4章 163話 紅炎の剣は…
不格好に炎を束ねたそれは、剣と言うよりも棒と呼ぶ方が近いだろう。
しかし、今は思い描いた物では無いこと悔やむ暇も無く、無我夢中で矢のような速度で繰り出される槍に集中する。
捉えることに成功し、後は弾くだけだ。
(当たれ!!)
神頼みとはなんとも情けない話だと普段なら思い。
それでも、この時ばかりは縋れる物はなんでも縋る。
目にも留まらぬ速さだった槍がこの瞬間だけはやけに遅く感じる。
(すり抜けるな、すり抜けるな!)
強く念じ、炎剣と槍が交わる時がようやくやってきた。
実態がないようで確かな硬質とした感触が手に伝わる。
赫々と燃え盛る炎剣が必殺の槍を逸らし、オストはそこからさらに踏み込んで懐に潜りこむと、拳を腹に叩き込む。
力強く振り抜けば、ニンブスは体を折り曲げて後退する。
「がはッ…」
涎が口の端を伝う。
ようやく回ってきた自分の流れを手放してなるものかとオストは追撃に出る。
それを高速で振り回された槍が防ぐ。
風魔法を纏った槍は無差別に周囲を切り刻む。
(これ防げるか?いや、槍が行けたんだ。最悪受けても…)
一抹の不安を抱きながらも炎剣を盾にする。
まともに使えたこともないのだからこれの耐久も勿論知らないオストからすれば、形状も相まって頼りなさを覚える。
しかし、槍を逸らした実績と『イグニッション』の治癒力があると考え直せば、良い実験の機会だと歯を食い縛る。
痛みを予期して構えれば、それは杞憂だと言わんばかりに燃え盛る炎は風刃を焼き切ってしまう。
「なんと不恰好な魔法だ。そんなもので私の攻撃を防ぐなど無礼な!」
「殺し合いに無礼もクソもあるか、このイカれ信者が!!」
攻撃を防がれた事に苛立たしげに喚くニンブスに、オストも吠え返しながら『フラーマ・フォーゼ』で作った炎剣を振りかぶる。
槍が唸りを上げながら空間を割く。
炎剣の刀身から火花が舞い散る。
一撃必殺の攻撃に武器を無くしてからはなす術も無く穴を増やすだけであったが、不恰好であっても武器を手にしたからには再びギリギリでの対応が可能となった。
(一先ず賭けには勝ちはしたが、結局のとこ振り出しに戻っただけだ)
状況が好転したと言っても振り出しに戻っただけの状況に、オストは顔に出さず顰める。
仮に勝ちを拾いに行こうとすれば、隠し玉が最低でも二つ三つは欲しいところだ。
後手後手で手札を切り続けてるオストにそんな都合の良い物がある訳もなく、今から制作しなければならない事実が傷とは別の理由で頭痛を引き起こす。
(取り敢えず、『フラーマル・フォーゼ』で作った炎が操られる事がなさそうなのは救いだな。となると、アイツの詠唱が物や魔法を操るのには制限があるのか…)
槍や魔法に剣と身体を削られながらも、思考は冷静に勝利を掴み取るために推測を続ける。
そして、奇しくもそれは当たっていた。
ニンブスが覇神クロフォードから授かったと信じてやまないスキル『貴種の権威』。
魔力を声に乗せれば一定以下のありとあらゆる物に命令を下すことができるスキルだ。
『魔言』と言う魔力に命令を下す魔法の基本技術とは違い、己の内に宿す属性以外にも命令することができるほか、魔力以外も対象にすることが出来る。
それこそ物から始まり動植物に果ては人まで。
先程から戦闘で発している魔力を乗せた声、オストは勘違いしているが、あれは詠唱では無くスキルによる命令だ。
普通の魔法とは違いを挙げるなら、その場にある物であればニンブスの宿す属性である火、風、土以外の物を魔法のように扱うことが出来る上に、燃費は比べるまでもなく低いことが挙げられる。
さらに、他人が生み出した魔法にもこの効果は適応される。
相応に要求される魔力は高くなるが、オストの炎を割ったように操作することが出来る様になる訳だ。
つまり裏を返せば、要求される魔力を持っていないと操る事は出来ない。
(魔力の密度が高い物は操ることができない?。出来るからとっくに『フラーマ・フォーゼ』で作った剣をどうにかするはずだ)
オストは立てた仮説を確信に至る。
『フラーマ・フォーゼ』は炎を望む形に変形させ、物質化させる魔法。
要するに『ファイア』をただただ固めただけの代物とも言える。
それなのに全く操られる様子が無いところを考慮するに、無理なのは簡単に予想が付く。
「『ファイア』!」
「『炎よ、除け』!何度試したところで無駄な足掻きだ」
仮説を検証するために炎を撒き散らしてみれば、ニンブスは小馬鹿にしながら『ファイア』を無力化する。
(やっぱりだ。『ファイア』は操られるのに『フラーマル・フォーゼ』は無力化されない!)
