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スターダストクロノス―星に願いを、時に祈りを―  作者: 桐森 義咲
第1章 異世界への旅立ち、ナインズティアへ
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時刻44 瞳の奥のデジャヴ

「っ……!」


 トキヤが執務室の扉を潜った瞬間、体に異変が起こった。平衡感覚が掴めず、グラリとふらつき、床へ吸い込まれるように膝が落ちる。


「トキヤ君⁉」

「な、んだ……? 目眩が……まだ魔法の副作用が残ってる……のか? ぐっ!」


 痛みに強く目を瞑れば、記憶が遠のいていく。まるでこのまま気絶を促すように、瞼を開けても目の前が真っ暗に……闇へと落ちていく。

 ――とても嫌な感じだ。いつか経験したことのあるような過去を見ているかのような……そう、デジャヴという現象に似た感覚。

 目眩が収まりつつある今、トキヤは暗闇を避けるためにゆっくりと目を開けた。

 扉を潜ったはず。しかし、気がつけば、目を開けたというのにもかかわらず真っ暗な闇の中で一人残されている。隣にいたはずのシスティアも、部屋の中に残っていたシグレとミリアも、誰もがトキヤの側にはいない。

 何が起きたんだ? そう考えて体を動かそうにもピクリとも動かない。ただ、しばらく佇んでいると、すすり泣くような誰かの声が耳に届く。懺悔、悔い、悲しみの蒼に染まる悲痛の声。


『ごめんなさい……ごめんなさい! 私が弱いばっかりに、みんなを助けられなかった! それどころか大切な人まで殺してしまった!』


 人を殺した。それはとても辛く、トキヤに親近感を抱かせた。

 けれども、この悲痛さは尋常じゃない。何もかもが終わった、終焉を迎えてしまったようなこの世の叫びに等しかった。

 続いて紡がれる言葉は、もう力すら残っていない。ただただ、何かへ必死で祈るような声だけが耳に響く。


『ねぇ、【時遡クロノスリターナ】……? 本当に時を戻せるのなら、戻してよ……』


時遡(クロノスリターナ)】。以前システィアから聞いたナインズティアに伝わる秘宝の名。時を戻せるという伝説の秘宝だ。

 あるかも分からない、そんな物に誰が願っているのか。トキヤの耳には遠く、遠く聞こえるだけで分からない。どんなに目を動かそうと、広がる暗闇はトキヤの視界を奪うのみ。

 直後、何か、水滴のようなものがボタボタと落ちる音が響いた。

 水、じゃない……? これは、きっと――

 近しい音を聞いたことがある、それも痛みを伴う戦闘で。

 ――トキヤ君、ごめ……んね。

 聞こえる、今度ははっきりと。この声の主は……シス――


『…………シス……ティは』


 叫べない。まるで喉までも潰されているのか、ほとんど声が出せない。それでも、トキヤは一心不乱にこの暗闇の中、絶望の中にいる彼女へ届かせるように叫ぶ。

 届け、届けっ! 届けっっ!


『……俺が……守……るから……』


 どうして、今更そんな言葉が出たのか分からなかった。

 ただ全てが終わってしまったと感じた隙に、何かに引っ張られるようにどこかへ戻っていく感覚に陥る。聞いた言葉、叫んだ記憶すらも全て霞ませて。


「――キヤ君? トキヤ君!」

「っ……! シス、ティ?」


 我に返ったトキヤは辺りを見回すと、眉を下げ心配そうに見守るシスティアの顔が目に映っていた。


「大丈夫……?」


 扉を出たと思っていたのにもかかわらず、トキヤは未だ執務室の中にいることに気がつく。執務室内には訝しげに見守るシグレと、きょとんとした顔のミリア。

 額を押さえ、薄れてしまった記憶を探った。


「俺たち、扉を潜ったよな?」

「え? ううん、気分転換しようって言った後くらいにトキヤ君、ぼーっとしちゃって……」

「……夢、でも見てたのかな。なんかずっと昔にこの時、この部屋で何かあったような。そう、デジャヴみたいなものを見て……なんだったんだろ、大事なことのような気がするのに思い出せねぇ」


