うれしい心配
春になり、ソフィーのお腹もだいぶ目立つようになった。帝国軍本部の復興部隊での仕事も、心配で仕方がないので早めに産休に入ってもらった。
ヴェルダーの出産で3日間も意識を失った彼女をどうしても思い出してしまう。
何かあったらと思うと、不安で仕事が全く手につかなかった。
今日もソフィーはヴェルダーと遊んでいるようだ。侯爵邸の庭園から二人の楽しげな笑い声が聞こえる。
「旦那様、こちら追加の未決済の書類でございます。」
執事長が分厚い書類の束を運んできた。
「...ああ、ここに置いてくれ」
「奥様と坊ちゃんはお元気そうですよ」
「そうか。ソフィーは走ったりヴェルダーを抱っこしたり、無理をしてないか?具合が悪くならないように、よく見張っておいてくれ」
「かしこまりました」
執事長が笑って部屋を出ていく。過保護すぎるのはわかっているし、彼女も少し呆れているだろう。
彼女のことになると自分が見境がなくなるのも理解している。
今朝はソフィーが段差につまづいて、屋敷中をスロープにしようと業者に頼んでいたら、彼女に見つかって全力で止められた。
エドワードは椅子の背もたれにもたれかかり、天を仰いだ。疲れた目を少し瞑る。
「そういえば、ヴェルダーの妊娠中にソフィーが...」
ポツリと呟いて昔を思い出した。
----------
ヴェルダーを妊娠したソフィーは、俺にとっては世界一愛しくて大切な存在の中に、もうひとつ同じくらい大切な存在がいて、愛情がカンストして神々しく見えていた。
ソフィーのつわりが酷くしばらく寝込んでいるとき、俺は自分が何もできない不甲斐なさに打ちのめされて、自分の寝食も忘れて彼女につきっきりになった。深夜でも彼女が何か食べられそうなときは、自ら調理場に行って用意した。
「エドワード、少し寝てきて。目の下にクマができてるわ」
彼女が俺の顔を心配そうに見つめる。昨晩も嘔吐してしまった彼女のそばで背中をさすり、片付けをしていたら夜が明けた。
でも一番つらいのは彼女だ。心も身体もしんどいのに、俺には明るく接しようとする。彼女に比べたら俺に出来ることなんて...
そう思っていたが、やはりこのやつれた顔はなんとかしなければ。彼女にも心配をかけてしまう。
「...わかった。何かあれば起こしてくれ」
そう言って別室のベッドで寝ることにした。
-気づくと、あたりが真っ暗になっていた。
「夜!?俺はいったいいつまで寝て...」
ベッドから飛び起きると、部屋にあるソファでソフィーがうたた寝していた。
「...っこんな場所で寝てたら風邪をひく」
ブランケットを急いでかけようとしたら、彼女が目を覚ました。
「...エドワード?あ、私まで寝ちゃって...」
「具合はどうだ?何か食べられそうか?欲しいものがあればなんでも言ってくれ」
「ふふ、大丈夫よ。今日は少しだけどお粥が食べられたわ」
「そうか...!よかった」
「エドワードこそ、私に合わせてこんなに痩せて...あなたが倒れたら私もこの子も、領民たちも困るわ」
ソフィーは頬を膨らませて怒っている。そんな姿も可愛かった。
「すまない、ちゃんと休息をとるようにする」
そう言ってその日は部屋にあるベッドでそのまま二人で眠った。
翌る日、俺は魔物の討伐要請が来たので急いで支度をしていた。帝国軍のみで対処できない場合に、グレンブルク家は協力要請を受けるのだ。
「お気をつけて...」
ソフィーが不安げに俺を見上げる。
「大丈夫だ。いつも通り片付けて早く帰ってくる」
お腹に手を当て「ママを頼んだぞ」と言い、彼女に行ってきますのキスをした。
----------
その日も、エドワードと帝国軍に所属しているカインの息ぴったりの連携で魔物を討伐した。
「こんなもんか、アッサリ討伐できたなー」
カインがエドワードの肩に手を回す。
避難していた村民が帝国軍の部隊に護衛され、少しずつ村に戻り始めていた。
誰よりも早くエドワードが異変に気づく。
「...カイン!残党がいるぞ!」
