1章 37話 憎悪の炎と殺意の氷
地の底から響くような雄叫び。
その声の主である怪物、オーガは満身創痍とも呼べる風体であるにも関わらず、その動きからは衰えを感じさせない。
片腕は消失し、身体中には数え切れない切り傷と深々と刺さる武器の数々。
人間であれば遠の昔に生き絶え、魔物であったとしても同じと言える傷だ。
しかし、そんなことを一切感じさせない動きに加えて、以前にも増して強大となった存在感。
それは、己をコケにした人間への憎悪ゆえか。
理性を吹き飛ばし、憤怒と憎悪による殺意だけを乗せた怪物の叫びは、余波だけで周囲を恐怖させる。
全ては、脆弱な怨敵を倒さんと。
それだけの闘志を燃やしているにも関わらず、オーガの周りには生き物の気配は一つとしてない。
対峙しているはずの敵を含めてだ。
だが、化け物は確信している。
すぐ近くに羽虫がいるということに。
確信が現実に変わるのはすぐの事だ。
何処からともなく高速で飛来する何かが、オーガの横っ面を襲う。
それを生き物を超越したような速度で迎撃すると、そこかァ!?と文字通り鬼の形相をすると一直線に突っ込むが、そこに怨敵はおろか生き物一匹すらいない事が分かると何度目かわからない雄叫びを上げる。
そんな怒り狂うオーガを、気配を消して岩陰から覗く人影。
かれこれ一日と言う長い間、攻撃を当てては離脱しての戦法を繰り返している正樹は、淡々と作戦をこなしていた。
(想像以上にタフだな。理性は無くなったが、代わりに反応速度が上がってるな)
正樹は弾かれ始めた矢を見て結論付ける。
最初の方でも矢が弾かれることはあったが、それは度々で連続で弾かれることは無かった。
だが、ここに来てオーガの反応が一段階上がった事により矢が弾かれることが多くなり始めた。
当初に立てた正樹の作戦は、ひたすらに相手の間合いの外から削り殺すをコンセプトとした作戦名、『チキチキ隠れん坊』(正樹命名)で持久戦の予定だった。
この作戦は、予想通りの成果を順調に上げており、平静さを失わせた事を筆頭に、大きく体力を消費させていること分かっていた。
先程の突進も、戦いを始めた時に比べると二回りも遅くなっていることからも間違い無いのだが、そろそろ作戦の変更を余儀なくされて来ている。
この作戦の前提条件として、オーガの間合いに入らないことともう一つ。
オーガの自然回復を上回る頻度の攻撃が必須なのだが、ここに来てオーガの反応速度が上がった。
またはこの状況に慣れられたことにより、自然回復を上回る攻撃が難しくなってきた。
無論、現状全てに対応されているわけでは無いが時間の問題であろう。
(理性がぶっ飛んでるとはいえ、流石に一日も似たようなことをされれば対応出来るよな)
これで正樹は打つ手が無くなった訳ではないが、困った事はある。
それは、思ったよりも体力が減らせていないことだ。
元々の予定では、持久戦と言う名のチクチクチキン戦法で正樹でも対応出来る体力まで減らした後に、持ちうる手札でゴリ押すつもりでいた。
しかし、あの化け物は今だに正樹に対応するのは困難な身体能力を誇り、気力も衰える様子を見せない。
むしろ、気力に至っては増してるとすら見えるのだから、正樹からしたらたまったものではない。
ならば、このまま持久戦を無理に続けるかと頭によぎるが、すぐさまに振り払う。
(はぁ、仕方ない。ここらが潮時だな)
下準備の全てを達成できた訳ではないが、それでもすでに最低限はこなしている。
取り敢えずは、この結果で満足しようと言い聞かせると、異空間収納から次々と道具を取り出し始める。
手早く身につけるものを身につけると、低い唸り声を上げ続けるオーガを一別。
この世界では思いに力が宿ると言われるが、正樹の目の前には具現化したような恐怖が存在する。
いくら何でも力を持ちすぎなのではと、弱い心が揺れそうになるが、それを別の自分が食らう。
先程までの隠れん坊ではこの恐れが必要であったが、この先にこれは必要の無いものだ。
次に必要なのは強い度胸と大胆さ。
そうと決めると、無表情から一転。