 きっと意味不明な発言だっただろう。トキヤ自身でも、そう感じたのだから。

 踵を返して扉に触れても、そのまま扉を潜っても、もう先程の違和を感じることはないし、何も起きたりすることはない。

 システィアもエントランスに続く。未だ何かを探しているかような彼の背中に、彼女は声をかけた。


「疲れてるのかも。少し辛い尋問だったから」

「……そうかもしれない」


 わずかな二人の会話。目に見えることがない、ぎくしゃくとした感覚がまだ尾を引いている。

 薄れた記憶の断片、そして既視感。

 夢のような話をいくら辿ったとしても、今は何の意味も持たず、何かがあったとしても、解き明かす術を彼は持っていなかった。

 仕方ない、重要な記憶ならまたいつか思い出す。そう考え究明を諦めるとエントランスに、ある人物がまたも訪れていた。少し色黒の、厳つい顔をした男、ジョンだ。


「し、失礼します! システィア様、少々トキヤ殿のお時間を借りたく――」

「え? あ、はい。ご指名みたいよ、トキヤ君」

「俺、ですか?」


 尋ね返すとジョンは少しだけ申し訳なさそうに表情を変え、頷いた。


「少し、ガンズ隊長が話したいと……。別に荒立てたりするつもりはないんだ。君が良ければ裏庭まで来て欲しい」


 出せない答えよりも、今はそちらを優先するべきだろう。トキヤは今一度システィアと顔を合わせると、互いに頷き合う。


「それじゃ、ちょっと行ってくるよ」


 システィアにだけじゃなく、シグレ、ミリアにもそう告げると、シグレの視線がほんの一瞬だけトキヤと交わり逸らされる。

 悲しそうな、後悔しているような――そんな表情。そして逃げるようにこう言った。


「私は食事の用意をして参ります。ドレスを汚してはいけませんので、ミリアはしばらくシスティア様に付いていてください」

「あ、は、はい!」

「それでは」

「うん、シグレ後でね」

「…………」


 この場から去っていくシグレの背中を、トキヤは呼び止めることはしなかった。

 彼女がこんな表情をする原因は掴めている。ジョン――正しくはガンズに呼ばれた時点で、思い当たるのはフリッツのことでもあるからだ。

 たとえ何があったとしても、今はシグレの言葉に縋りたい。だから、今は呼び止めるべきじゃない。忘れてくれなんて訂正はできない。

 けれど――


 ――これで良かったのか?

 そんな心の揺れに対し、トキヤはかぶりを振る。そして、システィアたちへもう一度「行ってくる」と頷くと、ジョンの後に続いた。

 去っていく二人の背中を見送るシスティアとミリア。

 きっといい話ではないだろう。当事者ではない、残された二人も考えるに容易かった。

 嫌な沈黙に陥る前、そうなるのを許さないようにシスティアは表情を笑顔に変える。


「さっ、ミリア! 少しの間、私と遊びましょ!」


 急な要望にミリアは目を丸くする。

 システィアもトキヤと同じく、心は沈んでいるはず。シグレに任されたときから、どうすればシスティアの沈んだ心を明るい方へと持っていけるだろうと考えていたのに、そんなのは杞憂だったのかもしれない。

