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スターダストクロノス―星に願いを、時に祈りを―  作者: 桐森 義咲
第1章 異世界への旅立ち、ナインズティアへ
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時刻46 侍女として、姉として

 § フローレンスの町 屋敷二階 廊下


 昼食の片付けを終わらせた後、廊下の窓枠に手をかけ空を見上げているシグレ。夕方から降り始めた雨は、止むことを知らぬかのように水蒸気で町を銀に染めている。

 明日まで残り少ない時間を潰すような行動。普通ならばこんなことをせずに次の仕事を探し、屋敷内を歩き回っているはずだった。ただ思うように仕事が進まない理由は、脳裏を掠め続けるある二つの出来事が原因。


 一つ目は森で交わしたトキヤとの約束、そして二つ目は明日のことだ。

 前者は彼を慮った故、仕方のない出来事。『無い』と言い切ればよかったのだろうが、シグレにはそれができなかった。(くだん)について、もう一度問われたならば答えよう。その結果、どういう選択をするかは彼自身が決めること。

 それよりも後者の方だ。シグレは明日、ジョシュアの命によりシスティアと共に王都へ赴くことになる。ついてはまだシスティアにも、置いていくことになるミリアにも告げていない。それがシグレの頭を悩ませている。


 行きに三日、帰りに三日。

 魔物が活発化している現状を踏まえれば、早くともそれくらいはかかる。フローレンス夫妻への言伝(ことづて)を鑑みれば、それ以上掛かるのは妥当だろう。

 気乗りはしない。しかし、システィアと一緒に行きたくないわけではない。ただ、あまりこのフローレンスの屋敷を離れたくない気持ちがシグレにはあった。


 それはどうして? まだ幼いミリアがいるから? それとも――

 シグレはかぶりを振り、はぁ……と、心の声を吐露させるようにガラスを白く染める。

 ――一緒に行くシスティはともかく、なぜミリアにはもっと早く言っておかなかったんでしょう。

 そんなの分かりきっている、言い出せなかっただけ。けれど、それを片手に許してもらおうなんて思っているつもりはない。

 そんなどうしようもない考えを巡らせていると、この廊下に二つの足音が聞こえてきた。


「シグレ、ここにいたのね」


 声のする方向へ振り向くとシスティアともう一人、純白のドレスを身に纏うミリアの姿があった。


「システィ、ミリアも……」

「シグレお姉ちゃん!」

「っと……ミリア、走っては危ないですよ」


 システィアから離れ、抱きついてきたミリアへ困ったように眉尻を下げる。


「シグレ、大丈夫? ずっと浮かない顔してるけど……」

「そう見えますか? けれど、大丈夫なんですよ?」


 作った笑顔で、シグレはシスティアにそう返す。

 これではバレバレなのは否めない。システィアだけではなく、胸の中にいたミリアにも気づかれることとなった。


「シグレお姉ちゃん、悲しそうな顔してる……。執務室で私が魔法のことを話してから……ううん、それよりももっと前からかも……」

「ごめんなさい、ミリア……。心配をかけ続けてますね」

「ううん。わたしが言ったことでシグレお姉ちゃんを傷つけてたらどうしようって思って……」

「それには心配及びません。ミリアには逆に心を癒されてるくらいです」


 ミリアはきょとんとした顔でシグレを見上げているが、彼女の言葉にシスティアも同意見と、にっこり頷いていた。


「システィア、ここにいたか。ん、シグレも……ちょうどいい」

「ジョシュア様……」

「兄様じゃない、もう執務室に籠もると思ってたのに」

「おいおい、私がいつも執務室に籠もっているかのような言い草だな」

「いっつーもいるでしょ! 間違えたことは言ってないつもりだわ」


 腕を組んでにししと笑う妹に「まぁその通りだがな」と笑う兄。そんな談笑の後、ジョシュアは彼女に向けてある一枚の手紙を手渡した。

 厳重に封がされてある直筆の手紙だ。


「明日渡すつもりだったが、忘れないうちにな。王都へ到着したら、これを直接父上に渡して欲しい」

「ん、分かった。任せておいて、一人でもやれるわ」

「……ガンズたちに任せられるならよかったのだが、やはりお前から渡してもらうのが一番だろう。それと――」


 ジョシュアは会話を一旦止めると、俯いているシグレに目を配る。

 一人でもやれるというシスティアの言葉、それは未だシグレがシスティアに伝えられていないことを意味していた。話した時期も時期、今日も様々なことで立て込み、言えるタイミングがなかったのも頷ける。