心を高揚させ、ニヤリと笑顔を作る。
精神の切り替えを完了したことにより、次の作戦に移る準備が整う。
さて、出だしはどうしたものかとざっくりではあるものの行動を悩んでいる時、準備した中でも一際異彩を放つ物に目が止まる。
性能としては子供がノリと勢いで作った様な代物だが、以外と使えるのではと笑う。
そうと決まれば、必要のない物を片付けると残った足元に置かれた恵方巻きのような形状をした物を拾う。
恵方巻きの様と評したが、それは飛び出している具が食材ではなく複数の矢であるが。
ここからは、隠れることに労力を割く必要は無くなる。
恵方巻き改め矢巻きを構えると、今まで付与出来なかった魔力による強化を施して行く。
それに呼応する様に、正面から正樹に向かって圧力が叩き付けられる。
まるで蝋燭の灯火を吹き消すかのように。
心を固めたにも関わらず、ものの数秒で揺らぎそうになる。
だが、あくまで揺らぎそうになっただけだ。
あらかじめ分かっていたのだから、既に弱さなど鍵をつけて心の奥底にしまってある。
そんな正樹の心境を知ってか知らずか。
追い討ちのごとく、既に聴き慣れた咆哮を発しながら迫る肉の砲弾が一発。
地面を砕くように高速で迫るが、正樹に気負いは無い。
寧ろあるのは高揚のみ。
「ここからは『ドキドキ鬼ごっこ』に作戦変更後だ。鬼さんは俺にタッチする事ができるかな?」
スタートだ。
そう心の中で呟くと、矢巻きが正樹の手中から離れる。
魔力による強化を受けた恵方巻きモドキは射出されると共に、厚めに巻かれた包紙が耐え切れずに粉微塵となり、中身が姿を表す。
その様はさながら矢の雨。
鉄板であろうと蜂の巣にする威力を秘めた必殺の矢達は、標的をひき肉にせんと迫る。
的となったオーガは、死の雨を目の前に一歩も緩める事なく突撃。
盾にするように大剣を構えると、けたましい金属音を鳴らしながらも防ぐ。
無論全て防ぎ切れる訳ではなく、肩や足などはみ出た場所に容赦無く矢が刺さるがその速度に揺るぎはない。
「マジかよ、馬鹿だなぁ!」
その蛮行とも呼べる選択をした怪物に、正樹は目を見開き笑う。
この場で一番やられたく無い行動であったのだが、相手の精神状況からも無いとは言えない手ではあった。
一回の攻防のみでオーガは間合いを詰め切ると、大剣を向けて放つ。
それを正樹は、霞のように消えるとオーガのはるか先に現れる。
転移すると、弓を構えて逃げる様に走り出す。
即座に手応えが無いとオーガは判断すると、大剣を引き直して追撃をする。
「そんなに走ったら転ぶぞ?」
予定通り、考え無しに突っ込んでくるオーガにオチョくるように言いながら絶え間なく矢を放つ。
無駄に一日中オーガのかくれんぼをしていた訳では無いのだ。
その間に足止め用を含め、数え切れないほどの罠を仕掛けたのだ。
今回の場合だと、仕掛けとは見えにくいワイヤーのことで、見事に交わす素振りもなくオーガの足が引っかかる。
かのように見えたが、その有り余る突進力にワイヤーが耐えられずに千切れる。
「えぇ、足で引き千切れるのかよ」
自信満々でドヤったは良いものの、糸の如く切れたワイヤーを前に正樹は、恥ずかしさの前に呆れをこぼす。
薄々そんなことになりそうな気はしていたので、予防にしかけていた第二の仕掛けが作動する。
正樹が横ステップを入れると、入れ替わる様に人程ある石が恐ろしい速度でオーガに向かう。
しかし、この第二の罠でさえオーガの足を止めるには至ら無いだろう。
その事が分かっているからこそ、これら全てを囮として魔力を多めに込めたけ矢を、岩に被さる様に放つ。
オーガはそれに気がつく様子もなく、岩を大剣により難なく砕くと同時に、足に強く突き刺さる矢により転がる様に倒れる。
「どうした、足でもつったか?」
うまいこと作戦が成功し、イタズラが成功した子供のように笑う正樹は、追加だと矢を数本取り出すと散弾のようにして撃ち込む。
大きく体勢を崩したオーガには、それを躱す術も無く身体中に刺さる。
しかし、その程度はかすり傷だと言わんばかりに転がる状態から跳ね起きる様に起き上がると、速度を殺さずに間合いを詰める。