 そう思えてしまうほど、ミリアの目に映ったシスティアの笑顔はいつものように明るく、優しかった。

 本当は自分のために笑顔を作ってくれたのかもしれない。けれども、ミリアはこれ以上考えることをやめる。


「は、はい!」


 システィアの笑顔に、向日葵のような笑顔を返す。

 好きでいてくれる彼女に、今は甘える方が正しいのかもしれない。いや、ミリアの中にはそんな計算された考えなどはなく、心からそうしたい、甘えたいという返答。

 侍女としては及第点にも満たない解答だろうが、『子ども心』というフローレンス家で一番幼く、強く持っているミリアが従ったそれは、きっと二人にとっては満点だった。



 § フローレンスの町 屋敷 裏庭



 ジョンに連れられ、この場へと訪れたトキヤ。テラスへと目を向けると、ジョシュアの姿がそこにはあった。椅子に座ったまま、目を瞑り佇んでいる。


「ジョシュアさん……」

「相当お疲れだったのだろう。今はゆっくりと休ませてあげたい……」


 トキヤは頷くとジョシュアから離れ、裏庭の欄干、町を見下ろすガンズの元へジョンと進んだ。


「隊長」

「……あぁ、悪いなジョン、トキヤも」


 二人が立ち止まると、ガンズは巨体を振り返らせ二人と向き合った。執務室で今にもトキヤに殴りかかりそうな勢いとは違い、もう随分と落ち着いているようだ。


「お前はここの……フローレンス家の者だったんだな」

「元を正せば複雑で、そうじゃないかもしれませんが……一応、居候の身なんでそうなるのかもしれません」


 変な言い回しだなと仄かに笑われ、そうか……と続けられる。

 トキヤについて、ある程度ジョシュアから聞いていたガンズだが、本題はこれではない。執務室での出来事でトキヤに声を荒げてしまい、距離を図りかねているのだ。

 どう話せばいいか、顎髭を右手で触りつつも言葉を探し迷っている。トキヤも感覚的にガンズがどう思っているのかが分かってはいるものの、言葉を切り出せないのが本音。

 そしてようやく、ガンズは伝える気になったのか口を開いた。


「さっきはすまなかったな。反省している」

「いえ、そんな……」


 トキヤはそれだけを言い残し、俯く。

 トキヤにとっては分からないことだらけなのだ。黒いローブを着た女のこと、処刑されたとは聞いたが、森でその女と思わしき人物と相対したのは間違いじゃない。

 あまり口に出したくない人物だろうということは知っている。それでも、ダメ元で聞いてみようと紡ぐ。


「隊長さ――」

「ガンズでいい、別に俺はトキヤの隊長ではないからな……」


 どちらで呼んでもらっても構わないはずだった。だが、そう言ったのはきっと、フリッツと同年代のトキヤに『隊長』と呼ばれ続ければ泣いてしまうかもしれないのが本音だった。だからこそ、そう言った。

 トキヤは「それじゃ……」と頷くと、もう一度語りかける。


「ガンズさん……あの黒いローブの女――」

「そいつはもう死んだ、五年前にな。王都で処刑され、それ以来、そいつのことを口に出すのは皆嫌がっている。ジョシュア様が何を思っているのか知らんが、調査隊としてもそいつとはあまり関わりたくはない」


 トキヤがジョンの方に顔を向けると、確かに口を噤み、顔を一層しかめていた。ガンズも同じく顔を逸らして、この話を続ける気はないようだ。

 諦めたようにトキヤが俯くと、ガンズは少し申し訳なく思ったのか苦笑する。


「その話は勘弁してもらうことしかできないが、そうだな……。トキヤ、お前には伝えておかねばいけんことがある」

「俺に?」

「ああ、俺たちはお前に救われたからな。ずっと言えなかったが、礼を言っておきたかった。ありがとう」


 感謝。だが、その言葉は逆にトキヤの心の傷を抉る。結果的に二人を救ったことになったのは確かだが、それはトキヤの意思によるものじゃない。フリッツがいたからこそ、トキヤは無事でいられた。フリッツがいたから全滅することはなかった。トキヤだけの力じゃない上、代償は大きく、フリッツは非業の死を遂げた。

 思えば思うほど、どうしてあのとき、どうしてこうしなかったと、次々に出てくる策。後の祭りになってから出てきても意味を持たないのに、気持ちがトキヤの中で溢れる。握りしめた拳に悔しさを滲ませ、言葉が絞り出される。


