初めてのデート
ートルディアからの帰り道。
馬車の中では険悪な雰囲気が広がっている。
畑で魔力を使いすぎて倒れてしまったけれど、私は体調も魔力ずいぶん回復した。今朝、エドワードに「少しだけトルディアを観光して帰らない?」と言ったところ、彼は即座に却下したのだ。
それどころか、朝食を食べ終えたところですぐさま私を馬車に押し込み...あっという間に帰ることになった。エドワードの横暴さにさすがに怒った私は、彼と冷戦中なのだ。
あと2時間、気まずいままなのも嫌だな...、
でも、二人でトルディアの町をデートしたかった。
馬車の窓から遠ざかるトルディアの町並みが見えた。
町の人たちも私たちの出立を知らせず、逃げるように帰ってしまったし、心配してないといいのだけど。
しばらく時間が経ち、ぼんやり外の景色を眺めているとエドワードが話し始めた。
「...すまなかった、君の話を聞かずに強引に連れ帰って。君のことを傷つけたいわけじゃないんだ。どうか機嫌を直してくれないか」
「......わかったわ。私もムキになって、ごめんなさい。あなたと久しぶりに二人でデートしたかっただけなの」
エドワードが小さく笑って私を見た。私たちは喧嘩をすることはあまりないが、言い合いになったときに折れるのはいつも彼だ。気まずい雰囲気になっても、いつも仲直りしようとしてくれる。
「......そういえば、初めてデートしたときもこんな風に言い合いになって、私は拗ねてしばらくあなたに会わなかったわね」
「そうだったな...俺も必死で...」エドワードが苦い思い出を振り返り顔をしかめる。
二人で馬車に揺られながら、リブリア学院でのデートを思い出していた。
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リブリア貴族学院での生活も一年が過ぎようとして、私とエドワードは学院の有名カップルとなっていた。
いつもの昼下がり、私はテレサと次の教室に向かうため回廊を歩いていた。
「最近、エドワード様とはどうなの?二人きりで会ったりしてる?どこまで進んだの?」
ニヤニヤ笑うテレサがあれこれ聞いてくる。
「そんな...婚約の話はお受けしたけれど、まだ彼のご家族にお許しはいただいていないし...それにお互い学院での生活が忙しくてまだ話せていないの」
そうなのだ。いくら婚約者になったといえど学院内での出来事。貴族の結婚でも自由恋愛が多くなったとはいえ、家同士の結びつきのために幼い頃から婚約者を決められている人もいる。特に彼の実家であるグレンブルク侯爵家のように爵位が高い有力貴族は、自由に婚約、結婚をすることはできないはずだ。
「でもでも!エドワード様って婚約者がいるっていう話を聞いたことがないし...エドワード様がソフィーにぞっこんだからきっと大丈夫よ!」
テレサが私を励まそうと必死すぎて、思わず笑ってしまった。
「それにしてもグレンブルク家って謎が多いわよね〜エドワード様も学院に入られるまでは『侯爵家のイケメン一人息子』って噂で持ちきりだったけど。ソフィーもはやくご家族に紹介してもらえるといいね」
テレサのおしゃべりで明るい性格に救われた。リブリア学院で婚約の約束を交わしたカップルは、まず両家の家族に報告する。そこで認めてもらえたら晴れて正式な婚約者となり、学院でイチャついていてもお咎めがないのだ。
彼の告白を受けて、私は実家のウェールズ伯爵家のお父様に手紙を書いた。お父様からは「お前を信じている。学院が休みに入ったら彼と一緒に家に来なさい」と返事がきた。
ということで、次の期末休みにエドワード様とウェールズ伯爵家に行くことになったのだ。
エドワード様は婚約のこと、ご家族に話したのかしら...なんとなく話せないまま、月日が過ぎてしまった。
ソフィーは回廊から咲き始めのエールマリーの花を眺めた。
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「聞いたぞエドワード、今度ソフィーさんの実家に挨拶に行くんだろ?」
食堂ではカインがエドワードと遅めの朝食を食べていた。朝に弱いエドワードは、寝癖がついたままで少し不機嫌そうだ。
「ああ、次の休みに」
「まだ正式な婚約者ってわけではないのに、お前の溺愛っぷりが知れ渡って学院内では公認カップルだもんなー。ソフィーさん、気にしてるんじゃね?お前の実家のこと」
エドワードは無言で食べ続けていたが、コップの水を飲み干して言った。
「......彼女とのことはちゃんとするつもりだ。俺の家のことで、彼女を苦しめたくない」
エドワードは真剣な顔で、まるで己に言い聞かせるように言った。
「まあ、お前なら上手くやれるさ」
カインはエドワードの背中を勢いよく叩いた。
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学院は期末休みに入り、ほとんどの生徒が実家に戻ったり旅行に出かけたりして静かだった。
朝早く、ソフィーは大きなトランクをひとつ持ち学院の正門に向かった。正門でエドワードが待っていた。
「おはようございます、エドワード様」
「おはよう、ソフィー。今日からよろしく頼む」
見慣れないエドワード様の私服姿があまりにカッコよくて、彼の顔を直視できないでいた。いつも朝が苦手な彼だけど、今日は身だしなみもしっかりとして淡いグレーのジャケットが似合っていた。
エドワード様が私のトランクも持ってくれて、馬車に乗り込む。
私たちは2泊3日でウェールズ伯爵家に滞在する予定だ。リブリア貴族学院から私の実家までは半日かかるので、1泊だとなかなかゆっくりできない。
エドワード様にとっては恋人の家にお泊まりなんて緊張するだろうから、足早に帰る予定にしていたのだが、彼が「せっかく家族と会える機会だし、しっかり時間を取ろう」と言ってくれたのだ。
馬車に乗った私たちは、変わっていく景色を見ながらのんびりおしゃべりしていた。
「そういえば、こんな風に学院の外に二人で出かけるのは初めてだな」
「そうですね、学院の中ではよく会っているけど...」
エドワード様は学院の休日にも、グレンブルク侯爵家の仕事とやらで帝国軍の本部に通ったり、魔物の討伐に呼ばれたりして忙しい。その分、学院の中では時間を作っては私に会いに来てくれる。なかなか休日には会えないけれど、不満はなかった。
「...初めてのデートだな」
彼が照れくさそうに顔を背けて言った。
「...うれしいです、とても」
この日を大事にしてくれていたことがうれしくて笑顔になる。「初めてのデート」という言葉にくすぐったい気持ちがした。




