第8章:上等兵の防戦一方と、月夜のガールズトーク
1.軍事的衛生管理の言い訳(笑)
「し、水瀬殿! 誤解しないでほしい! これはだな、戦場における『衛生管理』に非常に役に立つ、極めて厳粛な軍需物資(道具)なのだ! 内地にいる時に、衛生兵の上官から『防水や医療用の保護に非常に便利である』と厳密に教授されたからに間違いないんだよ!」
手のひらに2個の米軍製コンドームを載せたまま、佐藤上等兵は直立不動の姿勢で、尋常ではない滝汗を流しながら長々と私に言い訳を説明し始めた。
「それに……その、貴殿のような、うら若き大和撫子の乙女には、まだ少々扱いが難しい、大人の軍事機密というかだな……!」
「……それって、どういう意味よ?」
佐藤上等兵の往苦しい釈明を聞いていたロロちゃんの顔が、文字通り「怒髪天」のようになっていく。金髪の髪の毛が、怒りのオーラで逆立っているかのようだ。
「あちゃー……。完全に墓穴を掘ったクマ……」
流木の上で、クマちゃんが短い手でパシッと頭をかいた。
「コ、コホン! ロ、ロロ殿、話を本業の軍事作戦に戻そうではないか!」
佐藤上等兵はこれ以上ツッコまれるのを恐れて、大慌てで話をミリタリー路線へと誤魔化し始めた。
「貴殿は、この周囲の海域で、米軍の航空母艦(空母)や、艦載機、あるいはB-25のような大型爆撃機は見かけなんだか!? 我が連隊の反撃の機動を計算せねばならんのだ!」
ロロちゃんは腕を組んだまま、フンッとそっぽを向いてぶっきらぼうに言った。
「いねーよ、そんな物。ここにあるのは静かな海だけよ」
「おお、そうか! それは重畳! ではクマ殿、せっかくロロ殿が鹵獲してきてくれたアメ公の最高級ウイスキー(スコッチ)もあることだし、今夜は満天の星空でも見ながら、男同士、静かに国際情勢について語り合いたいものだな!」
「はぁ……。お前のそのガバガバな防衛線を、ウイスキーでアルコール消毒してやりたいクマ……」
深夜の無人島。コンドーム発覚による、なんとも言えない不穏で気まずい空気が、焚き火の周囲をじっと包み込んでいた。
2.羨望と、初めての可愛い褒め言葉
「……私も、そのウイスキー、ちょっと飲んでみたいな」
不機嫌そうに尾ひれをパシャつかせながらも、焚き火の明かりの近くにちょこんと座り直したロロちゃんが、小さな声で呟いた。
私はその姿を、お肉の缶詰をつつきながらじっと見つめていた。
(やっぱり、ロロちゃんがいると……一瞬で、場の空気がパッと明るくなるな……)
社交不安障害の私は、現代の学校の教室では、いつも自分の気配を消して、クラスの空気をギスギスさせないように怯えているだけだった。だからこそ、自分の感情をストレートに表現して、お堅い旧日本兵の佐藤上等兵すらアタフタと振り回してしまう天真爛漫なロロちゃんが、ほんの少しだけ……羨ましくなったのだ。
もし私が、あんな風に明るくて可愛い女の子だったら、学校も不登校にならずに済んだのかな――。
そんな風に、私が少しだけ切ない気持ちで俯きかけた、その時だった。
「ねえ、詩織ちゃん」
「え……?」
海の底に潜るのをやめて、砂浜に上がってきたロロちゃんが、きらきら輝くサファイアブルーの瞳で、私の顔をじっと覗き込んできた。
「詩織ちゃんって、もの凄くお肌が綺麗ね! 髪もツヤツヤだし、毎日きちんとお手入れしてるのね。……陸の女の子って、みんなそんなに可愛いの?」
「――っ!?」
あまりにも唐突で、汚れのない真っ直ぐな褒め言葉に、私は思わず「はひっ!?」と変な声を上げて照れてしまった。顔が一瞬でパァァァッと赤くなる。
「あ、あの……! お手入れなんて、全然、してないよ……! 私はただ、部屋に引きこもってマンガを読んでただけだし、この服だって、ただのグレーのスウェットだし……」
「スウェットって言うのね、そのお洋服。柔らかそうでとっても素敵よ! 金髪の私にも似合うかしら?」
ロロちゃんは嬉しそうに目を輝かせ、私のスウェットの袖をちょんちょんと触って微笑んだ。
人間の女の子の集団は大の苦手で、話すだけでパニックになってお腹が痛くなっていた私。
だけど、目の前で無邪気に笑う金髪人魚のロロちゃんが相手なら、不思議と「怖い」なんて気持ちは、1ミリも湧いてこなかった。
佐藤上等兵はウイスキーのボトルを抱えたまま、私たちの微笑ましい会話を邪魔しないように、静かに紫煙を吹かして微笑んでいる。
時空の歪んだ無人島の、美しい月夜。
私はお気に入りのキャラTの胸元を少し握りしめながら、初めてできた「女の子の友達」のようなロロちゃんに向かって、恥ずかしそうに、でも心からの小さな笑顔を返すのだった。
(第8章・完)




