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 間話「赤子」

 昔のことになるが、アナが「私はいつから吸血コウモリ(悪魔)だったの?」と、親に質問した事がある。

 アナの父親は、娘(アナ)に血を吸わせた直後のことであったので、随分と口篭った。

 そんなところを、母親はこうやって切り出した。


「あなたが悪魔であったことは無いわ。

 ママもパパも、いつも元気でいてくれるアナが大好きよ。

 アナは悪魔じゃ無い。

 少なくとも、私たちにとってはそうよ。」


 母親は曲解していた。

 娘の「いつから」という問いを「悪魔でいて、ごめんなさい」という旨の質問、いや言(・)葉(・)だと勘違いしたのだ。


 父親も堪らず続けた。


「アナ。お前が、お前が初めて血を吸ったのはな……

 いや、お前に血が必要だと分かったのはな……」


 不自然なほどに整理された廃墟の中。

 そこは、しばしの沈黙を取り戻した。



「歯が、伸びた時だよ。

 小さい頃から、ご飯を食べさせてもあんまり元気がなくて……

 それで、歯が俺たちのと違うって」


「“私たちのと同じだ”って、飯を分けてくれた人が言ったから、その。

 吸わせたんだ。俺の血をな」



 当のアナは、それを聞くと、


「そうなんだ。

 えと……ありがとう。」


 子供みたいな笑顔で、大人みたいに言った。

 父親と、母親はそれに黙ることしかできなかった。



 ◇ ◇ ◇



 嘘だった。

 アナが、吸血行為を必要とするコウモリの亜人──悪魔であると発覚したのは、彼女が生まれてからすぐのことであった。


 噛んだのだ。

 母の、乳を。


 生まれたばかりの赤子が、である。


 まだ、歯も生えていなかった。

 そのはずだった。

 でも噛んだ。

 刺して、それで吸った。



 痛みを訴えた母親と、父親に引き剥がされたアナ。

 母親(エレナ)の乳には、さっき出来たであろう痕(・)が残っていた。



──信じられなかった。


 目の前で起きた光景が、何かの悪い夢であってほしいと強く願った。

 赤ん坊の小さな口元は真っ赤に染まり、母親(エレナ)はショックと痛みのあまり、蒼白な顔で激しく呼吸を乱している。


「そんな……嘘だろ……」


 私の手は震えていた。

 生まれたばかりの我が子。

 愛おしくて、これからいくらでも幸せにしてやろうと誓ったばかりの小さな命。

 だが、その愛らしさの裏側に潜んでいたのは、人間とは明らかに異なる──悪(・)魔(・)の(・)ソ(・)レ(・)だった。


 聞いたことはあった。

 聞いたことがあったはずなのだ。

 でも想像はしたことがなかった。


 あり得ない。

 なぜ──?



 エレナが何度も声をかけていたことに、今更気が付いた。


 その頃には、もう歯は引っ込んでいて、

 まるで普通の赤子みたいに泣いていた。


 それが不気味でしょうがなかった。



 ◇ ◇ ◇



 そうやって、彼らは下に降りた。

 悪魔を連れて。


 結局、父親にも母親にも、“子を捨てる決断”など出来なかった。

 両親にとっては、ただの赤子。

 正真正銘、自分の子供であったのだ。


 下は、彼らが思っているより“は”豊かだった。

 廃墟を棲家として、定期的に食糧を得る。

 いろんな人と触れ合って、機会があれば食糧を分けてもらえた。


 意外にも、悪魔であるはずの少女は滞りなく成長した。

 下には見合わない元気で、下で生きるための強さを持って。

 両親はそれに、何度助けられたことだろう。


 彼女は下で精一杯に生きてきた。

 懸命に育ってくれた。



 しかし、そんな少女も今では檻の中である。



 ◇ ◇ ◇



「ねぇ、ルマ。

 ルマは初めて血を吸った時のことを覚えてる?」


「多分。ここで吸ったのが……、最初……かな。

 もう数えて無いし……」


「ふーん…… そっか。」


 アナは続けた。


「私は覚えてるんだ。

 確か……お母さんの……だったかな?」

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