確信を抱いたオストはやっと光明の光を掴み取る。
勝ちへの道筋が見えた事で歓喜を抱くが、同時に気も緩んだせいで隙が出来てしまった場所を多めにえぐられる
すかさず槍が飛んで来て即座に緊張の尾を締めなおす。
掴んだ勝ち筋をどう活かすべきか。
ニンブスに時間について煽りこそしても、決してそれはオストの味方でも無いので悠長にはしていられない。
敵地であるので増援はオストの仲間では無い可能性は充分高く、なによりもゴリゴリの身体を削られているせいで『イグニッション』の効果時間が近い。
(捨て身の戦法はもう慣れられてるせいで通じねぇ。魔法も『ファイア』と『フラーマル・フォーゼ』以外は無い。奥の手こそあっても、ニンブスを倒し切れるきはしねぇし、このままだと本当にマズイぞ…)
熱を感じない身体からジットリと嫌な汗が吹き出す。
勝ち筋が僅かに見えると同時に、負け筋が刻一刻とはっきり色を帯びてもいる。
「『土塊よ、愚か者を縫い止めろ』!」
「くっ…!何でそんな雑な魔言で協力な魔法が使えるんだ!?」
「ハッ、馬鹿に道理を教えるのは時間の無駄だ」
土が無数の槍になって脚を貫く。
並の魔法であれば弾き返すくらいには身体強化が施されてるオストの脚をだ。
少しでも情報を集めるために思わずといった様子で悪態をつくも、ニンブスは取り合わずに槍を突き出す。
炎剣で打ち払おうとするオストだったが、多少軌道を変えただけで腹を抉り、さらにニンブスの弾丸のごとき蹴りが身体を打ち飛ばした。
あらゆる物を口から撒き散らす不快感を堪え、がむしゃらになって地に足をつける。
大きく体勢を崩せば次の瞬間には勝負が決まってしまうのが見えているからだ。
案の定、吹き飛ぶオストに追撃を仕掛けようとしているニンブスが視界に収まる。
「『空よ、切り刻め』!」
「ゴハッ…オ、ラァ…!」
オストは体を切り刻まれながらも炎剣を投げ飛ばす。
苦し紛れの投擲をニンブスは歯牙にも欠けずに打ち払い、丸腰のボロ切れを切れ端にするべく槍を閃かせる。
「『フラーマル・フォーゼ』ェ!!」
間に合え!間に合え!
思いを燃料に轟々と焚ける。
二度目の『フラーマル・フォーゼ』は願いを叶えるが如く、一回目を上回る構築速度で不恰好な炎剣が手中に現れる。
そんな、賭けに勝った余韻に浸る間も無く構えた剣は、寸での所で槍と交わった。
「いい加減、悪足掻きを辞めたらどうだ?貴様が負けるのもそう遠く無いのは明らかじゃないか」
「勝負ってのは、最後までわからない、モンだろうが…!それに、こう言う時は、ジャイアントキリングが起きるのが、相場だろ!」
「戯言を!ついに虚構に縋らなくては気力を保てなくなったか。哀れが過ぎて笑いも出ぬわ!」
いつまでも足掻きをやめないオストへ、ニンブスは現実を交えた口撃を仕掛ける。
しかし、オストは軽口を返しながら鼻で笑う。
分かり切っていた答えでも、思うようにいかない現状に苛立たしげに声を荒げるニンブスは、現実を思い知らせてやると意気込み、今の間で練り上げた魔力を放出する。
「『地よ、拘束しろ』!『空よ、切り刻め』!『礫よ、貫け』!」
地が蛇となってオストの脚に絡み付き、空気の刃がまともに回避できない身体を切り刻み、止めに瓦礫の針が四方から突き刺さる。
吹き出す鮮血は、身体に無事な場所など無いと言わんばかりに辺りを赤く濡らす。
決着はついた。
そう確信しつつもニンブスは、念には念を入れて力の弱まった炎剣を押し退けて槍を大きく薙ぐ。
全身を焦がそうとも再生する規格外の肉体だ。
