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盲目少女ととある終末世界  作者: 今はまだ匿名でお願いしますね
8/10

異端なる相互理解

 空が赤くなってから私の認識上では二日目に到達した。

 日が落ちる事が無いからこの数え方で正解なのかは分からないが、左目が破裂してから一先ず48時間が経過した事になる。

 街と人々の変貌は緩やかに落ち着きを見せ始めたと言っていいだろう。

 霊長類と無脊椎動物は混ざり合ってよく分からなくなったが、ここまで行ってしまえば表面上は暫く大して変わらない期間が続く。


『──へぇ、すると()()()は急に狂暴になったり言葉が通じなくなった訳じゃないのか』


『少なくとも君たちがそうであるように、彼らもまた自分たちが元からそういった姿であったと信じているよ。だからこそ“変異者”という呼び方は不的確だろうね。

 ──彼らからすれば変わったのは自分以外の全てだろうから』


 肉と血錆、腐臭に覆われた太陽の都の中で、私は一人の現行人類と対話していた。

 昨日一日を観察に費やしたおかげで、彼らの扱うコミュニケーション手段──謂わば言語を私はある程度理解していた。幾つかの濁った囀りと触手による身振りのパターンの組み合わせで発揮されるそれを、固定された四肢しか持たない人体で完全に表現する事は不可能だが近づける事は出来る。

 要はカタコト、後は実践によるトライ&エラーでマシな形に近づけて行けばいい。

 幸いにして肉塊の知能は従来のヒトのそれと大差ない。元々言語を理解する能を持たない獣などよりずっと楽な翻訳作業だった。


 しかし同等の知性を持ちながら互いに培われた常識があまりにも異なり過ぎて、摩擦どころか衝突事故が昨日に引き続き今日もどこかで起きているのは不幸な事だ。

 その一方で幸運な事もある。“変異者”──皮膚を持たない肉塊である事が当たり前の現行人類からかけ離れた星型の異形に変異もしくは置換された(と彼らからは認識されている)人間──へ現行人類が抱く印象は忌避感や恐怖の類ばかりではなかったのだ。

 純粋な興味からそれに近付く物好き───言ってしまえば異形にフェティシズムを抱くような輩が肉塊の中にもいた。

 今こうして薄暗い路地の物陰で私が話している相手がまさにその類だ。従来型人類の発音で最も近い音に表すなら“イオ”という名の彼は男女の混ざった雌雄同体であり、私の身体に興味があるのか話す合間にペタペタと触手が触れてくる。

 その度に生温く独特な臭気を放つ体液が私の肌や衣服にこびり付くが、それは悪意ある行為ではない。

 イオたち現行人類にはどうやら()()という概念が存在しないらしい。

 触れる物は基本的に摂取か無視かの二択であり、肉体に明らかな腐敗が齎されようとも彼らからすれば“髪が伸びた”程度の変調であるようだった。


「まったく、厄介な事になった」


『何だって?』


『“これから面倒になる”、そういう表現だ。既に相当面倒だがね』


 皮膚と体内の区別が難しいのか、口腔や眼窩に無遠慮に触れて来ようとする触手をやんわりと押し返しながら私は答える。


 ──初日が混乱と偶発的事故なら、二日目以降は明確に意図された行動と結果が絡み始めるだろう。


 世界に取り残された、かつてのアイデンティティを保ってしまった従来型人類は今の世界に適合出来ない。

 ホモ・サピエンスは王や神といった存在を自らの上に置くことが出来るが、同格の他種の存在は決して認めない。その性質故に一昨日までの世界で彼らは他のヒト族を滅ぼしこの星の霊長として君臨していた。

 従来型人類(ホモ・サピエンス)とはそういう存在だ。自らではなく世界を変革し、あらゆる敵を駆逐する事で自らの生きられる環境を強引に作り出す天災にして人災。

 だからこそ私とイオのように個々人では対話が成立するが、種族全体の意思としては彼らは絶対にライバルの存在を認めず殺し尽くす。これは合理以前の生命としての特性、本能だからもうしょうがない。


『“霊長”と呼ばれる者は例外なくそうだ。彼らは昇り詰める過程で自らを研ぎ澄まし、多くを切り落とし多くを切り捨てる。そうして世界に唯一無二になる事を望まずにはいられない』


『………あぁ、面倒ってそういう』


 やはり現実的ではない余計(サブカルチャー)に精通している輩はこういった非現実的な話の理解が早い。イオは私が結論を口にする前に答えに辿り着いたようだった。


『君たちの言う“変異者”、取り残された数少ない彼らに勝ち目はないよ。既に世界のルールは変質し、従来の霊長は自覚する前にその座から引き摺り下ろされた』




『だからこそ零落した霊長は取り戻せない玉座をそうとは知らずに奪還しようと試み、結果としてそれはイオたち現行人類への敵対行動として表出する』



 ホモ・サピエンスはある日突然世界を奪われたように感じるだろう。かつて霊長であった彼らは少なくともこの星程度は自分たちで支配していると傲慢に自負するだけの実績を抱えていた。

 それが突然無くなって、理解出来ないモノたちがのさばっているこの現状にいつまでも過去の霊長が恐怖に怯えて暗闇に逃げ隠れしているわけが無い。



『曲りなりにもサピエンスは単一種族として惑星史上最高のキルスコア(殺害数)レパートリー(殺害方法)を持つ殺戮者だからね』



 結果、事態の本質が何であるかも気付かないままに本能的に周囲の“異常”を破壊し、そうやって自分たちにとっての正常と安寧を取り戻そうとするだろう。

 別にイオたちが奪った訳でもないのだが。











『───ところで、“変異者”へのイオたちの認識は彼らの言う“ゾンビ”に近いものだ』


『“ぞんび”? 何だそれ?』


『かつて人であった筈なのに今や会話が成立せず、人類全般に対して敵対的に振る舞う───まあイオ以外の君の種族の大半が私や彼らに抱いている印象と大して変わらない、そういう物だと思ってくれればいい』


 イオたちには汚染や感染という概念が存在しない。そういった物事を侵入ではなく受け入れる物として捉えている節がある。だからこそ典型的なリビングデッドの意味を幾ら丁寧に解説したとしても理解が出来ないのは分かっていた。

 だからこそ迂遠な言い回しになったが、それでも言わんとする事は目の前の肉塊に伝わったらしい。

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