1章 36話 怨敵の命を求めて
「だから、俺はその先のダンジョンに用があるんだよ!!」
「貴様、それ以上騒ぐようなら捕らえるぞ!」
ダンジョン前の砦で慌ただしく動き回る騎士達。
その一角である入り口の前で赤髪の青年オストは、出入り口の門番をしている騎士に怒鳴り声をあげる。
しかし、騎士はその剣幕に怯むことはなく、むしろ敵意を見せてこれが最後の忠告だと言わんばかりに語彙を強める。
(クソッ!こんなところで時間を食うわけにはいかないんだ!)
ダンジョンで遭難した正樹を助けるために、最低限の休みだけでこの場所まで駆けてきた。
が、オストはここに来て問題があるとは思わずに盛大な悪態をつく。
流行る気持ちに任せて、強行突破をしたいところではあるが騎士一人なら兎も角、複数人を相手取るのは不可能だ。
ここで無意味な時間を過ごすのも問題だが、捉えられて身動きが取れなくなるのは論外だ。
オストは渋々と言った態度でその場を離れると、近くにある丁度いい石に腰をかける。
アー!!と叫びだすと、頭をくしゃくしゃと引っ掻き回し、怒りを吐き出すように動く。
そうすることにより、少し冷静さが戻るとどうするかと悩む。
このまま指を加え続けるのは無しとして、他の案を考える。
長蛇の巣穴は広大なダンジョンだ。
こういうダンジョンには、他にも隠れた入り口が存在している場合が多い。
問題があるのすれば、オストはこの辺りに詳しくない。
一からしらみつぶしになることから、とてもではないが現実的ではない。
他にも考えが浮かんでは沈んでを繰り返す。
そんな時。
「あー、やっぱりここに居た」
ふと、聞き覚えのある声が正面からすると思いオストは顰めっ面で顔を上げる。
「うぉぉ!?」
すると、鼻スレスレの所まで近づいていたシナに驚くと、どさりと言う音を立てて大きく後ろに転ぶ。
頭から落ちたせいでズキリとした痛みが走るが、そんなことを忘れるような驚きがあったためにすぐにガバリと立ち上がると、大きく目を見開く。
「いくらなんでも驚きすぎじゃない?」
「気配を消されて目の前に立たれれば誰だって驚くわ!」
不意に現れたシナは、怒気を露わにするオストに「まぁまぁ」と落ち着くように促すように身振りをする。
その割には、悪戯に成功した喜びのようなものが混ざっているように見える。
その笑みも相まって、とてもではないが宥めようとしているようには思えない。
当の本人は、オストの怒りを前にしても何の園。
付き合い自体もそれなりに長くなり、理解も深まっているオストは、これ以上噛み付いても時間の無駄だと割り切り方の力を抜く。
それよりも優先することが今はあるから。
「何でここにいるんだ?てっきり、聖都にかかりっきりになるから俺を行かせたと思ったんだが」
「いや?オストくんが話を聞きそうに無かったから先に行かせただけだよ?」
「は?」
「そもそも、緊急時じゃなくても国境を越えられるダンジョンに無許可じゃ入れないよ?」
「あ…」
これには、オストも呆けた顔になるのも仕方がない。
確かに、言われてみれば当たり前のことだ。
放置すれば国をフリーパスで行き来出来るような場所が、兵士に守られていないなどと言うことがあるだろうか?
