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スターダストクロノス―星に願いを、時に祈りを―  作者: 桐森 義咲
第1章 異世界への旅立ち、ナインズティアへ
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時刻47 秘密の開示

 雨脚が強い、屋敷の中では気づかなかったがそれなりの雨が降っている。傘無しで出歩くには無謀で、びしょ濡れは免れないほどだ。それとプラスして現在は暗闇が這い寄り、視界の悪さも際立っている。なんだか分からない札をシグレから持たされたのはいいが、この雨では秀逸な札の絵も台無しになってしまう。

 そんなどしゃ降りで劣悪な環境の中、ジョシュアはどこへ行こうというのだろう。

 ――こんな雨の中、ガンズさんとジョンさんはこの町を出発したのか。

 空を見上げながら、ふとそんなことをトキヤは思う。いや、今はそれよりも、せめて札が濡れにくいように。

 服の中へ札を押し込めようとしていたトキヤの背中を、ジョシュアはグッと押し出した。


「うわっ! な、何を! ……あれ?」


 玄関先の屋根から飛び出してしまったトキヤはその不思議な感覚に驚きを隠せなかった。

 体が濡れない。雨がこんなに降っているのにもかかわらず、髪も肌も、服でさえ濡れたりはしない。


「言わなくとも、外に出てみれば気づくだろうと思ってな」

「もう兄様の意地悪……」


 目を丸くするトキヤは、どういうことかすぐに気がついた。

 シグレからもらったあの札だ。それが不思議な力を生み出している。

 原理はどうなっているのかトキヤには分からないが、観察してみれば面白いことに雨は自分の体に触れる直前で弾かれ、水滴がするりと落ちていく。

 まるで体を見えないバリアが覆っているかのように。


「護符、という物の一種らしい。魔力を使っている以上、魔法の類いであるのは間違いないが、シグレが知っているだけで私やシスティアには使えん代物だ。所持しているだけでしばらくの間、多少の水は物ともしなくなる」

「すっげぇ……やっぱとんでもない世界だな、ナインズティアって」


 本当になんでもありだ、そう思ってしまうくらいにすごい。けれど、なんでもできるわけじゃない、そうトキヤは自分に言い聞かせるよう左右に首を振る。

 歩きながら話すか。そのジョシュアの言葉の後、システィアとトキヤは彼に続き、屋敷の門を潜った。

 石畳の坂を歩くジョシュアの足取りはさほど速くはない。何を話そうか、どこから話そうか、そんな迷いを含めた足取りがトキヤとシスティアにも見て取れた。

 しばらくして、ジョシュアの口から飛び出したのはあの魔導士(ソーサラー)のことだった。

 黒の姫君。森で会ったあの女は一体何なのか。そもそも黒の姫君とは違うのか、疑問は時間が経った今でも湧き出てくる。


「一体、何者なんですか」

「五色という数の魔法を反属性のデメリットなしで使いこなし、村々を襲った魔導士(ソーサラー)。文字通り天才であり、最悪の殺人鬼だ」

「殺人鬼……」


 確かに、その通りだろう。森で会った黒いローブの女はヘッドレス・クロウを(けしか)け、フリッツの命を奪った。奪った命が一人だけだったとしても、トキヤはそう思える。

 あの笑い、あの狂気、あんな常軌を逸したような人間が普通であるはずがない。

 ナインズティアの過去を知らないトキヤだったが、システィアが両肩を抱いて身震いするのを見るだけで、どれだけ凶悪な人間だったかは予想がついた。


「だが、その殺人鬼も五年前に、私とシスティアの父であるベルナルド・フローレンスによって処刑台に送られた。そして確かに死んだ」

「でも、黒の姫君は生きていた? トキヤ君が出会ったっていう黒いローブの……」

「……まだ分からん、何しろ黒の姫君について調べようにも世間では死んだ人間だ。それもタブー視されている奴に積極的に関わりたいなんていう物好きはいなくてな。シグレが手を貸してくれてはいたが、それでも情報が見つかることはなかった。生きていたとするならば慎ましく、巧妙に隠れていたというのが正しいだろう」


 しかし、妙なのは森で現れた者が子どものような姿だったということ。処刑が行われたとき、黒の姫君は十二、三くらいの子どもだったはずだ。成人でもない限り、人は成長する。