「俺がもっとしっかりしていれば、フリッツは……フリッツは……」

「奢るな。フリッツはこれ以上ないくらい、立派な行いをした。必死でお前を守ったんだ」

「俺が殺したのも同然なんだ、だから俺が――」


 続く言葉を遮り、ガンズの声は静かに、そしてわずかながらの怒りが孕む。


「だから俺がなんだ? お前のために死んだから、何をするって言うんだ?」

「そ、それは……」

 言葉に詰まる、目が泳ぐ。

 だから、何をする? 代わりに死んでいれば、それでフリッツは生き残れたのか? ふと出てきた言葉は生き返らせる魔法のことだ。


「魔法が、生き返らせる魔法が――」

「この際だ、森でのことを話そう。お前は何も分かっちゃいない……! 人を生き返らせることはできない! お前は何を見てきた⁉ 森でシグレさんの何を見ていた⁉」

「っ……それは! それは……くっ……」


 さっきも見たシグレの顔。後悔、悲哀、トキヤには何も告げず逃げるように、去っていったことを。

 だが、それでも……それでもだ。トキヤは強く首を横へ振ると言い放った。


「分かっています! 分かってる! けど、それでもシグレがフリッツを助けてくれるっていうのなら――」

「お前は! そうやって他人を傷つけても尚、死者に声をかけ続けるのか⁉」

「死者じゃねぇっ! フリッツは……フリッツはまだ死んでなんていないっ!」

「っ――……」


 ガンズはトキヤの言葉に怒りを通り越し、呆れ、絶句する。

 裏庭は静寂に包まれ、しばらく二人はにらみ合ったまま言葉を発さなかった。

 雨の匂いがする風が裏庭を駆け抜ける。辺りが少しずつ暗くなり、いつの間にか雨雲が空を覆い始めていた。

 そんな中、沈黙を破るようにジョンが淡々とした口調でトキヤへと語りかけた。


「トキヤ君、君の言い分は分からんでもない、認めたくない気持ちも分かる。だが、現にフリッツは死んだ」

「死んでねぇつってんだろうが!」


 声の主の方へトキヤは顔を向けると睨み付け、これでもかと言い放つ。だが、ジョンはそれに負けはしなかった。


「人を傷つけてまで死者に語りかけようとする君に、フリッツのことを思う資格はない! あいつは、誰かが傷つけられるのを黙ってみていられるような奴ではなかった! 人々を守る英雄に……笑顔を与える希望の勇者に憧れていたんだ!」

「っ――!」


 勇者という言葉にトキヤの胸が押し潰されそうになる。胸を押さえ、表情がどんどん苦々しくなっていく彼に対して、それでもジョンは話を続けた。


「だけど、フリッツは自分が勇者になりたいと思っていたわけじゃない。自分は勇者の器じゃなく、勇者を守る盾となり、みんなを守りたいとよく口にしていた。そして今日、君を守った。だが、君はどうだ? 死者に魅入られ、人を傷つけ、そうやって周りの人たちに迷惑をかける! 今の君はフリッツが命を賭けて守った価値があったとは思えない、勇者の器でもない!」


 図星をつかれ、トキヤは苦々しい表情を怒りに染める。今度は彼がジョンへと殴りかかりそうな勢いだ。


「ああ、そうだよ! 俺には命を賭けてもらう価値なんてなかっただろうよ! 俺が死ねばフリッツは生き残れてたかもしれねぇしな! それに俺は勇者なんかじゃねぇ、勝手に決めんな! あんたらも、フリッツも!」

「貴様ぁっ――」

「ジョン、よせ!」


 腰に帯剣していた剣へ手をかけるジョンへ、ガンズが静止を促すように手を伸ばす。だが、トキヤの後ろに視線が移ると、すぐに動くのをやめ、ジョンも同じくして動きを止めた。


