第6章:変態上等兵の覚醒と、アメ公の謎の缶詰
1.ロロたんと、失われた皇軍の威厳
一体どれくらいの時間が経ったのだろう。
周囲はすっかり夜の帳に包まれ、満天の星空が南国の海を静かに照らし始めていた。
「う、嘘でしょう……。相変わらず、佐藤上等兵さんは倒れたままだよ……」
焚き火の明かりに照らされた佐藤上等兵は、鼻血を垂らしたまま、砂浜の上でピクリとも動かない。もしかして、あの金髪人魚ちゃんの風神雷神ばりの強烈な一撃で、本当に死んじゃったんじゃ……!?
私は急に怖くなって、少し涙目になりながら、佐藤上等兵の九八式夏衣の肩を必死に揺すった。
「佐藤上等兵さん、起てください……! お願いだから目を開けてよ!」
「……っ、う、ううう……」
私の必死の呼びかけが届いたのか、佐藤上等兵はようやく、少しずつ重そうな目を開けた。まだ脳震盪を起こしているのか、まるで極楽浄土の夢でも見ているかのような、完全に締まりのない放心した表情をしている。
私は彼の顔を心配そうに覗き込み、声をかけた。
「だ、大丈夫ですか……?」
すると、佐藤上等兵は焦点の合わない目で私の顔を見つめ、掠れた声でぽつりと言い放った。
「…………ロロたん」
「――は?」
私の口から、開いた口が塞がらないほど冷たい声が出た。
ロロたん? さっきまで皇軍の軍記がどうのこうの言っていた堅物兵士が、殴られたショックで脳のネジが外れて、ロロちゃんを「ロロたん」なんてふざけた愛称で呼んだの?
呆然とする私を、佐藤上等兵はよーく観察するように、その濁った視線を上から下へと動かした。そして、大真面目な顔のまま、ボソボソと呟き始めたのだ。
「……むぅ。よくよく見れば、水瀬殿もなかなかの、おっぱいのボリュームであるな。……うむ、ロロ殿とは違い、二足歩行の人間ゆえ、尻もきちんとついている。実に素晴らしい……」
「っ……!!!!」
私は一瞬で全身の血の気が引き、そのあと一気に顔から火が出そうになった。
なんだ、このド変態はーーーーーーーッッッ!!!!
「いい加減に目を覚ますクマァァーーーッ!!!」
ドガッ!!!
流木から飛び降りたクマのぬいぐるみが、短い足で佐藤上等兵の脇腹に思いっ切り強烈なケリを叩き込んだ。
「ふぎゃっ!? ……お、おお、クマ殿! 痛い、目が覚めた、完全に目が覚めた!」
佐藤上等兵は慌てて跳ね起きると、日焼けした頭をボリボリと掻きながら、何事もなかったかのように立ち上がった。
「いやー、すまんすまん。どうやら漂流の疲れで、悪い夢でも見ていたようだ! 気にしないでくだされ、水瀬殿!」
「…………」
私は完全にひきながら、スウェットの胸元をぎゅっと隠して、彼から3歩距離を取った。
(歴史の教科書でしか知らないけれど……当時の日本兵って、みんなこんなに変態なの!? 嘘でしょ……!?)
2.未知の糧秣、開封のワクワク
「コホン! さて、仕切り直しだ!」
佐藤上等兵は恥ずかしさを誤魔化すように盛大な咳払いをすると、ロロちゃんが持ってきてくれたアメリカ軍の網バッグへと歩み寄った。
「せっかくロロ殿が命がけで(?)持ってきてくれた物資だ。我が軍の胃袋を満たすためにも、早速この缶詰とやらを開けてみようではないか!」
佐藤上等兵は、何食わぬ顔で呑気に言った。
私は彼の変態っぷりに呆れ果てながらも、目の前に並べられた、見たこともない外国の缶詰の山を見つめるうちに、不覚にも胸がどきどきと高鳴り始めていた。
(現代の缶詰とは全然違う……。緑色に塗装された、ずっしりと重い鉄の缶詰。一体、中身は何が入っているんだろう……?)
学校に行けなくて、部屋でずっとマンガや小説を読んでいた私にとって、こういう「未知のアイテムの開封」は、まるで冒険物語の主人公になったみたいで、どうしてもワクワクしてしまうのだ。
「よし、アメ公の缶詰には、こうして専用の『巻き取り鍵』がついているのだ。これを缶の突起に引っ掛けて、ぐるぐると帯状に鉄板を巻き取って開けるのだな」
佐藤上等兵は三十年式銃剣の先で器用に缶詰を弄びながら、楽しそうに説明を始めた。
焚き火のパチパチという優しい音の中、私たちは失神した変態上等兵の騒動をすっかり忘れ、未知のご馳走の登場を、固唾を呑んで見守るのだった。
(第6章・完)