 とはいえ個体差はある、すべてをそれで片づけるわけではない。それ以上にナインズティアには魔法が存在するのだ。

 魔法を使えば姿を誤認させるくらいはできる。当時の姿を知っているジョシュアになら、黒の姫君が還ってきたのだと知らせる効果はあるかもしれない。だが、トキヤは彼女を知らない。少女の姿で現れる必要性はあまり感じられない。

 その上で考えられるのは、ただ単に誤認情報としてトキヤに持ち帰らせるための仮初か、はたまた別の人間か。もしくは……死んだ彼女が何かしらの方法で蘇り、その頃の体を維持しているか。


 それはないな。ジョシュアはかぶりを振る。

 ――日々、魔法は進歩している。だが、死者を蘇らせる魔法は……悲惨な結果しか生まない。

 相手の狙い。ジョシュアの思い当たる節はもう、時のコンパスかトキヤしかなかった。

 さりとて、トキヤが狙いならばこんな回りくどいことはしない。赤子の手を捻るかのごとく、今のトキヤ相手なら連れ去ることは容易なはず。時のコンパスに限れば、ジョシュアがいる時点で難度はトキヤの比ではない。それでも賊を二度に分けて(けしか)けたのは、実力を測っているのか。それとも測りかねているのか。

 何にせよ、答えは未だ闇の中。


「……ここで少し待っていてくれ、すぐに戻る」

「え? う、うん……」

「分かりました」


 話をしていれば、いつの間にか町の麓である噴水広場へと到着していたようだ。トキヤたちにジョシュアはそう告げると、閉店間際の店へと足早に駆け込んでいく。

 いつもとは雰囲気の違う町をトキヤは見回す。

 辺りに人影はない。人の賑わう昼や夕方とは大違いだ。不気味に雨音だけが周囲を包んでいる。

 雨のせい。いや、それ以上に人は魔物を恐れている。魔物が活発的になる夜は、意味もなく誰もが外をうろついたりしない。特に今日は町へ魔物が襲ってきた日なのだから。

 残された二人が顔を見合わせる。少しだけシスティアが口を開くが、すぐに目線を逸らし言葉は紡がれない。

 話したい気持ちは互いにある、システィアもトキヤもそれは確実に持っていた。

 けれども、語りかける言葉を見失った今、気持ちがいくら先行しようと二人の間だけに現れる壁がそれを打ち落としてしまう。雨を弾くこの不可視のバリアのように。

 結局、一言も喋ることなく、いたたまれない時間だけが過ぎていく。

 雨音とは違った、カランカランと軽快な音。

 ジョシュアは鼠色の布で巻かれた長細い物を持ち店から出てくると、あまり浮かない顔をしている二人を遠くから見ることになった。

 ――……二人を私に付き合わせたまではよかったが、あの話の後だ。もっと違う話題で雰囲気を作ってやれれば、わだかまりの取れる時間になったかもしれんな。

 そんなことを内心呟いてみても、そういうところに関して不器用なジョシュアには荷が勝ちすぎた。『いい天気だな』なんていうジョークもこの雨の中、そして今の二人の間には全くの逆効果だろう。坂を下っている最中は、二人が知りたいであろう黒の姫君の話くらいしかできなかったものだ。

 ついては上手い考えを絞り出すことができず、迷っていても仕方がないと二人の傍らまで歩み寄る。


「待たせたな、帰るか」

「はい」

「うん。……? 兄様、それは?」


 ジョシュアの持っている荷物が気になるのか、システィアは首を傾げている。


「ああ、秘密兵器……だ!」

「はぁ……またそれ」

「そうため息をつかないでくれ、そのうち分かるかもしれん」


 はいはい、分からないかもしれないんですねー。とシスティアは両手を肩まであげ、やれやれと言わんばかりに首を振っている。

 そんな妹に困った笑みを向けながら、ジョシュアは石畳の坂を登り始めた。

 続くトキヤとシスティア。その帰り道、


「ねぇ兄様、さっきの話のことで疑問に思ったことがあるの」

「なんだ?」


 話を聞いてずっと疑問に思っていたそれを、システィアが切り出す。


「黒の姫君のこと。普通、処刑が行われたのなら死んだと考える方が自然。でも、兄様はそれに疑問を抱いたんでしょ? そして今回、兄様の疑問通り黒の姫君らしき人物も現れたわ。けれど、どうして?」


