力の代償
エドワードとグレンブルク領地の視察に行くことになった。雨が少なく、穀物の収穫に影響が出そうなのだ。
グレンブルク侯爵家は、グレイシア帝国の中でも随一の広大な領地を治めている。帝国の中心地に近いこの屋敷から北に向かって広がる領地には、多くの領民が生活している。
今日はその領地の中でも唯一の穀倉地帯であるトルディアという町まで行く。
ヴェルダーはグレンブルクの屋敷でお留守番をすることになった。
「ヴェル、お留守番を頼んだぞ」
エドワードがヴェルダーを抱きしめて言う。
「おとうさま、気をつけてね。おかあさまも」
そう言ってヴェルダーが私にも手を伸ばした。
「ありがとう、ヴェル。大好きよ。明日には帰るから、いい子で待っていてね」
「うん!がんばってね!」
玄関でヴェルダーと別れて馬車に乗り込んだ。
執事長や侍女たちがいるからきっと大丈夫。ヴェルダーが寂しくないように、みんなが協力してくれる。
馬車の中で、エドワードが涙を浮かべて鼻をすすっていた。
「あらあら、どうしたの?」
「...っいや、ヴェルダーも立派になったなぁって...」
確かにヴェルダーは3歳になってからしっかりしてきた。会話もはっきりしているし、物事の理解も進んでいる。私も息子の成長を実感してつられて涙が出そうになった。
馬車が出発し、穏やかな風景が流れる。
トルディアまでの2時間ほどの道のりは、二人でおしゃべりしながらあっという間に過ぎた。
「お待ちしておりました、領主様、奥方様」
トルディアの町長が馬車から降りた私たちに深々とお辞儀をする。
「ああ、世話になる」
「よろしくお願いします!」
歓迎してくれた町の人々が、エドワードの麗しさにザワザワと声を上げる。私は毎日顔を見てるから忘れがちだけど、エドワードは相当美形だろう。町の若い女性たちが目をハートにしながらこちらを見ている。
私はなんだかモヤモヤした気持ちになり、思わずエドワードの腕に手を添えた。
エドワードは嬉しそうにその手を包み込み、恋人繋ぎに変えた。
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「ここ一ヶ月ほど、雨が降らずに土地が枯れてきてしまっています」
町長や農家たちが集まって私たちを畑まで案内してくれた。
エドワードは乾いた土を触って言った。
「これは...予想より深刻だな。備蓄の食糧は?」
「それが、先日隣町で魔物が現れまして...その復興支援として我が町が備蓄していた食糧はすべて送ってしまったのです」
町長が困り果てた顔で言った。
「...ソフィー。頼めるか?」
「やってみるわ」
私は広大な畑に魔法をかける。
ものすごい魔力が奪われていく感覚がした。
「くぅっ......!」
次の瞬間、乾いていた地は元通りの潤いを取り戻し、萎びていた苗も綺麗にまっすぐ立った。
「これは...素晴らしいお力だ!ありがとうございます!奥様」
「ありがとうございます!」
町長や農家の人たちが口々にお礼を言ってくれる。
魔力のほとんどを使ってしまって、足元がふらついた。
咄嗟にエドワードが体を支えてくれる。
「っソフィー!大丈夫か!?」
「...ええ、大丈夫よ」
大切な領民たちが心配してしまう。ここで倒れるわけにはいかない。
「みなさんも心配しないでください、力を少し使いすぎて疲れただけなので...」
エドワードが青白い顔の私を見て、お姫様抱っこで町場まで急いで戻った。
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「大丈夫か?」
心配そうにエドワードが私の顔を覗き込む。
私は町役場の応接室にあるソファに横になっていた。
「もう大丈夫よ、それより畑のほうは...」
「畑は大丈夫だ。君の魔法で次の雨まで耐えられるだろうと皆言っていた。それより悪かった。君の力を頼りにしてあんな無茶をさせて...」
エドワードの顔が自責の念に駆られて歪んだ。
握りしめた拳からギリっと音がした。
私はまだ重い体をベッドから起こし、
「私は本当に大丈夫よ。...それに、うれしいの。あなたと肩を並べてこの町を助けることができたのだもの。頼りにしてもらえて、あなたに必要とされてうれしい」
エドワードの拳にそっと触れ、その緊張を解く。
そのとき、コンコンとドアをノックする音がした。
「旦那様、申し訳ないのですが急ぎお伝えしたいことが...」
エドワードの従者の声だ。
「エドワード、私はもう大丈夫よ。しばらくここで休ませてもらうから、行ってきて。あなたがそんな顔をしていたらみんな不安になるわ」
私は笑顔でエドワードの手を握った。
「......わかった。すぐに戻る」
エドワードは部屋から出ていった。
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「なんだと!?ソフィーの魔法のことが皆に知られている?」
エドワードは眉間に皺を寄せて顔を強張らせた。
「...はい、先程の畑の様子を見ていた他の町民たちが、奥様のお力をぜひお借りしたいと...」
町長がエドワードの剣幕に怯えながら言う。
「グレンブルク領以外から奥様のお力を頼る声が届き始めるのも、時間の問題かと...」
町長の言葉に、エドワードは思わず大声を出す。
「ダメだ!そんな無理をさせたらソフィーが......」
脳裏に倒れたソフィーの顔が浮かぶ。
「......この件については時間をくれ。ひとまず今日のことは町のものたちに箝口令を出して、これ以上噂が広がらないように。ソフィーもまだ体調が万全ではないから、知らせないでくれ」
エドワードはなんとか言葉を捻り出した。
見通しが甘かった。ソフィーは帝国の荒れた野山を戻すため、魔法を使っていた。しかしそれは帝国軍本部の復興部隊の中でのことだったので、軍本部が彼女の力を上手く隠してきたのだろう。
優しい彼女のことだ。きっと困っている民がいたら、領地に関係なく己の力を差し出すだろう。
エドワードはソフィーが休んでいる部屋の前に立った。ドアノブに手をかけるが、ドアを開けられずにいた。