それならば、同じようにまた罠の場所まで突きながら移動しようと正樹が次の行動に出た時だ。
走りながらと言うこともあり、オーガは不恰好に大剣を振り上げると地面に向けて一合。
地が爆破した。
否、大剣により爆ぜた地面により射出された石飛礫は、弾丸の如く正樹に襲いかかる。
それに、正樹は焦る様子も無く瞬時に魔法を構築すると、己の後方に泥壁を作り出す。
間も無く、石飛礫の散弾がパァン!と言う破裂音を断続的に鳴らす。
泥壁を見てみると、散弾自体は防げたようだが至る所をひしゃげさせて崩れ落ちる。
(いや、あれ爆炎石にも耐えられる強度なんですが)
ただの石が、自慢の防御魔法を一撃で破壊したことに正樹は引き上げていた頬が、別の意味で引き攣るのを感じる。
せめてもの救いは、この石飛礫攻撃が初めてでは無く、隠れん坊の時に既にやられていたのが幸いだった。
あの時は近くの岩陰に転がり込んで事なきを得たが、今初めて見たのであれば正樹が蜂の巣どころか肉塊になっていた可能性は高い。
全身からぶわりと汗が吹き出し、拭いたい気持ちに駆られるが、オーガにはそんな猶予を与える気はない。
今の一瞬の攻防で距離を詰め切ると、突進の勢いを殺さずに大剣に乗せる。
それに対して正樹は、あらかたの行動を予測して動く。
間合いを詰め切られると分かった時には、オーガの顔が来るであろう場所に封爆石と呼ばれるグレネードの様な魔導具を放る。
オーガの動体視力的に、その行動は見えていて躱す事もできるであろうに、小さな爆破を顔に受けながらも効かぬとばかりに大剣を振り下ろす。
見てから避けることはやはり不可能。
そのために、先に横にズレることですぐ隣を大剣が通り過ぎる。
打ち付けられた衝撃の爆破が正樹を襲うが、踏ん張ることもなく身を任せて吹き飛ぶ。
正樹がひと転がりで体勢を戻す頃には、オーガは次の行動に移っていた。
いくら体力が削られているとはいえ、元々の身体能力の差が天と地ほどあるのだ。
攻撃力に至っては衰えを感じないほどだ。
それでも超越級の戦闘力から上級くらいには下がっている。
現に、動きが大振り気味で緩慢だ。
オーガの横なぎに払われた大剣を見て、やはり見切れないものでは無いと確信する。
正樹は強く踏み込むと、背中に大剣の通りすぎる風を感じつつもオーガの懐に入り込むことに成功する。
「どォしたァ!?疲れたかァ?」
いけると思っての行動ではあったが、それでも心臓に悪い行動ではある。
声を裏返らせながらも笑うと、腰に刺していたパーシィの剣を抜刀を引きに抜き…
オーガの脇腹に一文字の線が走る。
その痛みにより、オーガは反射的に足蹴りを見舞う。
それを正樹は、脚の力を抜いて体を傾けさせる。
さらに、剣を引き戻して足にはわせる様に添える。
すると、足蹴りが振り抜かれると、正樹は駒の様に宙を舞う。
受け流しを成功させて着地すると、正樹はズキリという痛みに顔を顰め体の異変を感じとる。
(やっぱ、受け流し切るのは無理か。近接戦は最終手段だな)
これだけ弱らせても、近接戦は無謀だったことに落胆を覚えるが、余計なことを考え続ける余裕もない。
オーガに意識を向けると、叫びながら追撃の真っ最中だ。
もう一度くらいなら剣での相手も出来るだろうが、これ以上攻撃をもらい続けると間違いなく体がもたない。
ならばと、手に黒い霧を這わせる。
「いい加減弱れよ!馬鹿力が!」
正樹もオーガと同様に鬱憤を晴らす様に怒鳴ると、黒い霧を纏った手を横に振るう。
すると、赤いキラキラとした石が複数中を舞い。
ドォン!!!と大爆破を起こす。
「こぇえ…タイミング間違えたら粉微塵だな」
視界が切り替わると、爆発音が地を揺らす。
爆炎石を撒いて、爆破の瞬間に転移するということをした正樹は、生きた心地がしないなと自身に呆れながら言う。
しかし、振動や音からして中々の威力があったのは間違いない。
ぶっつけ本番の思いつき戦術にしては、中々な成果を上げたのではと言う期待が湧くが、次に響いた音で結果が分かった。
「ゥオオォォォォォオオオ!!!!」