 なにか根拠がないと、五年前の処刑に疑問を抱くことはできなかったはずよ。続けるシスティアの言葉にはその通りと言わざるを得なかった。何もなければジョシュアだって民と同じように、悪は退治されたと思うことができた。


「それについては、屋敷へ戻ってから話そう」

「……本当に話してくれるの? 言わないからまた秘密にされると思ってた」

「私も秘密にしたくてしていたわけじゃない。ただ、妹とはいえ、お前ももう大人だ。知るべきことは知るべきだと私はそう思う」


 妹がこんなにも秘密を嫌うわけを、ジョシュアは知っている。ラーヴェ家のことに関してもだが、秘密を多く作りすぎている自分にも否がある。

 だからこそ、さっき秘密にしてしまった長い手荷物を掲げ、ジョシュアは続けた。


「間接的にだが、お前の助けになるような物かもしれん。これはな」

「……ごめん、わがまま言った」

「そう言うな。兄としては妹のわがままを叶えてやりたいところだが、私では力不足なところもある。笑わせてくれる奴でもいればいいんだがな」


 そう言ってトキヤの方を一瞥するが、まだ彼が動けないことも、時間が足りていないこともジョシュアは知っている。

 屋敷へ帰り、ジョシュアが話すべき全てを話しきった後、出発までの残り時間は限りなく少なくなるだろう。

 だからこそ、話し終えた後、二人きりになれるときにシスティアと話をしてくれ。そんな複雑な意図を不器用ながらも言葉越しに送る。

 それが、恐らくトキヤにできる彼女への最後の時間となるだろうから。


「兄様、もう一つ聞いてもいい?」

「今度はなんだ?」

「ここで話をしないなら……どうして、トキヤ君と私を連れてきたの?」


 そんなこと、兄であるジョシュアが言えるはずもない。とはいえ、秘密と言えば妹は何かしらの意図を探るだろう。そして意図を探ってしまえば、すぐに気づく。もしかしたら既に気づいているかもしれない。けれども、気づかぬなら鈍感なくらいでちょうどいい。お節介に輪をかけるほどの兄と思われたくないのが、ジョシュアの無駄なプライドでもあった。

