化け物
本田清美は家族の事が特別好きでも嫌いでもない。
強いて言うならば、普通。
大好きと公然と口にした事は一度もなく、それでも嫌い合っている訳では決してなく両親の一人娘だった清美はスクスクと育っていった。
このまま平凡に義務教育を終え、大学では一人暮らしを初めて少しずつ家族と疎遠になり、それでも繋がりが完全に断たれる事はなく社会人になっても時折この実家に戻って来るだろう。
清美はそう思っていた。
全てが崩れたのは、そう、何だったか。
切っ掛けも原因も何も無く、清美の視点からはただ理不尽に全てを奪われたようにしか感じなかった。
今朝、寝起きに冷たい水でも飲もうと部屋を這い出した清美は、向かっている先の台所から物音を聞いた。
きっと母親が朝食を作っているのだと、そう思って何気なく台所に入り───。
肉塊、あまりにも濃い血の臭い、むせるような吐き気のする腐臭。
それが身体に貼り付けているのが、触手の先に引っ掛けているのが血で汚れた母のエプロンであったと気付き、清美は頭が真っ白になった。
凍り付いた思考の中で、考えるより先に身体が、本能が動いた。
「g9n/g9nuk1/」
「7/w11」
汚らしいソレが、母の物を弄んでいる。
台所にそのまま置かれていた包丁を手に取り、気付けば清美は目の前の肉塊に鋼鉄の刃を深く突き刺していた。
苦しいのだろうか。意味の分からない囀りを肉塊は繰り返している。
「……死ねよ、化け物」
きっと、心から何かを殺そうと思ったのはそれが初めてで。本当は怖がったり混乱したりするべきだっただろうに、今の清美にはそれ以外はどうでも良くて。
何度も何度も、動かなくなるまでザクザクと包丁を突き刺す。その度に加速度的に包丁が錆びていくが気にしない。
「q2;q26j51/ t3xyiuidw7t2.11」
「3uq……g9nuk…g9nfbydw.k………」
「あぁああああッ!!!!」
一匹目が弱って来た頃、父親の書斎があった方から二匹目の肉塊が姿を現した。
それの弄ぶ触手の先には父親の腕時計があって、それを見た清美は錆びた包丁を振り上げて二匹目に飛び掛かる。
気付けば動く物のいなくなった家の中で清美は返り血に染まって一人佇んでいた。
『ヤメテ…キヨミ…ヤメテ』
「三匹目……」
群れからはぐれた小柄な肉塊に何度もコンクリートブロックを叩きつけた清美は、漸く呻きも蠢きもしなくなったそれから離れて一息つく。
両親が死んだ。もう会えない。その事実を清美が受け入れるにはまだまだ時間が必要で、それでもあのまま家に居続ける訳にはいかなかった。
たった一晩寝て起きただけなのに、住み慣れていた街はすっかり肉模様に様変わりしていた。
元々の建造物を骨格に文字通り肉付けしたような建物が幾つも見え、その間を醜悪で汚らしい肉の群れが行き交っている。
一目見て、もうどうにかする事は出来ないのだと清美は理解した。
だったら───。
「せいぜい無茶苦茶やって死んでやる」
それは確かに自棄だった。だが何もしないよりは遥かに良いだろう。
清美は潰れて動かなくなった小さな肉塊をボールのように蹴って転がしながら、赤い空模様を反射して血色に染まった川辺へとそれを持って行く。
この肉塊は公園にいた複数の小型の個体の一体だ。───上手くいけば、後4匹やれる。
「死ね。死ね。死ね。死ね。死ね! 死ねよッ!!」
とっくに死んだ肉塊を感情任せに何度も何度も踏みつけにし、最後に思いっきり清美は蹴りつけて川に落とした。
小さいのに矢鱈殺すのに苦労した。無駄にしぶとい。化け物が生きようとするな。
どうして最初に出会った2匹の大型個体はあんなに楽に殺せたのだろう。その秘密が分かれば、もっと沢山殺せるかもしれない。




