1章 38話 助けに来たのは泥舟でした
轟々と燃え盛る赤き極太の熱線。
正樹の視界を横切るように引かれた線は、その余波だけであたりの温度を上昇させ、視界を曲げる。
そんな、超高威力の熱線は並大抵の攻撃ではびくともしなかった怪物をペラ紙のように撃ち抜いていた。
むしろ、胴に風穴を開けるどころか消滅させ、上半身が支えをなくして崩れ落ち、下半身は勢いが余り地面を転がる。
いきなりの超展開に、正樹の今までの感情は空の彼方。
すぐ目の前まで盛大に転がってきたオーガだった者の下半身を、固まって見つめることとなった。
いくら見つめど、最初に数度の痙攣をしたくらいで、動く様子の見れない下半身に正樹は呆然とするのみ。
「マサキ!無事か!」
ふと、横殴りに大声がかけられて正樹はハッとすると、首をゆっくりと動かす。
声がした方向は、熱線の撃たれたと思われるところから聞こえた。
その人影を捉えると、そこに居たのはボロ雑巾の様な服装をしたオストが焦った様子で走っていた。
(あぁ、そう言えばそんな保険を用意してたっけ。じゃあ、光達は脱出したのか)
どうやら、正樹が光に渡した手紙はとてつもない成果を上げたらしい。
余裕のない環境で過ごしているうちに、その事をすっかりと忘れていていたが、打てる手は打っとくものだと改めて思う。
「無事じゃないが、生きてはい…」
ズザァー。
今まで走っていたオストが、そんな効果音が聞こえそうに倒れる。
え。
そんな声がどこからとも無く呟かれる。
いくらなんでも、この状況でそんなギャグみたいな転び方をするものか。
まさか、オストにはドジっ子属性が付与されているのかと正樹が疑問に思い始めた頃。
立ち上がる様子もなくオストが口を開く。
「すまん、マサキ。魔力を使い切ってしばらく動けそうに無い…」
「えー…」
情けない格好で情けないことを聞いた正樹は、今度は呟かずになんでぇと言う意味合いで不満を漏らす。
ドジっ子属性では無い様だ。
「魔力調整は苦手なんだ。さっきのに残りの全魔力を使っちまったんだ」
「不器用すぎるだろ。普通、全魔力なんて意識しなければ使えねぇよ」
前言撤回。
どうやらオストはドジっ子属性なようだ。
男のドジっ子属性など、正樹にとっては需要は無に等しい。
助けて貰えたことに感謝はあるが、助けに来た者が二重遭難ならぬ二重瀕死になろうとは。
まさかの展開に正樹からため息を吐く。
「それと、体力も結構限界だ。ここに来るまで休み無しで走り回るのは無謀だった」
「いや、お前冒険者だろ」
「本当にすまん…」
続く様に出るオストのうっかりは、声からも本人もやらかしていた自覚があるように言う。
正樹の言うように、自分の安全も確保できないなんてどうなの?と言う問いにはオストも恥いるように謝罪する。
どうやら、そんな基礎を知らないわけでは無いようだが忘れていたのは間違いない。
オストがドジっ子なのが確定した瞬間である。
(成る程。俺の残念ホイホイは健在な訳か)
命の危険から逃れたためか。
知り合いに出会えたからか、いつものように盛大な脱線をし始める。
ちなみに、正樹は残念ホイホイと言うスキルがあるのでは?と疑っていたりするが、ただの類は友を呼ぶである。
いかん、と思考を元に戻すと現状確認をする。
「オスト、怪我は?そっちはどのくらいで動ける?」
「怪我は問題ない。動くのは数時間あれば動ける。万全なら一日は欲しい」
「マジか」
正樹は自分の体の確認をしながら聞いた話に、これは不味いのではと冷や汗をかく。
自身の体は怪我が酷く、とてもでは無いが一日二日で治る感じでは無いことが分かる。
オストも、動くのに数時間はかかると言っていることからその間は無防備になる。
幸いと言うべきか、装備の損傷具合でオストは怪我を負っていると言う懸念はあったが、本人が大丈夫と言うところから本当に魔力と体力のみが枯渇しているのだろうと予測する。
「これ、まずくね?」
「あぁ、まずいな…」
「シナさんは?」
「ダンジョンに入る前は一緒だったが、手分けして探そうって話になって分かれた」
「連絡手段は?」
「宿に忘れた」
「馬鹿野郎」
ジーザス。
教会で長いこと生活をしていたからだろうか、なんとなくそんな言葉が頭をよぎる。
あれ、これ詰んでね?とダンジョン内で何度目か分からない諦めの境地に入る。