「トキヤ、もうよせ……」


 いつの間にかという感じだっただろう。それほどまでに口論はヒートアップしていた。テラスで眠っていたはずのジョシュアが、トキヤの震える肩に優しく手を置く。


「ガンズ、ジョン、トキヤが迷惑をかけてすまない……。悪いが二人で話がしたい、外してもらえるか?」


 その言葉に二人は頷き、ガンズは口を開いた。


「トキヤには助けられたというのに、彼に悪いことをしてしまった。申し訳ございません、それではこれにて失礼させて頂きます……」


 感謝を伝えるはずだったのに、話がこじれてしまったことに謝罪を入れるとガンズ、ジョンは二人の横を通り過ぎていく。

 それ以上何も言わない彼らにトキヤは歯を軋ませジョシュアの手を振り払うと、背中を向け去っていく二人へ大声を上げた。


「俺を叩き切りたいくらい怒ってるんだろ⁉ 二人だってフリッツのこと、諦められないんだろ⁉」


 その声に二人の男は立ち止まり、やがて背を向けたまま大男の方が語り始めた。


「もう何人もの人の死を見てきた。フリッツも所詮はその中の一人に過ぎん……もう諦めはついたさ。俺はお前と言葉を交わし、その中でお前の苦しみを見た。そして、今でも人の死を受け入れられず苦しみ続けている。見てられないんだよ、俺はぁ……」


 ガンズはとても辛く、悲しそうにそれだけを言い残し、振り返ることなく、もう一度歩みを続けた。それに遅れ、残ったジョンは彼とは逆に振り返り、深々と頭を下げてくる。


「……トキヤ君、武器も持たず騎士でもない君に剣を向けようとしたこと、本当に申し訳ない。だが君は、フリッツが死ぬ前に残した最後の希望だったはずなんだ」


 最後にそれだけを告げて、ジョンの姿もガンズと共に消えていく。

 トキヤの頬に冷たい何かが触れる、どうやらとうとう空が泣き出してしまったようだ。トキヤはその場に膝をつくと、力いっぱい地面をその拳で殴りつけた。


「くそ……どうして、なんでそんなにみんな諦めがいいんだよ。ここには魔法があるんだぞ、人だって一瞬で回復させられるんだぞ! こんなにも奇跡に満ち溢れているのに、どうして! どうしてそんなに諦めがいいんだよ……」


 項垂れたトキヤの肩に、またジョシュアの手が触れる。


「お前は……俺によく似ているな」

「……なんですかそれ。俺はガキみたいにみっともなく喚き散らかしてるのに、こんな誰の気持ちも考えられねぇゴミみたいな奴のどこがジョシュアさんに」

「お前はゴミなんかじゃないさ」


 気休めの言葉だったのかもしれない。それでも、トキヤは否定してくれるジョシュアの言葉に救われ、同時に胸へ痛みを走らせることになった。

 なぜなら今も子どものようにわがままを叫び、誰の気持ちも考えず優しい言葉をかけてもらおうなんていう、自分への甘さが垣間見えた気がしたから。

 悔しさで歯を食いしばるトキヤにジョシュアはわずかな沈黙だけを返すと、瞳を少しだけ移ろわせ、話を続けた。


「……聞いたのか、シグレに」


 何を、とまでは聞かない。それが何を意味するのかはトキヤも分かっていたからだ。

 四つん這いのままトキヤがコクリと頷く。それを見たジョシュアは少しだけ思いを巡らせたように「そうか」とだけ呟き、息をついた。


「トキヤ、屋敷へ戻ろう。ここは冷える」


 そう言って、ジョシュアが屋敷へと踵を返す。


「……なんで、ジョシュアさんは何も言わないんですか」


 その質問にジョシュアは何も応えなかった。

 人を生き返らせる。その言葉にシグレは確かに心を痛めていた。

 ジョシュアは知っているはずだ。それによってシグレがどういう心情を抱くのかも。トキヤが頷いた後の、あの憂いを帯びた表情は知っていなければできない表情だったのに。

 なのに、ジョシュアは何も言わなかった。


「分かってるんだよ……。きっと、そんな魔法は――」


 誰にも聞こえない声で呟き、フラフラとトキヤが立ち上がる。覚束ない足取りが、重い影と共に進んでいく。

 そして二人が屋敷へと戻った頃、小雨だったはずの天気はいつしか強い雨に変わっていた。それはまるで、トキヤを思ったフリッツが泣いているかのように――

数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。

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