空気を割くような、怨嗟の籠った爆音が空気を揺らす。
もはや慣れたとも言える声にうんざりしながらも、オーガの無事を察する。
土煙で視認することは難しいが、気配がダダ漏れなので見失う事はない。
逆に相手は気配を消した正樹を捉えることは難しい。
絶好の追撃チャンスに、石で出来た短槍に魔力を込めながら出方を伺う。
さて、どうくる?と様子を見ていると、バッと土煙が剣圧により吹き飛ばされる。
殴る様な風が押し寄せて「ぐぅ…」と声を漏らしながら、その場に耐えなくてはならない程の突風を受ける。
視界が晴れたことにより、オーガは正樹を見つけるや否や。
作戦はいつも通りのガンガン行こうぜの直進。
芸の無いと小馬鹿にしたいところではあるのだが、これが最適解なのだから正樹としては笑えない。
すぐ様魔弓を引き絞ると、オーガをギリギリまで引きつけてから発射。
消える様に飛んだ短槍を、当たり前の様に反応して大剣で迎撃される。
今までであれば払うだけで終わっていたのだが、今回の弾はオーガの想像以上の威力を誇っていた。
接触すると、大剣を持った腕が後ろに轢かれたのだ。
オーガは戸惑いの色を見せるが、その隙を逃す気はない。
魔弓を仕舞い、数歩で間合いを詰めながら異空間より長槍を取り出す。
その隙だらけの溝内に一閃を入れると、槍は深々とオーガに突き刺さる。
流石の耐久力の怪物も、怒りの咆哮ではなく苦悶の悲鳴が上がる。
オーガが反撃に移ろうとするが、その前に正樹は手を離しており、懐には槍だけを残して払った大剣が空を切る。
痛みに耐えかねたのか、オーガは大剣を地に刺すと怒りに任せた様に槍を乱雑に引き抜くと、持ち主に返すが如く投擲する。
「随分と痛そうな声を出すな。それに体調が悪そうだけど、どうした?息が上がってるぞ」
唸りを上げながら迫る槍をひょいっと躱すと、目の前でドシンとしそうな勢いで膝がつかれる。
大剣を杖にして息を乱すオーガを見て、正樹はやっと今までの仕込みが効いてきたかとほくそ笑むと、意味の無い煽りを入れる。
長かった。
この戦いが始まってから盛り続けた毒が、やっと効果を表し始めたのだから。
(正直、半日くらい経っても効き目なさそうだから諦めかけてたけど、めげずに使い続けるものだな)
諦めかけていた作戦が、通用していたことに安堵の息をこぼす。
このまま、毒が効果を表さなければジリ貧で撤退するしかなかったからだ。
爆破物にしても投擲用、弾用の武器も残りわずかで、オーガの耐久力をみるに倒し切るのは困難を極めただろう。
それは捨て身をしても同じ事だった。
だが、これならば絶望的であった近接戦に持ち込む事も可能になり、問題であった消耗品の消費を抑えられる。
広がりを見せた勝機に仄暗い喜びを感じ始めるが、慢心は禁物と身を引き締める。
この先に大胆さは要らない。
必要なのは淡々と攻撃をかわし、カウンターで削り切る機械性だけで。
必要の無いものを己のうちにしまう。
吊り上げていた大胆不敵な笑みは、ストンと抜け落ちるように消えると現れるは能面。
動体視力だけに集中すると、音が、色が、動きが。
全ての景色が正樹の中で色褪せる。
一歩踏み出すと、足が重いと錯覚する。
二歩踏み出すと、目の前の化け物と視線が合う。
三歩踏み出すと…
オーガは目を見開き、正樹はパーシィの剣を振り抜いた後だった。
一体何が!?
正樹が身を低くして、滑る様に近づいたとオーガが思った時には右腕が斬りつけられていた。
傷自体は血が吹き出しはしたが、大したものでは無い。
数分もすれば跡形もなく治る傷だ。
だが、間合いの外にいたはずの正樹が気がついたら目の前にいたのだ。
驚かないはずがない。
ここで初めて、オーガは飛び跳ねるように後退する。
まるで、羽虫に恐れる様に。
正樹も逃すまいと間合いを詰めようとするが、今尚肉体の性能はオーガが大きく勝る。
今までに、正樹が消えるということは分かってはいたが、怪物の勘が今までとは大きく違うと訴えかけた。
大きな困惑がオーガを襲うが、それよりも大きな疑問を覚える。
今、己は何をした?