これまで、なんやかんやどうにかなってはいたが、それは前提に『行動に移せばなんとかなるかもしれない』があるからこそだ。
それが今はどうだろうか。
二人そろって生きる屍である。
両者身じろぎくらいは出来るが、逆に言えば出来ることといえばそれくらいだ。
魔力はない。
体は動かない。
気力はない。
あるのは知恵だけだが、仮定として二人ともIQ千あったとしても行動に移せない時点で意味のないものだ。
「本当にすまない…」
「はぁ、謝罪は生き延びてから聞く」
「分かった」
地面に埋まりそうな勢いで謝るオスト。
今、呆れこそしているが助けてもらったことへの感謝は今もある。
そもそも、オストが来なければ希望もなく死んでいた命だ。
それでいて、彼を責めるほど正樹は恩知らずではない。
このことは取り敢えず、傍に置いておこうとこの話題を打ち切る。
「食料は?」
「携帯食が少し、水は水筒が一つ分」
「分かった。今から食べ物を落とすからそれを食え。水は水筒のを使ってくれ」
「いや、俺は自分のを…」
「少しなんだろ?それに食料は異空間収納に溜め込んでるからいくらでもある。今はオストに少しでも早く動けるようになって貰わないと、俺が困るんだよ」
この調子だと食料なども忘れているのではないかと懸念が正樹にはあったが、それが杞憂には終わったが十分な量ではないと知る。
それならば食料をオストに譲ると言うと、本人は納得がいかないように断ろうとする。
しかし、現状一番の頼みの綱はオストなのだ。
正樹は使い物になるまでに相当の時間がかかるために論外として、シナの救援を待つと言うのも不安が残る。
ベストはこのまま何もなくオストに回復してもらい、正樹の護衛をしてもらいながらシナの助けを待つことだ。
言葉を被せるように理由を言う正樹はオストの目の前に靄を出現させると、中からポロポロと出来合いの食べ物が出る。
少し唸り声のような葛藤があったが、納得はしたようで「分かった」と呟くとノソリノソリと食べ始める。
正樹も体力の回復は急務だ。
回復ポーションを水代わりに飲んでいく。
「なぁ」
「なんふぁ?」
「シナさんが来るのどれくらいかかると思う?」
「んぐっ。多分、一日はかからねぇと思う。野暮用が終わったら直ぐに来るって言ってたからな」
「思ったより早いな。てか、別れた理由って他の用事があったのかよ」
「ちょっといい落とし物があったから拾ってくるよ、だとよ」
「落とし物ねぇ…」
ダンジョンに入っていきなり見つけた落とし物とは何のことやら。
オストは気にならないような口ぶりで、合間合間に食事を続ける。
正樹としては、確証はないが心当たりがあるのでテラクセスにいる上層部に合掌&敬礼だ。
「マサキ」
「ん?」
「水は出せねぇって言ってたけどこれは?」
正樹がそちらに視線だけ向けると、仰向けのまま黄色い液体の入ったポーション瓶を持って質問する。
「それはエナドr…いや、元気になる飲み物だ。体力回復の補助にもなる(多分)」
「わざわざすまない」
「遠慮しなくていいぞ」
食べ物を食べて口の中がパサついていたのか、オストは煽るように飲む勢いよく飲み…
「ブフゥッ!?」
盛大に吐き出した。
オスト的には、ポーションのような飲み薬のような味なのかと想像していのだが、残念と言うべきかその味は予想の斜め上を行っていた。
元来、薬とはまずい物でポーションも基本は例に漏れず非常に不味い。
寧ろポーションの方が不味い物が多く、オストも戦いを生業としていることからポーションは常飲していると言ってもいい。
スラム出身であることからも、オストの不味い物耐性は中々のものであると本人は自負していた。
それが、このドリンクはどうであろうか。
薬ならではの苦味やえぐみは勿論。
妙な甘味に酸味、辛味。
極め付けは、舌をひりつかせるのだ。
吹き出した後、オストの動かないはずの体が急にガバリと上がると正樹に問い詰める。
「お、おまッ、これなんら!?」
「ただの栄養飲料です。味はゴミより酷い味だが効果は保証する。毒は無いが個人的には毒より不味いと思う。それでも効果は抜群だ。効果は」
「うぅ、これ本当に効果あるんだろうな」
「安心しろ。三日三晩動き続けられる気がするくらい元気になるぞ」
「これ、本当に毒じゃ無いんだよな」
「薬なんて、毒とおんなじもんだ」
疑わしげな視線を向けるオストに、正樹はハイライトの消えた視線で応戦する。
先に目を離した方が負けるのだ!
