯切れ悪く告げるオスト。
わかりにくい説明だが予想はついた光達は、ばっと正樹の方に振り返る。
近くにいた恋詠は、その事実に体をプルプルと震わせながら手を伸ばす。
そこには、白目を向けて涎を垂らす男が。
そして、オストはそんな予想を肯定する様に言う。
「さっきの抱き着きで気絶してるぞ…」
「せんぱぁぁい、すみません!!」
恋詠は顔を青くしながら数分前の自分の行動を思い出し、意識のない正樹に涙目ながらにあやまるのだった。
●
「ハハハハハ!それで気絶っっ。ひぃ、お腹がっ!ハハハ」
「笑い事じゃ無いよ?マジで三途の川が見えかけたよ?周りからナーカーマーってめちゃくちゃ歓迎されてたよ?」
「うぅ、本当にすみません…」
遅れて来たシナは正樹から事情を聞き終えると、腹を抱えて笑い始める。
人の目を気にしないのであれば転がり始めてもおかしく無い笑い様だ。
正樹も他人事なら両の手を叩いて笑っていただろうが、当の本人からすれば笑い事では無い。
幻視ではあるが、亡者がパーティーを開きそうな勢いの歓迎をされたのだ。
流石に死活問題すぎて笑うに笑えない。
それをシナに力説すると、近くに座っていた恋詠の方が上がる。
耳を真っ赤にして顔を手で隠しながら、消え入りそうな声を絞り出して謝罪する。
腹を抱えて笑う成人男性が一名。
それに不安がありげなミイラ男が一名。
それに申し訳なさで死にそうな美少女が一名。
それを何とも言えない顔で眺めるしかない他四名。
我観せずに仕事に励む仮定執事一名。
隣のベッドの繭玉が一つ。
裕福層向けの宿のために部屋が広々としているのだが、寝室にこれだけいれば窮屈にもなる。
そんな場所でこの状況だ。
非常にカオスであった。
そんな場でも、我観せずなオルクスは正樹にスッと薬と水を差し出すと、手ぶらになった手で柏を打つ。
「旦那様、彼らに用があって集まって頂いたのではありませんか」
「ひぃ、ふふっ、そ、そうだね。すー、はー」
用事を思い出したシナは、一先ず息を整える為に深呼吸をする。
やっと話が進むと思った面々は、心の中でオルクスに親指を立てる。
当事者達としては、この話題でとやかく言うのは難しかったので感謝の念が絶えない。
シナは息を整え終えると、身なりを整え繭玉があるベッドに腰掛ける。
「失礼したね。あまりに珍事だったのでつい」
「気にしないでくれ。オレらにも非があるからな。それより、アンタらにいいたいことがある。マサを助けてくれてありがとうございました」
珍事の部分で目を少し泳がせるが、それを傍によけると光は表情を改めると、感謝を告げると共に頭を下げる。
それに続く様に純司、咲、恋詠も深々と頭を下げる。
それを見た正樹は、珍しく鳩が豆を食らったみたいな表情を作ると、居心地が悪そうに同じように頭を下げる。
「別にいいよ、頭を上げて。そもそもボクはキミとの取引通りの対価を払っただけだからね」
「それでも、シナさんがいなけりゃマサは助からなかったかもしれない。取引通りだろうが感謝は言わなきゃオレ達の気が済まない」
「そう、それなら受け取るよ」
シナは困ったように笑い、了承をするとやっと五人が頭を上げる。
これでこの件はお終いかと思われた時。
なぁ、と今しがた頭を上げた正樹は声をあげて視線を集める。
「その取引って俺のとは別件か?」
「察しがいいね。まぁ、キミは聞いてないだろうから説明するつもりだったし話が早い」
正樹としては、光達とシナとの間に何があったか知らない為に、取引と言うのが引っかかった。
彼とシナの間にも取引の様なものはあったが、取引と言うには少し無理がある内容なのに加えて、あの口ぶりからして光との間に新たにあるかの様な物言いであった。