数日生かせれば良いくらいの気持ちで、身体を上下に切り分けるくらいが丁度良いと思っての判断。
「終いだ」
その思考をオストは正確に読み取り、最後の博打に打って出る。
「『エクス』…」
「!?」
槍先が胴体を分つ中、霞む声で紡がれる歌がニンブスの心をかき乱す。
トドメを刺したばかりでありながら、どうしょうもない焦燥感が掻き立てられる。
「『水よ…』!」
「『ヴァン』ッ…!!」
僅かな油断とも言えない気の緩みが、オストにこの魔法を唱える猶予を与えた。
いや、もぎ取ったのだ。
煌々と光る炎がニンブスの視界で強く主張する。
主人を守る役目を果たせなかった炎剣は、無念を晴らすが如く一瞬で強く光ったかと思えば、瞬きをする間も無く膨張。
炎剣の最期、それは轟音すら置き去りにする爆破の化身となって通路を駆け抜ける。
熱の逃げ場などないそこは、まさに地獄の様相。
おおよそ生き物が生存など望めない環境が一瞬にして形成されたのだが、獣の如き怒声が響き渡る。
「『退けェエ』!!あんの畜生がァア!!」
不自然に割れる地獄の炎。
所々に焼け爛れた肌が痛々しく散見されこそするが、人外に足を踏み入れた超越者はまるで当たり前かの様に己が生存を主張させる。
とは言え、仮に無防備な状態で受けていれば、超越級の実力者であっても戦闘不能は免れなかった。
オストの不審な行動を認識すると同時に、それが火属性による攻撃しかないと判断し、『貴種の権威』を使い水の膜を形成。
さらに身体強化を全て防御に割り振った。
全ての練度が超高水準であるからこそ出来た神技は、一重にニンブスがただ才能とスキルだけに頼った人物では無い事の証明だ。
「どう転ぼうが変わらぬ運命。大人しくしていれば良い物をォ、忌々しくも自爆などと低俗な手段に出おってッ!!」
重症の危機から解放された瞬間、周囲の炎にも負けぬ熱さの怒りがニンブスを支配する。
怒りっぽい性格でこそあっても、ここまでの発露は近年では覚えは無い。
格下に一矢報いられた屈辱感と標的の確保の失敗、また上司がこのことを知る事が確定してる心理的恐怖が、獣の如き咆哮をあげさせた。
その様を観察する影が一つ。
「『コンパスチョン』『ハイ・イグニッション』」
ぽつりと呟かれる短縮詠唱によるトリガー・ワード。
『コンパスチョン』により魔力の濁流が注ぎ込まれると、『イグニッション』の光が移り変わる。
紅炎へと色を深めた炎を身に帯びたオストが駆ける。
業火を隠れ蓑にして一息に。
隠密技能の無い素人に毛が生えた程度だと思えば、最上とも言える奇襲。
「そこか、畜生!!」
しかし、ニンブスの首はグリんっと蛇の様に獲物を捕らえて離さない。
「チッ…!『フラーマ・フォーゼ』」
「今度こそ貴様の息の根を…ッ!?」
相手の実力を思えばそう易々とは行かないと理解していても、思わず舌打ちをつきなくなる。
そんなオストの比ではない悪態を吐くニンブスであったが剣と槍を交えた瞬間、予想外の威力に言葉を不意に切らざるをえなかった。
「言ったろ、勝負はここからだってな!」
「畜生如きがァ!」
初めて勢いよく振り抜かれるオストの剣。
力負けしたニンブスは捨て台詞を残して勢い良く壁へと激突した。
そこでようやくオストは自身が握っている獲物を気にする
赫々と一本の剣が。
そう、炎を束ねただけの棒では無く、れっきとした剣がその手に収まっていた。
自分が作り出した物を思わず信じられない気持ちでいたが、切り替えをしてニンブスへ視線を戻す。
ガラガラと除けられる瓦礫。
這い出た男は幽鬼と見紛う脱力具合だ。
(防がれたと思ったけど、致命所だったか?)