 秘密という言葉を使わずに秘密を言う。知るのは知るべきことだけで充分だ。だからこそ、フッと笑ってこう伝える。


「気まぐれだ」



 § フローレンスの町 屋敷 エントランス



 屋敷へと戻ってきたジョシュアたち。待機を命じられていたシグレたちは、その帰りをすぐに出迎えた。

 おかえりなさいませ。何も変わりはないか? はい、これといって特には。

 そんな端的な言葉が交わされ、荷物を置くためジョシュアは執務室へ赴くと、それにシグレも追従する。


「システィア様とトキヤお兄ちゃんもおかえりなさい! えっと、服は濡れてませんか?」

「ただいま。ええ、大丈夫よ」

「俺も問題はないぜ、ありがとな」

「よかったぁ。もしかしたらがあるかもって聞いてたから」

「もしかしたらって?」


 トキヤが聞くとタオルを持っていたミリアの代わりに、シグレとジョシュアがエントランスへ戻り説明が付け加えられる。


「何かしらの事故で護符が濡れると効果が切れてしまうので」

「フッ――よかったな、トキヤ」

「ちょ、そこもちゃんと教えててくださいよ! っぶねー、ちゃんと服の中に入れててよかった……」


 とはいえ、入れたのを確認しジョシュアは背を押したので、抜かりないといえば抜かりなかった。

 エントランスに集まった全員をジョシュアが見渡すと、侍女の二人に告げる。


「……シグレ、ミリア。二人にも話がある、時間をもらっていいか?」

「もちろんです。今すぐに……でしょうか?」

「できればそうしたい」


 ジョシュアの要望に対し、シグレはミリアの顔を伺った。

 ミリアは大丈夫と言ったように頷くと、シグレはニコリと微笑みを返し、もう一度ジョシュアの方に向き直る。


「応接間で話そう。あそこなら全員が座れる」

「承知いたしました。お飲み物をご用意した後、すぐに参ります」

「シグレお姉ちゃん、わたしも――」

「ふふっ、いい子です。でも、今日はゆっくりしていてください。とても綺麗なドレスを汚してはいけませんからね」

「あぅ……」


 頭を撫でた後、ミリアから未使用のタオルを受け取り、用意に取りかかるためシグレはすぐに食堂へ行ってしまう。


「それではシグレに任せ、先に行こうか」


 ジョシュアの言葉に三人は頷くと、執務室のちょうど反対にある扉が開かれた。

 屋敷の中では狭い部類に入る、八畳ほどの応接間。

 部屋中央にあるテーブルを挟み、扉側には深々と座れる椅子が二つ、奥側には大人四人が悠々座れるほどの縦長ソファが配置されている。

 本来フローレンス家が客との契約、もしくは商談等に使われるべき部屋である。しかし、当主代理をジョシュアが受け持っている現在の多くは執務室にて行われているため、使用される頻度の少ない部屋だ。

 それでも埃がなくピカピカに見えるのは、侍女であるシグレとミリアが綺麗にしている証拠だろう。


「遠慮はいらん。座れ」


 扉側の椅子、先にジョシュアが座るとトキヤたちを対面のソファに座るように促した。

 ジョシュアから見て、システィア、トキヤ、ミリアの順に右から座っていく。

 なんだか、緊張する。こういった改まっての場所だと、どうしてもそう感じてしまうトキヤがチラリとミリアへ視線を配る。どうやら彼女も同じなのか、気づいた視線に返す笑顔がぎこちない。逆にシスティアは場慣れしているのか、物怖じすら感じさせない。

 しばらくすればノックが鳴り響き、ジョシュアの返答の後、シグレが湯飲み茶碗を人数分持ってやってくる。


「お待たせしました」

「ああ、ありがとう。配り終えたらシグレもミリアの隣に座ってくれ」


 コクリと頷き返し、熱いのでお気をつけくださいと慣れた手つきで湯飲みが配られていく。

 淡い緑茶の香り。配り終えれば一礼、シグレはスカートに折り目がつかないようにゆっくりと着席した。

 全員が集まった。それぞれの視線が自ずとジョシュアに集中する。


「これはフローレンス家に関わっているお前たち、全員に伝えておくべきことだろう。私が処刑されたはずの黒の姫君を、どうして今でも追っているのかについてだ」


 史実上、死んだとされる黒の姫君。恐怖に怯えていた誰もが、今でもその死を信じている。惨憺(さんたん)たる悲劇は彼女が処刑された日から耳にしなくなり、魔物がいるといえどもナインズティアには確かな平和が戻った。

 だが、ジョシュアがこれから告げるのは、それを覆す話になるだろう。


「トキヤとミリアのためにまずは昔話をしようか。フローレンス家と共に在った、ラーヴェ家のこと。そして、二人の知らない幼い頃のシグレ、システィアの話をな」

「じょ、ジョシュア様⁉」「ちょ、兄様⁉」


 緊迫したものになるかと思えば、ジョシュアから飛び出したのは突拍子もない言葉。それにはシグレとシスティアも同時に声を上げてしまう。

 興味を示したトキヤは静かに、ミリアはもちろんの如く目を輝かせ口を開いた。


「俺もここに来て、そう日が経ってるわけじゃない。是非、聞かせてください」

「シグレお姉ちゃんのこと! ぜひ! ぜひ聞きたいですっ!」

「み、ミリア? 聞いてもそんな面白いものでは……」

「あぁもう、めちゃくちゃよ……」

「フッ――そう言うな。話すのは私の過去でもある上、システィア、お前が知りたいことでもある」


 どういうこと? システィアは首を傾げるが、ジョシュアはそれ以上のことを付け加えてくれなかった。その言葉はただの昔話としてだけでなく、また別の意味を含んでいるようにも感じられる。

 沸き立ってしまったその場をジョシュアは収めると、静かにそしてゆっくりと語る。

 さて、どこから話したものか……。

 そう記憶に整理をつけて、もう一度。


「そうだな……今から五年ほど前のことだ」

数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。

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