そこに気がついたことにシナは面白そうにニヤリと笑うと、光を交えて正樹達を雇いたいと言う旨を説明する。
特に質問を挟む事なく最後まで説明を聞くと、「ふーん」と気のない相槌を打つ。
「悪い、マサに相談もしないで勝手に決めて」
「いや、べつに気にして無いけど?よくそんなに話が進んでるなーと」
「シナさんが提案してきてな。オレ達にとっても悪い話じゃないし、誠意も示してもらえて一応信用してもいいと思った。巻き込む形になったが一緒についてきてくれねぇか?」
「いいよ」
「マサにも都合や考えがあるのは分かる。でも…え?」
正樹の天邪鬼な性格をよく理解している光としては、相槌から察するに納得がいっていないものだと思っていた。
そもそも、この話の前から正樹は教会から抜け出す為に、色々と手を尽くしていたのを光達も知ってはいた。
それを勝手に台無しにするような取引を勝手にしたのだから、正樹はそう簡単には頷かないと思っていた。
それが蓋を開けてみればあっさりと了承され、光は肩透かしを喰らう。
その様をシナは楽しそうにくつくつと笑う。
「そんな簡単に頷いていいの?一応言っておくけど、ボク達も創神教と同じでキミ達を兵士として雇いたいんだよ?それってマサキくんの目的と反してると思うんだけど」
「そんなことないけど?そもそも、ここを出た後にも生活があるからな。理想としては信用できるどこかに雇われることだったし、むしろ渡り船だな」
「今とあんまり変わりはないと思うよ?ボクとしてはバリバリに戦ってもらうつもりだし」
「現状、俺達が活かせるのって異世界人の特典くらいだ。働くなら冒険者か商会の用心棒の予定だったし。最初は現代知識を活かせるかなーって思ってたんだが無理だったし」
この世界の街並みや生活は地球で言うところの十五世紀頃が近いのだが、魔法と言う力により日本人の常識よりはるかに進歩している。
それに、調べてみると異世界人はそれなりに居るようで既に地球の知識はそれなりにあるのだ。
それは教会の食堂でも見受けられ、料理も正樹達が見慣れたものがあり、調味料に至ってはマヨネーズ、七味唐辛子などがある。
他にも魔導具の中には機械の様な構造をしたものが一定数存在しており、一部ではあるが電気も存在している。
そんな中で、一般の学生が知識チートなど出来るはずもなく、正樹としては早々に見切りをつけていた。
「信用が高い方で働きたいのは当たり前だし、それにシナに雇ってもらうのも視野に入ってたからな」
「へぇー、てっきり警戒されてると思ったから意外だよ」
「そんなん出会う人全員警戒してる。人間不信なもんで」
「それは雇い主としては合格を貰えたのは嬉しいね。それじゃあ、全員ボクに雇われるってことでいいね?」
シナは話が丸く纏まり、ニコリと笑いながら光達に異論がないかを視線で問いかける。
特に問題が無く全員が頷くと、そのまま軽い業務説明や雇用形態の説明を始める。
細かいことはまた別の日と言うことで、次にテラクセスからの出国手続きの話に移る。
それが終わる頃には日が傾き始め、お開きということになる。
光達も正樹の無事が確認できたので、一安心といった様子で教会に帰って行く。
最後に残ったオルクスとシナが出て行こうとすると、全員が居なくなったのを見計らったように正樹が声をかける。
「なぁ、ちょっと頼みと聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「何かな?」
「ちょっと借りがあるからな。返しに行くから手を貸してくんね?」
「んー。いいけど内容によるかな?」
「ちょっと合わせて欲しい人と、もう二人雇って欲しいやつがいるだけだ」