逃げたのか?
己が?
「ブグゥォオオオオオ!!!」
体から溢れるは憤怒か。
爆破の様な衝撃が魔力の粒子と共にほど走る。
己が逃げたなどと、認めるかと言うように。
一方。
相対する相手である正樹は…
「…」
目の前の光景に、なんとも思う素振りも見せることはなく、眉一つ動くことはない。
片や激情に駆られる強者。
片や冷静に見つめる弱者。
正反対な両者の行動は、奇しくも同じ動きから始まった。
一歩踏み出すと同時に剣を高く掲げると、相手を切り裂かんと振り下ろす。
音を置き去りにする一刀。
遅れる爆音により、時間が動き出すと血を吹き出すのはオーガの方であった。
振り下ろされた大剣の上には、正樹の剣が抑える様に乗せられており、オーガの分厚い胸板が飛沫をあげたのだ。
やったことは単純。
剣道の打ち落とし技の応用で、オーガの大剣を逸らすと同時に打ち落としたのだ。
まるで、剣がすり抜けた様に。
そんな、魔法の様な剣技を前にしてもオーガにいっぺんの迷いも無かった。
有り余る力を使い、正樹に大剣をぶつける様に切り上げる。
それを、力に逆らうことなく正樹は剣を打ち上げられるように跳ねる。
剣は手から離れることは無く、逆に跳ね上げられた力を使い一回転。
オーガのガラ空きの胴に線が引かれた。
「ヴォォォォオオオ!!」
その雄叫びは、己を鼓舞するためのものか。
一声上げると、それを剣に乗せるが如く猛連撃を正樹に見舞う。
重症とも言える体とは思えない、爆撃の様な大剣捌き。
地を、壁を、空間を。
全てを叩き斬らんと振われる攻撃に正樹は、間を縫う様に避け続ける。
ある時は屈み。
ある時はわざと倒れ。
それでも避け切るのにはあまりにも密度の高い攻撃であった。
そのために、稀にどうしようも無い攻撃が来る。
正樹は少し無理やり体を捻るようにして大剣を避けるが、すぐ様に返す太刀が迫る。
躱すには少し余裕が無い。
ならば、体勢を崩しきって立て直すまでと、捻った体を戻すどころかその方向に体を倒し切る。
地面に倒れるのでは無いかと言うほどに斜めになると、斜めに切り上げられる大剣の側面にまたしても剣を添わせる。
これにより、直撃を逸らすも威力を殺しきれずに地面に体が打ち付けられてバウンドすることとなる。
くっ、と衝撃により苦悶と共に息が漏れ出る。
正樹の体は大きく揺れ、衝撃と共に痛みが走り抜ける。
普段で有れば、痛みに耐えきれずに思考が鈍ったであろう。
それでも、今はそんな痛みを感じる余裕すら無い。
コントロールが離れかけた体を蹴飛ばす様に指示を出すと、跳ね上げられた体を起こす。
少しでも気を抜いて、まともに攻撃を受ければ正樹に助かる術はないのだから。
それはオーガも分かっていることで、隙のできた正樹に大振りの攻撃が唸りを上げて迫る。
まずい。
それは死ぬぞ。
感情と勘が頭を叩く様に警告を飛ばすが、そんなことは言われなくとも見れば分かる。
逃げる様に言う感情を捻じ伏せ、逆に懐に踏み込むと少ない挙動で最速の突きを放つ。
大剣の弱点は、取り回しの悪さにあるだろう。
それは、大剣を木の枝の様に振るっているオーガとて例外では無い。
だからこそ、密着状態を保つ様に戦っていた。
そして、やはりと言うべきか。
大剣を大振りに振っていたオーガは、急に間合いを詰めてきた正樹に体が対応していても、大剣が邪魔をする。
無理やり当てに行こうとオーガは軌道をかえるが、それによりせっかくの威力が減衰する。
少し遅くなった大剣と、今なお加速する剣。
先に攻撃が当たるのは明白であった。
正樹の剣先は、オーガの手首を貫いた。
筋が切れた影響で手から力が抜けると、大剣は弾丸の様に壁面に飛ぶ。
一瞬の攻防にオーガは負けはしたが、これしきで引くことはない。
引くと言う理性が廃されているからだが、貫かれたと気がついた瞬間には、正樹に蹴りを放っていた。
不安定な体勢から放たれた蹴りは、正樹を捉えるかに見えたが、あらかじめ仕込んでいた魔法を起動させる。