これが未発見であれば、問題ないであろうが目の前のダンジョンはそんな要素は無い。
それは、古ぼけた苔などの存在感を放つ砦からも窺え、建設されてからの時間が分かる。
オストはそのことに思い至ると、膝から崩れ落ちる。
いくら焦りから視野が狭まっているとは言え、こんな凡ミスを犯してしまうとはと。
余りの恥ずかしさに、ドスッと地面に頭突きを一撃。
「おい、それじゃあどうやってマサキを助けに行くんだよ」
「それなら大丈夫だよ」
その後切り替えを行なったオストは、改善されない状況に焦りを覚えて勢いよく顔を上げてシナをに向く。
それを、いつもの調子で「ついてきなよ」と短い言うと理由を聞こうとするオストを置いて砦に向かう。
完全に呆気に取られるが、言葉が足りないのもいつものことだと思い、すぐに立ち上がり後を追う。
砦の前に着くと、オストと目が合った門番の騎士は顔を顰める。
相手としては、また悪質なクレーマーが来たと思っているであろうが、今はそんなことを気にしている余裕はない。
シナにしても、煙たがられていることは分かっているだろうが気にすることなく、スタスタと門番の前にたどり着く。
案の定、これから先は通さないと二人の門番は手荷物槍で通せんぼをする。
「何者だ?ここから先、一般人は立ち入り禁止だ」
「分かってるよ。だから、通行証を持ってきたよ」
「残念だが、今ダンジョンは異常事態につき通行証があろうと通すことはできない。日を改めろ」
「まぁ、見るだけ見てよ」
「これは!?」
鬱陶しそうな騎士は、マニュアル通りの対応をする。
そんなことは分かっていると、シナは懐から紙を一枚取り出すと門番に見せつける。
見せつけられのはただの通行証と思い、おざなりに追い返そうとするがそれに待ったがかけられる。
そこで、それが丁寧に梱包された書類だと言うことが分かると同時に門番は、便箋を見て二度驚く。
それは、上位司教と言う教会上層部の者のみに許された便箋なのだから。
これを見た途端「失礼しました!」と不審者と見做していた二人に敬礼をする。
「気にしなくていいよ。あと、必要ならこれもあるんだけど」
「す、少しお待ちください!」
そう言って取り出したもう一つの書類は、オルランテ国が発行している正式な通行証だ。
最初の一つだけでも、十分なのだがとどめの一撃の如く追い討ちをかける。
個人の判断は難しいと、門番は即座に判断すると声を上擦らせながら上司がいるであろう場所に駆ける。
それを見ていたオストは、先程までの悪印象は空の彼方。
同情のようなものを抱いた後に、そこまでやるかとドン引きの目線をシナに送る。
「あれ、なんだ?」
「んー、テラクセスとオルランテの上層部から貰った通行証」
「通行証って上層部が発行するものか?」
「普通しない思うよ?」
それって本当に中身通行証なの?
そんな疑問がオストの中から湧き出る。
それに、貰ったと言ったがシナのことを考えると強請ったと言うのが正解な気がしてならない。
と言うのも、強請られた被害者がオストが知っているだけでもそれなりにいるからだ。
シナは見た目によらず、思考がかなり蛮族チックなのだ。
正樹ならジャイアニズムと言ったであろう。
そんな疑問もあって、独り言のように疑問を漏らすと、本人はケラケラと軽く笑いながら答える。
これ以上、この話をしても碌なことは無いなと思い顔を顰める。
この世界には知らない方がいいことは沢山あるのだ。
それよりも、気になる疑問が少しあるので話題転換も兼ねて別の話をする。
「それにしても、お前にしては来るの遅かったな」
これは、オストの中では地味に気になることだ。
先程の口振りから、最初から一緒に来ると言っていたがシナと合流したのはついさっき。
他の人が聞けば、先に出発していたオストにシナが少し遅れて現地合流するのは不思議なことでは無いのだが、それは二人が大体同じ速度の場合だ。
しかし、オストはシナの身体能力の高さを知っている。
速さだけの話でもその差は数十倍、下手をすれば数百倍以上だろう。
そんな、人と新幹線ほどの違いがあればオストに追いつくどころか、追い越すことすら可能であったろう。