ミイラ男状態のために判別がつきにくい顔。
声音が平坦なこともあり、面倒ごとかと困ったような顔をシナは作る。
しかし、予想と反してニヤリと悪巧みをしようとする雰囲気を感じ取ると、面白そうなことをしようとしていることが正樹から伺えた。
そうとなれば話は別だと、シナは困ったと言う表情はそのままに内容を楽しみだと内心で笑う。
さて、どんなセリフが正樹から飛び出すのかと期待を抱きながら、シナは待ち受ける。
「それと、滅茶苦茶気になってたんだけど、その人誰?」
「え、そっち?」
正樹が指を刺して、繭玉のような布団をおっかなびっくりに見る。
シナとしてはもっと重要なことを聞かれるものと思っていたが、まさか先にこちらを聞かれる事になるとは考えていなかった。
確かに、部屋に紹介もしていない見知らぬ女性がいれば気になりでもするだろう。
しかし、それを重要な借り、もとい復讐とも言えるかもしれない話と同時に話題に出すとは誰も思わない。
これが正樹クオリティー。
気になったことは聞けるならすぐに聞きたくなってしまうのだ。
そんな予想外過ぎる正樹のマイペースさに、シナは肩を揺らして少し吹いてしまう。
「ごめんごめん、キミもルナもずっと寝てるからさ。紹介するよ、ボクの妹のルナエル。ルナー、起きてる?顔合わせくらいして欲しいんだけど」
シナが繭玉をゆすると、鬱陶しそうに遅れてもぞりと動き出す。
するすると布団が身から剥がれ落ちて出てきたのは、白とすらいえるプラチナブロンド。
先程寝顔をチラッと見てはいたが、恐ろしく整った造形はマジマジと見ると大人っぽくも幼く見える不思議な感覚に見舞われる。
髪の色こそ対極で一見シナとの雰囲気の差も相まって他人にも見えるが、よく見れば似ている部分は多い。
そんな美少女は、眠たげに細めた赤い宝石の様な瞳で正樹を射抜く。
ゴクリと静かに唾を飲み込む音が喉を鳴らす。
「薄々分かってはいたけど、本当に人の強さが分かるんだね。ルナは殆ど魔力も敵意も出していないのに」
「やっぱ強いのね。てか、俺に分かるのはその人がどれだけ危ないかってだけで、細かいところは知らん」
「へぇ、それは凄いね。それがマサキくんが神から授かったスキルかい?」
「さぁ?俺、教会でスキル検査すっぽかしたから詳しくは知らね」
「すっぽかした?ハハ、よくそんなことできたね。キミ本当面白いよ」
ツボに入ったように笑うシナを見て、正樹は笑い下戸なのかなと思う。
本来はそんなことはないなだが、正樹の予想外過ぎる行動が愉快犯な性質がある彼には面白過ぎるだけなのだ。
少しおかしなところなあるだけだな、と正樹は気にしない事にして、笑われている理由について首を傾げるのみである。
笑いがひと段落すると、シナは胸元の内ポケットから一つの石を取り出して投げ渡す。
「それは鑑定結晶って言う自分の能力を測る魔導具だよ」
「おー、あの石板。こんなにコンパクトになるのか」
最初は形が違ったのでしっくりと来なかったが、説明されると教会で聞いた使い捨ての魔導具のことを思い出す。
「スキルが分からないのも困るでしょ。それは上げるよ。それじゃ、ボク達は出てるから使うといいよ」
「いや、一緒に見てくれ。助けてくれた礼と、単純にスキルの説明をして欲しい」
「いいのかい?スキルは一つ持っているだけで価値のある、個人の最重要情報だよ?」
「そっちが信用を示してくれたんだ。こっちも信用を示してやるよ」
正樹は青い宝石型の魔導具を握るとニヤリと笑う。
人が驚くと言うのは悪戯好きな彼にとってそれだけで楽しい。
痛む魔力回路を少し動かすと、手から青い光りが漏れ出て部屋を照らすのであった。