 しかし、現在のジョシュアの考えは違った。

 トキヤが現れてから、シグレには昼夜問わず働かせ続けている。それは今日、ミリアを通して気づかせてもらったことだ。

 このところ、魔物は更に活発化し、ついには昼にも町の上空に現れている。本音を零せば、シグレにはシスティアと共に王都へと行ってもらいたい気持ちはある。だが今の彼女に、妹の補佐を任せるのはあまりにも酷だ。

 たとえ数日間、たとえ王都までとはいえ、一人旅は常に寂しさがつきまとうことになる。

『一人でもやれるわ』。そう言ったのはシスティアの精一杯の強がりで、不安を払うためのものだとジョシュアも気づいていた。戦力面ではシスティアだけでも充分だろうが、メンタル面となると一人ではどうすることもできない。兄として過剰な心配をしてしまうのもまた事実。

 なら、どうするか? 残ったのはミリアとトキヤだが、ミリアは論外だ。

 だとすればトキヤか? いや、トキヤもダメだ。森で出会ったのが黒の姫君本人か、それに模した愉快犯か分からないが、彼を狙うものがいる以上行かせるわけにはいかない。

 そしてこれは彼への罰でもあるのだ。フローレンス家当主代理として、それを翻すことはあってはならない……。

 ジョシュアが顎に手を当て悩んでいる間にシグレはコクリと頷くと、覚悟を決めたように口を開いた。


「ミリア、私は……明日、王都へ行かねばなりません」


 シグレの中でずっと言えなかった言葉が、やっとミリアに伝えられる。だが、いきなりすぎるその言葉を聞けば、声を上げられるのは当然。


「王都に行くって、シグレ⁉ 兄様、どういうこと⁉ 私一人に任せるんじゃなかったの⁉」

「シグレお姉ちゃんが王都に……?」


 上手い考えは浮かばなかった。ジョシュアはかぶりを振ると、シグレに前言撤回を申し立てる。


「すまない、これは私の判断ミスだ。先日話したことは忘れ、シグレにはここに残ってもらいたい」

「ジョシュア様! しかし!」

「システィアを慮ってくれる気持ちは分かる。激務を、そして今はミリアがいるにもかかわらず、私は更に押しつけようとしていた無能にすぎん。甘えは人を盲目にさせる、例に漏れず私も盲目になっていた。シグレがいなければ生活も成り立たないというのに」

「無能なんて……よしてください! 私は行けます! ミリアにだってちゃんと」


 シグレは短期間の内に、厳しくも侍女のやるべきことをミリアへ教えていた。ミリアは文句の一つも言わず、それに応え、シグレに着いてきていた。

 侍女となって数日程度しか経っていないのにもかかわらず、掃除、洗濯、家事、侍女としての行動ならある程度こなせる。シグレほどまでにとはお世辞でも言えないが、簡単な料理も作ることだってできる。

『今』のフローレンス家ならば、ミリアでも充分に動けるはず。そんなときだ、ある一人の男の声が廊下に響き渡った。


「その役目、俺に任せてもらえませんか」


 皆の目が声の主へと向く。そこにはゆっくりと四人の元へと歩いてくるトキヤの姿。だが、ジョシュアはすぐに否定の声を上げる。


「トキヤ、私の言ったことを忘れたとは言わせんぞ」

「だけど、困ってるんですよねジョシュアさん。だったら俺が」

「それとこれとは別だ! お前が無事でいられただけでも奇跡だったんだぞ!」

「だからです! フリッツとみんなのおかげで俺はここにいる。みんなは迷惑だって思ってないと頷いてくれた。けど、少なくとも俺は迷惑をかけたと感じてる、だから……何か俺にできることを」

「ならば、もう何もするな。黙って俺の言うことを聞いてくれ……」


 ジョシュアの言葉には、トキヤを心配する念だけが込められている。じゃないと、『俺』なんて素は出ない。トキヤはそれを感じ取ると、言葉に詰まってしまう。

 ジョシュアはトキヤから目を離すと、シグレに近づき頭を撫でた。


「……シグレ、随分と引っかき回してすまない。だが、これが最終決定だ。シグレは充分過ぎるほど働いてくれた。王都へ行くべきではない、今はミリアのことを頼む」

「わかり……ました……」


 小さいながらもその相槌を確認すると、今度は妹に告げる。


「いろいろと言うのが遅れてしまってすまなかった。システィアには悪いが、先日述べたように一人で行ってもらうことになる。許してくれ」

「……うん、少しだけびっくりしたけど言う機会、なかったもんね。大丈夫よ、兄様。もう子どもじゃないから、私一人でもちゃんと届けられるわ」


 もう子どもじゃないから。昔と今とでは大違いだな、とジョシュアは妹の頭を撫でた。そして最後、ジョシュアはトキヤの横を通り過ぎる前に彼の肩をポンと叩く。


「分かってくれ」


 トキヤの返事を聞かないまま、隣を通り過ぎるとジョシュアは四人を置き、一階へと一人降りてしまう。


「トキヤ君……」

「……はは、仕方ねぇよな。今日のことでジョシュアさんからの信頼を無下にしちまったんだから。ちょっと、謝ってくるよ」


 王都行きについて、こうやって話したの迷惑だったか? なんてトキヤには言えなかった。迷惑だなんて言わないと思っている、けれども一度無理だと否定されたトキヤにはシスティアの言葉は怖かったのだ。