にも関わらずそんなことはなく、ここで合流したのが不思議だったからこその疑問だ。
「そうだね。ちょっとあの書類作ってもらうのに時間かかってね。これでもついさっき受け取って急いできたんだよ?」
「そうか。さっきね…さっき?具体的にいつだ?」
「?二十分前くらい」
「本当にさっきだな…」
想像の上すぎる答えにどんだけ早いんだよ、との呆れのような思いが溢れる。
オストがここに来るまでに約二日かかった。
少しの休憩と野宿を除いて走り続けての二日だ。
本来、聖都からこの砦までの移動にかかる時間は数週間、早馬を走らせたところで数日はかかる距離だ。
このことから、オストは決して遅いわけでは無く、むしろ早すぎることが分かるのだがシナはその上を行っていた。
シナは書類が出来たのが二十分前と言っており、オストと合流してから十分ほどがたっている。
つまり、聖都から砦の数週間はかかる距離を十分で駆けてきた計算になる。
そこまで馬鹿げた能力があるのだから、呆れるなと言う方が無理な話だ。
「どうしたの?」
「いや、お前が言ったように俺以上の化け物だなって思っただけだ」
「これは年季の差だよ。キミもボクと同じくらいの歳になれば出来るよ」
「それはねぇな」
オストにしみじみと言われたことに、一瞬キョトンとするとシナはカラカラと笑う。
そして、珍しく老人のような物言いをするシナの言葉を食い気味に否定するのであった。
●
(いたな。にしても、見事なボッチ加減)
そこにいるは巨大が一つ。
人型の化け物が周囲に殺気を放ち続けているために生き物の気配は無い。
そのために、一種の領域とも呼べる物が出来上がっているのだが、遠目に様子を見る正樹は心の中で嘲る。
化け物こと、オーガが生きている可能性が出てきてから数日。
正樹はそれを確かめるべく洞窟内を調べ回っていた訳なのだが、目的であるオーガは意外なことにすぐに見つかった。
と言っても、あれだけの存在感と殺気を振り撒かれては見つからない方が難しいのだが。
気を取り直してオーガを注意深く観察することにする。
まず、体に関してだが片腕こそないがその他は傷口が塞がっていた。
腹に空いていた穴も塞がっているところからも、その脅威的な治癒力には呆れの方が強くなる。
そもそも、正樹がオーガを落とした穴は生き物が落ちて生存できる深さでは無かった筈だ。
しかし、実際には奈落とも呼べる深さを落ちたとは思えないほどピンピンとしている。
(何がどうなったら紐無しバンジーで生きてるんだ?寧ろ、会った時より元気だろ)
それは見るからに明らかで、どう見ても正樹にブチギレていることが窺える。
逆に、これで関係がないのならその方が驚きだ。
そんな感想を抱きながら観察を続けると、少し違和感があった。
それはオーガと本体と言うよりもその周り、食い散らかされた生き物の死骸を見てからのことだ。
食べ残しは遠目からなので判別がつきにくいが、乾燥具合を見るにあまりにも時間が経ち過ぎているのだ。
これは、狩をして生きているオーガにしては不可解な行動だ。
基本的にオーガは、人間で言うところの遊牧民に近い生活をしている。
テリトリーを一回決めると、そこに簡易的な住居を作って狩をして生活を行い、獲物が少なくなるとまたテリトリーを探すという習性をしている。
それに当て嵌めると、ここがあのオーガのテリトリーと言うことになるのだが、では住居なのかと聞かれると怪しいと答えざるを得ない。
確かに、此処があれの巣穴と言う可能性が無くは無いのだが、それにしては此処は不衛生すぎる。
オーガはしっかりとした知性を持つ魔物で、賢い種類だと村を作り文化を形成するまでに至ることもある。
それほどの賢さを持っていて、糞尿や腐りそうな食べ残しをそこら辺に放って置くのだろうか。
それに、糞尿を見るにそれほど時間の経っているものは見受けられない。
つまり、この場所に居着いてからそれほど時間が立っていないと言うことだ。
恐らく、長くて数日。
それは正樹がオーガを落とした頃と繋がる。
これらを総合することによって建てられる予測は…
(足をやったか?)