足が当たる直前で、正樹が高く跳ね上がると蹴りは真下を通過した。
剣も跳ね上がると貫かれた腕も一緒に跳ねることとなり、掲げられた状態になる。
今までも、この方法であればオーガの攻撃を無傷で避けることが可能な時はあった。
しかし、空中では踏ん張りや移動に制限がかけられる。
その一撃だけを避けられるだけと言う欠陥があったのともう一つ、この動きを見せたくなかったと言うものだ。
そして、今がその時。
『サンダー・ディスチャージ』
それはまるで、オーガに下される死の宣告かの様に淡々と告げられた。
けたましいくパチパチと言う音が鳴ると共に、剣から雷が放たれる。
青く光電気は、まるで蛇の様にオーガに絡みつくとその身を駆け巡り、焼き焦がす。
今なお、深々と腕に突き刺さる雷の剣から逃れる術は無い。
剣から発せられるスパークが消える頃には、オーガの身体中からは煙が上がっており感電していた。
本来であれば、雷であれその強靭な肉体が弾くことが出来た。
しかし、剣を突き刺され直接流し込まれたと言うのもあるが、夥しく刺さる鉄の矢や武器の数々が電気を逃すことを許さなかった。
勝敗は決した。
そうなるはずだった。
朧げな意識の中。
オーガは、自分の敗北を受け入れることが出来なかった。
おかしい。
間違っている。
こんなはずじゃ。
最後の最後に、視界に入る黒い人間と目が合う。
こちらを見ているはずなのに、全く見ていない様な黒い瞳と。
なんだその目は?
己の事など眼中にないと言うのか?
そんなことが許されることか?
許されていい筈がない。
せめて、道連れに…
「アアアアアアウグゥウアア!!」
動くはずのない体。
残りの命を燃やす様に、身体中から魔力が漲る。
流石の正樹もこの展開は予測できておらず、まさかの展開に能面の様な無表情から驚きが漏れる。
不意に体が大きく引っ張られる。
「あがッ…グハッ!?」
未だに剣が突き刺さる腕を強引に振り下ろすと、そのまま正樹が地面に叩きつけられる。
奇跡的に体が反応すると、無意識で無属性防御魔法である『シールド』を張ることができたが、隕石に当たったかの様な錯覚を覚える。
込み上げるものを吐き出すと、ひりつく感覚とともに血が混じる。
地面の砕ける音に隠れて、ガラスの割れた様な音が鳴ったことから薄れゆく意識の中で『シールド』が割れたことを悟る。
間に合っていなければ、間違いなく即死であった。
(いき、てる?)
九死に一生を得たが、それでも次を耐えることは不可能だ。
急いで体を動かそうとするが、指先一つすら動く気配は無い。
体勢を立て直すこともできずに揉みくちゃに成りながらも跳ねると、壁にぶつかることにより止まることが出来た。
(立て!)
逃げなければ。
完全に我を忘れた様に突進してくるオーガは、比喩ではなく本当の意味で知性なき化け物となっていた。
その威圧たるや、間違いなく一番であろう威風を放ち、正樹の息の根を止めんと迫る。
動け!
いくら体に命令しようとも、まるで自分のものでは無いかの様に動きはしない。
いや、動くには動いている。
体をが震えていたのだ。
それが分かった途端、緊張が抜け落ちる様に消えると悟る。
(あぁ、死ぬのか。すまん、パーシィ。お前を犬死させることになる)
震える体に、頬を伝う涙。
これは恐怖から来るものなのか、はては悔しさや後悔から来るものなのか。
色々な感情がごっちゃ混ぜになっている今、正樹にそれを判別することはできない。
分かっていることがあるとすれば、ただ一つ。
(こんなとこで、死にたくねぇなぁ…)
あぁ、怖い。
恐怖から目を逸らす様に正樹は目を瞑る。
痛く無いことを願うと、それは別の形となって叶うこととなる。
轟、と燃え盛る様な音と共に正樹を襲うは肌を焼く様な熱さ。
いきなりなことに、目を開けてみると目の前には灼熱の赤い熱線と。
それに焼き貫かれ、上下に分かれるオーガがいた。




