第5章:夕日のハニートラップと、人魚の尻の行方
1.ドヤ顔の人魚と、アメ公の糧秣
南国の美しい夕日が、水平線の彼方を燃えるような茜色に染め上げ、私たちの無人島を優しく包み込んでいた。
ヤシの実のジュースを堪能し、まったりとした時間を過ごしていたその時、波打ち際から「ザパーン!」と、聞き覚えのある美しい水音が響いた。
「――佐藤上等兵さん! 持ってきてあげたわよ!」
海から姿を現したのは、夕日を浴びてきらきらとブロンドの髪を輝かせるロロちゃんだった。
驚いたことに、彼女は漁師が使うような頑丈な大きな網を、サファイアブルーの尾ひれを力強く激しくくねらせながら、陸地へと引きずり上げていたのだ。
網の中身が砂浜にぶちまけられる。
中から出てきたのは、大量の缶詰の山、ピカピカに光るステンレスのスプーンにフォーク、頑丈なフライパン、そして高級そうなスコッチ・ウイスキーのボトルまであった。
「うわあ……! すごい!」
「おお、これは……!」
私とクマ、そして佐藤上等兵の顔に、一瞬で大歓喜の表情が浮かぶ。
ロロちゃんは濡れた金髪をバサッと揺らし、ふんっと鼻を鳴らして、これ以上ないほどの完璧な「ドヤ顔」をキメてみせた。
だが、山積みの缶詰を検分していた佐藤上等兵の顔が、突如としてミリタリー精神の塊へと引き締まった。
「……ロロ殿、物資の搬送、実にご苦労であったな。……ん? 待て。こ、これは……アルファベットの刻印。アメ公(米軍)の携帯糧秣(Cレーション)ではないかッ‼️」
佐藤上等兵は缶詰を手に取り、複雑そうな表情でブツブツと呟き始めた。
「国際法上、敵国の物資を鹵獲した扱いになるのか……? いや、沈没船からのサルベージだから『現地調達』としてまかり通るか。ううむ……」
2.夕暮れの接吻(予定)と、風神雷神の鉄拳
そんな堅物な佐藤上等兵の呟きを無視して、ロロちゃんは浅瀬から砂浜へとさらに這い上がり、佐藤上等兵の耳元へとしなやかに顔を近づけた。
「ねえ、私、すっごく頑張ったでしょう? 佐藤上等兵さん……わかっているわよね?」
上目遣いで、至近距離から囁かれるロロちゃんの甘い声。
「――っ、わ、わかっているつもりだ。貴殿がそれを望むのなら……」
佐藤上等兵は一瞬で耳まで真っ赤に染まり、全身を緊張でカチコチに硬直させた。
だが、彼は夕日のロマンチックな雰囲気に飲まれたのか、もはや皇軍兵士としての規律を忘れ、吸い寄せられるようにロロちゃんの美しい顔へと自分の顔を近づけていった。ロロちゃんも、少しだけ長い睫毛を震わせながら、美しい顔を小さく上に向ける。
「な……っ!?」
それを見守る背後の流木では、お気に入りのクマのぬいぐるみが完全に呆然と立ち尽くしていた。
そして私はといえば、あまりの生々しい展開に、顔から火が出そうになっていた。
(ど、どうしよう……! 映画のスクリーンやマンガのシーンでしか、こんな大人の恋愛(?)なんて見たことないよ……! 私は今まで男性と全く無縁で生きてきたし、恋愛なんてもってのほかなのに、私の目の前で……恥ずかしい、恥ずかしすぎるよぉぉーーーっ!!)
スウェットの裾をぎゅっと握りしめ、赤面してパニックになる私の前で、佐藤上等兵の理性が完全につなぎ目を失って崩壊した。
彼は吸い寄せられるようにロロちゃんの豊かな胸元に触れ、恍惚とした表情を浮かべた。
「……おお、なんて柔らかいおっぱいなんだ。まるで、極楽浄土にいるかのような気持ちだ……」
ここまでは、まだ良かった(良くはないけれど)。
だが、さすがはカタブツの日本兵、佐藤上等兵だった。彼は至極大真面目な、規律を正すかのような大真面目な顔つきのまま、ロロちゃんの顔を見つめてこう言い放ったのだ。
「――ところで、ロロ殿。貴殿の尻は、一体どこにあるのだ?」
「…………は?」
一瞬、すべての時間が止まった。
次の瞬間、ロロちゃんの顔から一切の羞恥心が消え失せ、怒髪天を衝くかのような凄まじい怒りのオーラが爆発した。
「この、ド変態ーーーーーーーッッッ!!!!」
ロロちゃんは、まるで怒れる風神雷神よろしく、全体重を乗せた強烈な『鉄拳制裁(右ストレート)』を、佐藤上等兵の顔面に炸裂させた。
どがーーーんっ!!!
「ぶふぉっ!?」
佐藤上等兵は、鼻から鮮血(鼻血)を派手に噴き出しながら、砂浜の上へ完全に白目を剥いて失神し、ひっくり返った。ロロちゃんは真っ赤な顔のまま、サファイアブルーの尾ひれで砂浜をめちゃくちゃに叩きつけると、一瞬で海の底へと大激怒のまま潜って消えていった。
静まり返る、美しい無人島の夕暮れ。
白目を剥いて倒れる佐藤上等兵を見下ろしながら、流木の上のクマが、心底哀れみのこもった声でぽつりと言った。
「……やっぱり、男はバカだクマ」
私は真っ赤になった顔を両手で覆ったまま、夕日の美しさと、あまりのカオスな展開の落差に、ただただ立ち尽くすしかなかった。
(第5章・完)