勝敗について考えてしまうが、すぐにそうでは無いと分かった。
「これほどコケにされたのは生まれて初めての経験だ。手負の獣に噛み付かれるなど無能の所業だと考えていたが、まさか私がそうなろうとは。屈辱以外の何者でも無いが、考えを改めなければ…な」
言い終えるとニンブスは槍を回し持ち手を調整し、槍先を低い位置に構える。
途端、周囲の魔力がざわつくような変化を見せた。
「『愚かなるは僕なり。礎となる事こそ誉と知るがいい。貴種の権威の前に平伏せ、万物を従わせるは我が特権』
傲慢に尽きる詩が紡がれる。
予感を覚える間も無く、魔法の妨害に動くオスト。
地を踏み砕くような踏み込みから生み出された速度は、音を置き去りにするほど。
段違いの攻撃速度に慣れていないニンブスに対応は困難にも思われたが、彼もまた最高速度の体捌きを持ってオストの一撃を捌いて見せる。
「『ロイ・プライーゼ』!!」
ニンブスの持つ固有魔法が発動される。
その瞬間、オストは自身以外の全てが敵に回ったと錯覚した。
いや、文字通り自身以外の全てが敵に回った瞬間だった。
「ぐは、何も言って無いぞ!?」
オストから線状の鮮血が吹き出す。
ニンブスは何もしていない。
予備動作無しに空気の刃がオストの体を切り刻んだのだ。
それだけでは無い。
(今度は岩!?)
炎の壁の外から姿を現したのは人を潰して余りある大きさの岩だ。
オストが紅剣を振り抜いて切断すると、その後ろに身を隠していたニンブスの突きが胸元を貫く。
足を止めれば地が絡み付き、石弾が背中を撃ち抜いた。
(無詠唱にしても速すぎるぞ…!?もしかして、あの魔法は詠唱みたいなのが必要無くなるものなのか?)
怒涛の魔法攻撃の連続さにオストは即座にカラクリを推察するが、既に発動済みとなってる現状では余り意味のある思考ではなかった。
大層な詠唱をしている以前に、最初から使っていなかったのだから弱点はあるのだろう。
ありきたりな所を上げるなら燃費の悪さや継続だろうが、どちらも今のオストにはとても突ける弱点では無い。
おそらくにはなるがそれ以上に『ハイ・イグニッション』の持続時間が短いだろうから。
「ぐぁァァァァア!」
いくらスキルで修復できると言っても限界を遠に越しているオスト。
その上で操作もままならない大技を併用しているのだから、とても無視できるようなダメージではなかった。
勝敗が付いてもおかしく無い猛攻は、意識を彼方へ飛ばすには充分の威力を秘めていた。
しかし、彼は倒れない。
痛みを糧に、気力を燃やし、力を解放する。
紅剣が眩い光を放つ。
「畜生風情がまだ抗うかァア!!」
「ウォォォォォオ!!!」
その気迫はニンブスに後退を選択させる。
こうすれば脚を拘束されてるオストの攻撃は届かないと。
バキバキ…
頼みの綱は儚くも真紅の炎に焼かれ砕ける。
避けられない事を悟ったニンブスは槍を構え、斧が磨き続けた槍による必殺の一撃を瞬時に放つ。
「『ロイ・アーズ』ッ!!」
「焼き切れェエ!!!」
火が、水が、風が、土が、光が、闇が。
周囲のあらゆる物が付き従う様に槍を覆う。
代物は違えど賢者と呼ばれる魔法使いの最高峰でなければ辿り着けない、全属性魔法という一種の絶技がこの場で成された。
が、しかし…
「は?」
一色。
たった赤一色の剣に秘奥の絶技は焼き切られた。
この時のオストは理解していなかったが、この土壇場で彼は三つ目とも言える固有魔法の行使を行っていたのだ。
無意識のうちに使っているだけあって、完成系からすれば拙いにも程があったが、それでもニンブスの槍を焼き切る事は造作もない。
「終わりだ『エクス・ヴァン』!!」
呆然とするニンブスの瞳を紅々とする鮮烈な光が覆い尽くした。
書き直したらなんか1話分伸びたんだが何故?
最後まで読んでいただきありがとうございます。
面白いとおもったらブクマと評価のほどをよろしくお願いします。
モチベーションの維持になりますので何卒。
同時に連載中の『実は元蛮族の皇子さま』の方もよろしければ読んで頂ければ幸いです。




