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第四話「緘黙」

25時だから……っ!


 一日に配られる水や血肉の量が、一つから二つに増えた。

 だからといって、私の吸う量が増えることはなかったが、怒声や投石の音だけがよく響く静謐(せいひつ)とした檻には、少しばかりの囁きが響くようになった。



「ルマは何歳?」


 檻の中からは見えなくなるほど高く太陽が登って、

 木橋の上から、子供も大人も、見張りの人もいなくなった時。

 アナは口を開いた。


「歳……?」


「あ……えーーと……!」


 アナは表現に悩んでいた。

 なにせ、ルマはなんだか少し大人びた雰囲気をしている癖に、何にも知らないのだ。

 質問をして、その質問の言葉の意味を言い換える。

 その行いは、昨日と今日で何回目になるだろう。

 アナは少しばかりの呆れの中、やっとの思いで適した言葉を見つけた。


「そう、あれ!

 生まれてから何回、季節が入れ替わ──じゃなくて、雪が降った?」


 ルマが思い出すかのように視線を動かすと、意外にもあっさりと答えが返った。


(冬のことか……な?)

「……七回……くらい? もう覚えてないから……」


「ふーん……」


 返答を聞くと、アナは立ち上がったまま指先で顎を軽く突いて、ルマをじっと見た。

 彼女は膝を抱えて座ったまま微動だにしない。


「まぁ、見た感じは私と同じくらいね……

 じゃあ、あなたも11歳ってことで!」


「うん……」


 ルマは足を抱くと、頬を膝に乗せた。



 もう、静かにしてほしかった。

 


 ◇ ◇ ◇



「ルマはいつからここにいるの?」


「……なんで?」


「いや、ほら。さっき何歳か聞いたでしょう?

 だから、何歳くらいに捕まったのかな〜……って」


「知らない。

 覚えている範囲では、ずっとこ(・)こ(・)に居た。」


「……へぇ〜

 じゃあ、知らないことがいっぱいってことだ」



「花って知ってる?」


「……それくらいは知ってるよ」



 ◇ ◇ ◇



「ルマは退屈じゃないの?」

「ねぇ、ルマは魔法って見たことある?」

「ルマはあの配給の人のこと、どう思ってるの?

 私はキライ。」


「ねぇ、ルマ──」


「なんで、そんなに話しかけてくるの?」


 至って普通にルマが言った。

 それに滞りなど全く無い。

 しかし、その至って普通であるはずの疑問、その声がアナの鼓膜に酷く残響した。



「え。いや、その別に……」


 その時、アナの目線が初めてルマから離れた。


「ルマが全然喋らないから……」


「……。」


「あ。それと、静かなままで居ても気が滅入るでしょ?」



「そう……」



 ◇ ◇ ◇



 その後も、彼女は話しかけてきた。

 石が投げられている間も、しつこく言葉を口にした。


 なぜ、そんなに気になることを見つけられるのか。

 何処から、そんな活力が湧いているのか。

 どうして、そんなに落ち着きが無いのか。


 私にはわからなかった。



「なんで私たちには羽が生えたままなん──」


「もうそろそろ静かにした方がいい。

 夜に騒ぐと怒られるから」



「あぁ。うん……」



 アナの口数が減ったのは、それからである。



 ◇ ◇ ◇



 ドサドサッと音がした。

 毎日の配給で、血肉を穴から放り込まれる時に鳴る“いつもの音”。

 それが二つ。


 荒々しい音を鳴らしながら、投入口が閉じた。



「ほら。今日の」


「あぁ…… うん…………」


 それまで、昼間の頃の賑やかさが嘘だったかのように、アナは黙っていた。

 今、石が投げ込まれれば大きく響くだろう。

 それくらい檻は静かだった。



 二人とも、歯を突き立てた。

 血肉に向かって、突き刺し。吸う。

 ここに一切の感情は要らないはずである。


 しかし、アナは体を小刻みに震わせながら、血を吸っていた。

 ただ、黙って。怯えるように。



 この瞬間だけは、誰も何も喋ることはない。

 彼女らは僅かに、いやもしくはそれ以上に「自らが、悪魔であること」を知っていた。

 集落の人々よりも、はるかに。

 それを表す言葉を知らずとも、体はそれを正しく表してくれる。

 どんな吸血コウモリも、この時は静かに吸うのだ。

 静かに。



 そうして、血を吸い終わった後はこう言うのだ。


「ご馳走様でした……」


 と。



 彼らは何処まで行っても悪魔で居てくれた。

合掌。

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