 ジョシュアの後を追うようにトキヤは一階へと走り去っていく。そんな彼の背中をシスティアは見送るだけしかできなかった。

 この場に残された三人。ミリアは少しだけシグレから離れると、寂しそうにこう言っていた。


「あの……シグレお姉ちゃんは、その……王都へ行きたかった……?」


 シグレが本当は王都へ行きたかったのではないのか、ミリアは自分が原因でいけなくなったのではないのかと思っていた。

 もしも王都へと行くことになっていれば、シグレは自分を置いて行ってしまうことになる。それがとても寂しく、悲しくなり聞いてしまった。


「そ、それは……」


 シグレが言葉を詰まらせる。

 ジョシュアがシスティアを心配する気持ちは分かっていた。そしてシグレ自身も、システィア一人で行かせるのは不本意だと思っていた。

 だが、気持ちとしてはまったくの逆。命令を撤回され、ホッとしてしまった。それは侍女としてあるまじき行為。主君の命は絶対であり、いざとなれば守らねばならないのに。

 行きたくなかったなんて……言えるわけがない。けれども、悲しそうに見つめるミリアに嘘をつくこともシグレにはできなかった。

 今にも泣きそうな顔でシグレはシスティアの方を見ると、彼女は意図に気づき、にこりと笑う。


「ミリア、シグレが王都に行きたいわけがないでしょ?」


 そう言ってシスティアはシグレとミリアの元へ寄ると、二人をギュッと抱きしめた。


「大丈夫よ、シグレ。私は一人でもやれるんだから。さ、ミリアに貴女の本当の気持ちを話してあげて?」


 そんなこと言ってはダメなのに。そんなに優しくされると涙が、感情が溢れ出てしまう。まるでダムが決壊したかのように、シグレは心に詰まっていた言葉をようやく吐き出していく。


「システィ……ごめん、ごめんなさい……私は侍女なのに、貴女を守らなければいけないのに!」


 その悲痛な泣き声を聞いて、ミリアは自分の口を両手で押さえた。今更ながら、自分の言った言葉の重大さに気がついたのだ。

 シグレはミリアの姉である前に、フローレンスの侍女である。

 従属を重んじているシグレにシスティアのいる前で、王都へ行きたかったのか? なんて聞けば返ってくる言葉は一つ、それは『行きたかった』だけだ。それ以外を選ぶということは、シグレが今まで積み上げてきたフローレンス家への忠誠と信用が壊れることを意味していた。だが、シグレはそれでもミリアを選んだ。

 それをミリアが気づいた時には、もう既に遅かった。ミリアはシグレに対する罪悪感で胸がいっぱいになり、大粒の涙を流し始め、システィアとシグレに抱き着いていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい! システィア様、シグレお姉ちゃん! わたしはまだまだ子どもだ、自分のことだけ考えてた! シグレお姉ちゃんの気持ち全然考えてなかった! わたしだってフローレンス家の侍女なのに!」