そう叫んだときには村人たちのいる方向を目掛けて魔物が迫っていた。
カインが使役した鳥が魔物を捕らえていくが、取り逃した一体が村人を襲おうとしている。
その村人は、ソフィーと同じくらいのお腹の大きさの妊婦だったのだ。エドワードの脳裏でソフィーの姿が重なる。
カインが「間に合わない!」と叫ぶが、エドワードは咄嗟に走って魔物の攻撃を寸前で受け止めた。
村人たちは一斉に避難し、妊婦も男性たちに抱えられ逃げていき、事なきを得たようだった。
エドワードは攻撃をかわし損ねて左腕から血を流していた。
「大丈夫か!?エドワード!」
カインや他の隊員がすぐさま駆けつける。エドワードは炎の魔法ど魔物の残党を焼き尽くし、ついに消滅した。
「...ああ、問題ない」
エドワードは立ち上がるが、救護班が駆けつけて怪我の治療を始めた。
---------
「エドワードが...負傷!?」
侯爵邸でエドワードの帰りを待っていたソフィーは、帝国軍からの急ぎの知らせに顔が青ざめた。
全身の力が抜けそうになり、執事長が咄嗟に彼女を支える。
「まだ怪我の具合は定かではなく...軍の救護班が治療にあたっています」
連絡を受けたソフィーはいてもたってもいられず、馬車に乗って帝国軍本部へと向かった。
----------
「エドワード!!」
ソフィーが救護室の入り口にいる。これは相当心配させてしまったなと焦ったときにはもう遅かった。
ソフィーは目から涙をボロボロ流し、俺のもとへ駆け寄ってきた。走るなと普段から口うるさく言っていたが、今は言っても無駄だろう。
「...ごめん、心配かけて」
「...っ本当に...もう...」彼女は咽び泣いていた。
彼女を静かに抱きしめる。怪我のせいで左腕が動かせないが、右腕にすっぽりはまってしまうくらい華奢だった。そんな事にも「可愛いな」と反応してしまう自分がいる。
しばらくして落ち着いてきた彼女は、カインから負傷したときの状況を聞かされたらしかった。
「普段なら絶対しないようなミスだったって...やっぱり私のせいで...エドワード疲れてたから...」
彼女が涙を溢しながら言う。
「攻撃を受けそうだったのが妊婦で...一瞬ソフィーが脳裏に浮かんで勝手に身体が動いたんだ」
「無茶しないで...エドワードに何かあったら...私...」
「俺だって、ソフィーとこの子に何かあったら耐えられない」
そう言って涙を流し続ける彼女を必死で眺めていると、後ろからカインがやってきた。
「よ、怪我の具合は大丈夫か?...あーあ、ソフィーさんこんなに泣かして...これ使ってください」
カインが自分のハンカチをソフィーに差し出そうとする。
それがすごくムカついて、「ハンカチなら俺のを...」と私物が置かれている棚に手を伸ばしたとき、左腕がずくんと傷んだ。
「...ッ」思わず声が漏れる。
二人が慌てて怒り出した。
「まだ動くなって!とにかく安静にしろ」
「そうよ、腕が治るまでは身の回りのお世話は私がします!」
身の回りのお世話...?ソフィーの言葉に邪な妄想が頭をよぎった。
「あ、コイツ今ソフィーさんのいやらしい妄想しましたよ」
カインがケタケタ笑いながら言った。
「もう!エドワードったら!」
泣き腫らした顔でむくれるソフィーも可愛かった。
それからしばらくは、ソフィーが俺のそばで生活を支えてくれたのだ。もちろんお腹が大きなソフィーに無理はさせられないので、力仕事になりそうなことは避けてお願いした。
怪我がよくなってきてもソフィーが心配してくれる姿が可愛すぎてなかなか言い出せずにいたが、後でバレて怒られたのだ。
「あのときは...幸せだった」エドワードは執務室の椅子にもたれかかって昔を思い返していた。
今彼女は自分との二人目の子を授かっていて、さらに愛しさが爆発しそうだ。
エドワードは書類の山を見つめながら、「今日は絶対ヴェルダーと遊ぶ時間を作るぞ」と気合を入れて、再び仕事をし始めた。