なんとも怪しげな薬ではあるが、折角の正樹からの好意だ。
オストはため息をついた後に、意を決して一気飲みをする。
味覚のテロに遭いながらも一息に飲み込むと、嗚咽をしながら瓶を捨てると上書きするように食べ物を口に詰め込む。
正樹それを見て正樹は戦慄の一言だ。
まさかあれを一気飲みする猛者が現れるとは。
少し罪悪感が湧かないでも無いが、効果はあるんだから問題ない。
悪戯心から渡したなんて口が裂けても言えないし、自身も忘れればそれは親切心になるのだ。
多分。
「俺がダンジョンに篭って何日経った?」
「うっ。あぁ?一週間以上は経ってると思うぞ。少なくとも、俺が聖都を出てから四日以上はかかってるしな」
「一週間か。長いような、短いような…」
「俺からも聞いていいか?」
「?」
一週間という数字を聞いて、なんとも言えない感情に浸る正樹。
そんな正樹の質問に何でも無いように答えたオストは、今度はこちらが質問があるといい声音を変える。
しかし、一向に二の句が出てくる気配がない。
まるで聞きにくいことを聞くような…
そこまで来て、あぁ、と合点がいく。
普段であれば直ぐに気が付けたであろうが、正樹も疲れが溜まりすぎているのだろう。
このまま待てば、そのうちは聞けるであろうが正樹は長いこと待たされるのは嫌いなのだ。
それに、気がついたにもかかわらずこのままなのは居心地が悪い。
「死んだよ。パーシィらしい最後だった」
「ッ…!そうか」
オストは痛みに耐えるように、絞り出すかのように相槌を打つ。
その表情は正樹からは見えないが、握りしめられている拳がその気持ちを表していた。
「お前は関係無い。それに、死を選んだのはパーシィだ。笑って死んだあいつの選択をお前が否定するな」
憐れむのならするがいい。
それをするなと言うのは酷であるし、それをするのはパーシィのことを理解してないからだ。
分かりもしない人に、それを察しろと言うのは難しいことだ。
しかし、それでパーシィとあの場にいた正樹以外がもしこうすればと後悔するのはお門違いだ。
そんなの、した側もされた側も報われないし救われないでは無いか。
不毛、無駄、無意味。
正樹が強い口調で言ったにもかかわらず、オストはそれに対して謝罪を返す。
「…悪い。そうか、悔いは無かったんだな」
「さぁ。ただ、あの結果には満足したんじゃ無いか」
それっきり会話が途切れる。
パーシィの死を悼んでいるのか。
果ては悔やんでいるのか。
または、冥福を祈っているのかもしれない。
その心中は本人にしか分かり得ない。
あたりを沈黙が支配する。
それからしばらく、体を休ませ続ける二人に異変が訪れる。
「ん?」
先に気がついたのは正樹の方であった。
極限とも言える状態に身を置き続けたことにより、鋭敏になり過ぎた感覚が違和感を拾ったのだ。
「どうした?」
「なんか音がしたような」
「!」
そのことを正樹から聞くと、オストも気を引き締めてあたりの気配を探る。
今、両者共に魔力が空の状態だ。
そのために索敵魔法が使えないために、原始的とも言える音や気配のみで異変を探らなくてはならない。
そのために、二人は目を閉じると息遣いを出来る限り無音に近づけ、自らの音を経つ。
すると、カラッと岩を踏みしめたような音が微細にだがオストの耳も捉える。
それをすぐに視線のみで正樹に伝えると、違和感が気のせいでは無いことを確信する。
(最悪だ…)
想定していた事態が起こってしまった。
「オスト。お前、動ける?」
「少しならな。だが、戦うのは厳しいな」
正樹は出来るだけ音を立てずにオストと会話をすると、やはり厳しい状況だと再確認した。
「走ってトドメを刺すくらいは?」
「相手によるが出来る」