 そんな彼女の頭をシスティアは優しく撫で、語る。


「シグレにとって、ミリアはそれだけ大切なのよ。私も、シグレとミリアが大事だからよく分かるわ」

「ミリア、私の本当の気持ちは……王都行きが無くなって、ミリアのそばにいられることでホッとしました。行きたくなかったんです……」


 今は、ミリアにだけ全てを……。シグレは姉として素直な言葉を綴った。

 嬉しさと罪悪感、自分への怒り、いろんな感情が混ざりあってミリアはわんわんと泣きに泣いてしまう。それに感化され、シグレもまた涙が止まらなくなってしまった。


「もう、泣いちゃ……ぐす……ダメですよ、ミリア……」

「ちょっとシグレまで……。もう、システィアお姉ちゃんがみんなを守ってあげるから、泣かないの」


 そう言いつつ、システィアもまた涙で目を潤ませている。

 それからしばらくの間、二人の妹は今だけ姉としていてくれるシスティアに甘え、落ち着くまで優しく抱擁されていた。



 § フローレンスの町 屋敷 エントランス



「ジョシュアさん!」


 ジョシュアを追って階段を降りたトキヤは、今にも執務室に入ろうとしていた彼の背中を呼び止める。


「トキヤか、王都のことなら――」

「いえ、違うんです」


 ドアノブに手をかけていたジョシュアはトキヤへと向き直ると、疑問符を頭に浮かべている。


「今日のことをちゃんと謝りたくて、本当にすみませんでした!」


 ガバッと九十度、深々と頭を下げる姿勢にジョシュアはクスリと笑う。


「確か、森に行った理由は槍を取りに……だったか?」

「は、はい……」

「私はてっきり、黒の姫君にでも操られていると思っていたのだがな」

「黒の姫君……あの、黒ローブを着た女ですか?」

「いいや、言い方が悪かったな。トキヤが出会ったやつが黒の姫君とは限らん」


 例の事件以降、黒いローブを好き好んで着たいという人物はそうそういない。しかし時が流れれば、着る者が現れるのも自然の成り行きだ。黒いローブというだけで過剰に反応しすぎているジョシュアは、自分の頭をコツンと叩くと、執務室の扉に背を預け笑った。


「それで、どうなんだ? 操られているのか?」

「分かりません……。俺が槍を取りに行った理由は、その……せっかく、システィにもらった槍だったから失いたくなくて、ベア・ザ・クロウがもういないのなら、俺でもどうにか取りにいけるかなと……」

「…………」

「あ、あのジョシュアさん?」


 ジョシュアはトキヤの言葉に目を丸くし唖然とした。

 たったそれだけのために森へ行ったのかと、昨日あれほど危険な目に合ったのに対し理由がそれだけだとは思わなかったのだ。


「フッ――くくく! はははっ! おいおい、本当にそれだけの理由か? 他には何かないのか? くっくっく……」

「わ、笑わないでくださいよ……。他と言えば、後は少しでも強くなりたくて、自分だけでも修行しようと……」


 システィを傷つけてしまったから。そう落ち込むトキヤに、ジョシュアは笑うのをやめると頭を掴み、荒く撫で始めた。


「そうか、まったくお前というやつは、本当に馬鹿なやつだ!」

「うっ……それは重々理解しております……」


 純粋に、無駄な男の意地というものだろう。

 不可解な行動が明確になり、馬鹿らしい行動をする時点で、黒の姫君か、何者かに操られているわけじゃないと安心する。その馬鹿さ加減に助けられただけ儲けものだ。

 ジョシュアが撫でるのをやめ、階段の方へと目を向けると、目を赤く染めた三人の少女がエントランスへと降りてきたようだ。


「お前たち、その目は一体……」

「余計なことは気にしないでいいのよ! 兄様!」

「む……?」


 システィアは胸元で腕を組むと、プイっと顔を背けてしまう。トキヤの後ろに陣取った三人、シグレもミリアも少しだけ困ったように笑顔を覗かせている。

 何かはあったが、上手く収めてくれたのだろうとジョシュアは追及することはなく、トキヤとシスティアに話を吹きかけた。


「丁度いい。トキヤ、システィア、付き合え」

「……? 別にいいけど」

「わ、分かりました」


 少々困惑気味だったが、二人の了承を得るとミリアとシグレの頭にポンと手を置いた。


「少し外へ出てくる。シグレ、ミリア、留守を頼む」


 二人は頷き、声を揃え「分かりました」と告げるとジョシュアは微笑み、玄関へと向かっていく。その背中にトキヤとシスティアも続く。


「お帰りはいつ頃になりますか?」

「すぐに帰ってくる、そんなに長くはならない」

「承りました。外は雨ですので及ばずながら――」


 シグレは和服の胸元に手を入れると、三枚の白い紙とペンを取り出した。

 サササとその三枚に何かを書いた素振りを見せると、ジョシュア、システィア、トキヤの順に手渡していく。

 渡されたそれをトキヤは注意深く観察した。

 札のような長さの紙、上部には水と書かれ、中心から下部にかけて水墨画の亀が描かれている。


「これは?」

「すまないなシグレ、それじゃ行くぞ」

「ちょ、これってなんですかね!」


 ジョシュアはシグレに告げると、そのままの足で玄関の扉を開けた。同じくシスティアもそれに続き、返答がもらえずのトキヤも渋々と後を追う。

 そんな三人の後ろ姿、「行ってらっしゃいませ」とシグレとミリアの声が揃い、見送れば扉がパタンと閉まった。


「シグレお姉ちゃん、あの御札は?」

「ふふ、そうですね。教えましょうか」


 ニコリと笑う姉の背を追って、ミリアはその護符についての効果を詳しく知るのであった。

数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。

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