9 ヘイシボーロ
帰結まであと275日
この世界にやって来て六日目にあたる日の夕飯時、僕はボーロから明日早朝、食糧調達のための狩に出る話を聞いた。
「あの、その狩に同行させてはもらえないか?」
「同行? お前さんは弓や槍を使ったことはあるのか?」
ボーロは少し硬い顔つきでハルトにそう尋ねた。
「ありませんが……」
「なら、悪いことは言わん、およしなさい。狩は恒に危険と背中合わせの、まさに命懸けの闘いなんじゃ。野生の奇獣と出会すこともあるんじゃからな」
「そこまで言われてあれなんですが、これから盗賊ドラゴンクロウとやり合おうって言うのに、狩の一つもやれないんじゃ先は見えませんよ」
「大きく出たな!」
「槍の使い方を教えて下さい!」
「よし、儂も腹を決めるか……じゃあついて来なさい!」
ボーロに連れられ裏庭で、僕は槍を渡された。
「槍の投げ方を見せてやるわ。あの丸太を獲物と見立てて、ここから槍を投げる。いいな、よく見ておれ!」
ボーロは大きく深呼吸をした後、大きく息を吸って止めて、もう一度槍を投げた。
「シュルシュルストン!」
と投げた槍は丸太に深く刺さった。
「おおっ!」
十五メートルは離れている丸太を、直線的軌道で命中させたのだ。
「コツは手首を固定するイメージで投げるんじゃ」
「固定、ですか……」
確かに固定すれば、投げる時にブレ難くなるかな。
「じゃあ、俺も一投しよう!」
ハルトは言われた通り手首の捻りを使わずにチャレンジする。
深呼吸をした後、息を吸い込んで止めて、手首を捻らないように勢いよく丸太目掛けて投じた。
「ヒュー、トン」
「おいおーい、やるじゃないか。ほれ、もう一本投げてみな!」
「ふぅーっ、え〜い!」
「ヒュー、ストン!」
「いいねいいねぇ、お前さん、本当にいいセンスだ!」
「あっ、ありがとうございます」
「じゃあ狩に連れて行ってやる、ついて来い!」
ボーロはハルトを手招きしながら納屋の扉を開けた。
「うわぁ」
ハルトは納屋に隠し持つ迷彩服や打撃用武器、兵士から奪っただろう甲冑も綺麗に磨かれ飾られていた。
「ボーロさん、これらの武器は……ひょっとしてあなたは兵士だったんじゃ?」
「アハッハ! そう決めつけてくれると胸が痛むじゃないか」
「えっ?」
「まあ、そうだな。あの頃は 弱いものから平気で物を巻上げる最低な兵士だったかもな……」
「最低な……兵士か」
「チェリーが生まれて間もない赤子だった頃じゃ。この近くに住んでいただろう女性が、息絶え絶えに儂にすがり、チェリーにミルクを上げて欲しいと……そう言ったんだ」
「ミルク……ですか?」
「ああ、ミルクじゃ。その女は食事すらまともにしておらず、乳が出ないようでな、赤子を儂に託しながら死んでいったんだ」
「そんなことが……」
「この地域は作物があまり育ちにくい痩せた土壌でな、食物は狩をするか金で買わなければ手に入らん。だから金がないものから死にゆく、そんな厳しい世界で、貧富の差が益々広がっていくんじゃ」
「食えない、それで赤子を引き取ったと」
「儂も一時期は王族に仕える近衛兵にまでのし上がった訳だが、ドラゴンクロウ、あの盗賊らも元は近衛兵団にいたものなんじゃ。あ奴らはドラゴンを操れる特殊な一族でな」
「それがなぜ盗賊に?」
「王国が何者かに乗っ取られてしまってな。奴らは新たな支配者が不思議な魔力を持つ恐ろしき男でな、特殊な能力を持つ者たちを恐れ、謀反の罪に着せられ、こんな荒地の果てにまで追いやられたと言う訳だ」
「ボーロさんは?」
「儂は王様を擁護したことで謀反を起こす逆賊として、王国を追い出されたんじゃ」
「それから、この地に辿り着くまで、弱いものから食糧を奪い、逆らうものには暴力を振るう、最低な兵士に成り下がったのさ」
「そんな」
「そこで託された赤子を、罪滅ぼしのつもりで育てる、いや、贖罪のつもりで育てて来た」
「……チェリーって名は?」
「それは赤子の母が胸につけていたブローチがチェリーだだからな」
「チェリーはそのことを?」
「話してはおらん」
「それで、狩をしてチェリーを育てて来たんですね」
「まあ、そんなこった」
ハルトは納屋で見つけた槍を握り、こう言った。
「ボーロさんもチェリーもこの世界に苦しめられた民、僕はこの世界を必ず変えてやる!」
「それがお前さんがここに来た目的なら、儂は何でも協力してやるからな」
「ありがとう、ボーロさん。手始めに狩に連れて行って下さい!」
「ああ、お安いご用だ!」
ふたりは夕陽が沈みかけた裏庭で硬い握手を交わした。