「俺は、体は動かないが魔力が少し残ってる。それから、仕方ないが奥の手を出す」
「奥の手?」
「モモさん」
手短にお互いの情報交換を済ませ、細くはあるが希望の糸口を見つける。
少しの葛藤はあるものの、背に腹はかえられないと決心する。
まさか、そんな状態でまだ使える奥の手が?とオストが驚く中、正樹は小さく名前を一つ呟く。
すると、その声に反応するように正樹の左肩辺りがもぞもぞと動き始め、それが徐々に腕へと移動する。
そんな奇妙な光景にオストが身を硬くすると、それは袖口から姿を表す。
「なんだ、それは…」
「ポイズン・センチピードのモモさんだ」
ピロっと頭を出したのは、女性の腕と同じくらいの太さを持つ馬鹿でかいムカデであった。
本来、ポイズン・センチピードは全長八メートル以上ある巨大ムカデの魔物だ。
正樹の腕から見える姿を見るに、子供のポイズン・センチピードであろう。
うん、見ればわかる。
ただ、オストの言いたいことはそんな事ではなく。
「いや、モモだ。じゃなくて」
「大丈夫、モモさんだけじゃない。ジャバミさんも居るぞ」
そう言うと、正樹の胸元がモゾモゾと動く。
そこから顔を出すは、モモさんと同じくらいのサイズの蛇だ。
スワンプ・スネークと呼ばれる、このダンジョンではポーション・センチピード共々よく見かける魔物となっている。
大人だと全長六メートルにもなる蛇なのだが、こちらも同じく子供なのだろうと言う大きさだ。
地球の蛇に例えるなら大きさはハブが近い。
ただ、オストが聞きたかったのはそう言う事ではない。
「おい、今はふざけてる場合じゃねぇぞ!そいつらでどうするって言うんだよ!」
「まぁ、落ち着け。俺達は今、猫の手も借りたい状況だ」
「あぁ…」
「確かに、こいつらの身体能力は戦力にならないが毒を当てられれば」
「戦力になる…」
確かに、正樹が援護してその隙に毒を入れられれば十分戦力になりうる。
その見た目とサイズで騙されるが、子供とはいえ魔物なのだ。
オストは少し冷静さを欠いていたことを悟る。
「少し焦り過ぎたな」
「落ち着けたようでなにより。それより、来たぞ」
正樹が視線を鋭くさせる先。
曲がり角から現れたのは四匹のブラックウルフ。
その目は絶好の獲物を見つけた歓喜に満ちていた。
実際に死に体の二人は、生肉が地面に落ちているのと何ら変わりは無いのだから今日は彼らにとって吉日だろう。
それでも焦って飛びかからないのは、彼らの狩人としての矜持か。
それとも本能か。
ゆっくりと、しかし確実に散開しながら距離を詰める。
いずれにしても、正樹達からすればあまり嬉しい事ではない。
(ばっちり逃す気はないと。流石に舐めすぎたな)
刻一刻と間合いを詰められ、正樹の額に緊張の汗が浮かぶ。
それはオストも同じようだが、その姿はいつでも動けるように姿勢を変えていた。
正樹も腹を括ると、息をできるだけ吸い込む。
『アー…』
「オストくんが先に見つけちゃったか。探したよ」
「「ッ…!?」」
ゴトリ…
気配もしない場所からいきなり声がかけられる。
いつの間に!?
そんな思いが恐怖を掻き立てると共に、索敵漏れに対する焦りを覚えた時。
声が喋り終わる前に、目の前のブラックウルフの首が音を立てて落ちる。
「危なそうだったね。と言うか、なんでオストくんまで倒れてるの?」
そこには、シナが散歩でもするかのようにトコトコと歩く姿があった。
シリアスの中に現れた急なぼのぼのに二人はついていくことができない。
固まる二人にシナは疑問符を浮かべるが、今そのことを気遣う余裕はない。
「ジーザス…」
そんな訳の分からない状況に、無神論者である筈の正樹は遂に心の声ではなく普通に言うのだった。
世の中は不思議で満ちているのだった。