もしかしたら、ただ家で寛いでいる状態で、あのオーガが汚部屋の住人の可能性は無くはない。
だが、これは限り無く低いと見積もっていいだろう。
まず、このもしかしたらが本来なら気にすべき予想ではないから。
これは単に正樹が臆病すぎると言うだけだ。
それよりも、明確な証拠の一つ。
あれだけ気が立っているのに、あの場から一歩たりとも動く気配が無いからだ。
オーガは魔物ではあるが、その習性や感性は獣より人に近いと言えるだろう。
それは、少し相対した正樹にはよく分かる。
あの化け物は己の力に絶対の自信をもっており、感情的な行動が目についた。
傲慢かつ短気。
果たして、この性格の人間はその場に何もせずにとどまることがあるであろうか。
断言こそ出来ないが、それでも限り無く否と答えられるだろう。
これらのことからオーガの状態は、精神的に不安定であり、身体も左腕が中程で消失かつ足に傷害ありと言った有様だ。
それでも、これらはたかが数分の観察結果だ。
もしかしたら、見落としがあるかも知れないために、このまま観察を続けること数時間。
(奈落落としが無駄にならなくて重畳だな)
結局、オーガがあの場から動いたのは貯蓄してあった食料を取り出した時と、排便の二回のみ。
それに、動きには違和感があり、明らかに体幹が悪かった。
オーガの足に異常があることは確定的だ。
その事が分かると、正樹は心の中で少し安堵する。
それは、あの化け物が弱っていると知れて嬉しかったのか。
それとも、パーシィの死が無駄ではなかった事に後悔が薄れたのか。
(どっちでもいい。俺のやることは変わらない)
これで対面する準備は整った。
あとは、あの下拵えされた化け物を調理するだけだ。
無音とも呼べる深呼吸を深くすることにより、己の中にある不純物を吐き出す。
精神統一を終えてからの正樹の行動は早かった。
腕輪に魔力を通し、起動するとその手に現れるは青紫に光る魔弓。
同時に神経を尖らせていたオーガは、その微かな異変に気がつく。
そして、その先に居るのが憎悪してやまない怨敵だと言うことに気がつくと。
ズドン!
足を負傷しているとは思えない速度で、口から轟音を撒き散らしながら爆進する。
今度こそ、剣の錆にしてくれるわという固い闘志を露にして。
(やっぱ気づくか)
予想はしていたが、反応速度の異常さに少し意外に思うがそれだけだ。
間違いなく万全の状態よりも速くは無く、距離も数百メートルは離れていたのだ。
正樹は慌てることなく、ダラリと下に向けた弓に剣を番える。
次に、一瞬でオーガに的を絞ると同時に射撃。
空間を割く、音速に迫る剣。
そんな、人間であれば認識不可能なような飛行物体なのだが、オーガはそれをみえているかの様に対応する。
その手に持つ、大質量の大剣による一撃は剣を見事に捉える。
高速で当たった金属の音が洞窟を襲うが、両者がその事に気を取られることは無い。
彼我の差、数百メートルを数秒で食い尽くしたオーガは明確な殺意を持って大剣を振り下ろされる。
正樹には、その動きを視認してから躱す程の身体能力は無い。
だが、それで問題はない。
腰に下げられた一本のダガーに触れた瞬間、視界が切り替わり、目の前には化け物の首斬りが。
ズドン!
まるで、地震を任意で起こした様な衝撃が駆け巡る。
「グォォォォォオオオ!!」
その雄叫びは勝鬨か。
否である。
それは痛みに対する怒りだ。
不意の痛みに苦しむ理由は、腿裏に深々と刺さる刃が一つ。
オーガは、すぐにその犯人を見つけるとより一段と強めた殺気を殴りつける。
「そうこなくっちゃな。さぁ、お前の命、諦めてもらうぞ?」
正樹は今一度、気を引き締めるようにオーガに吐き捨てると、三度構えた弓の弦を離すのだった。




