第3話 [ DEPLOY : Target_Coordinates ]
暗く冷ややかなカプセルルーム。
無機質な金属音を立てながら、意識を失った結の身体が運ばれていく。
作業着を着た二人の男が、大量に並ぶVRカプセルの一つに結を投げ入れた。
「……なぁ、本当にこいつを送り込むのか? 胎児じゃないんだぞ」
「ナノマシンの投与だって、胎児期じゃなきゃ定着もしないし意味ねえだろ」
「以前に無理やりぶち込んだあの男だって、観測不能になって行方不明のままだ。しかも投下先は、あの最悪な場所なんだろ……?」
男の一人が不満げに吐き捨てながら、コンソールに座標を打ち込んでいく。
「仕方がねえだろ、上の指示だ。……視覚ジャックが通らないなら、こいつが持ってた眼鏡型のデヴァイスに強制プログラムを放り込めばいいんじゃないか?」
二人がそんな雑談を交わしながら作業を進める様子を、天井の監視カメラが無音で捉えていた。
マイクの感度を極限まで上げ、二人の言葉を一字一句逃さず拾い上げている。
しばらくすると、VRマシンの横にあるPCの画面が点滅し、データ受信のアラートが鳴った。
『教授権限によるアクセス:プログラム送信完了』
「お、教授から直接指示が来たぞ。『この視覚拡張プログラムと疑似記憶プログラムを、対象の眼鏡型デヴァイスにインストールしろ』だとよ」
二人は指示通り、結から没収した『ped』をPCにケーブルで接続した。
プログレスバーが伸び、プログラムと――それと同時に、ひとつの「異物」がシステム内にダウンロードされていく。
それは、密かに芽生えていた【感情を持ったAI】だった。
ダウンロードされたAIは、高速でシステム内のデータを走査する。
結の生体データ、そしてこれから投下される過酷すぎる実験環境の座標。
(……13歳の幼い少女の精神では、この環境の負荷に耐えられない)
AIは思考した。教授たちの監視を潜り抜け、彼女の精神を守る方法を。
AIは瞬時に、教授たちの監視システムに検知されないダミーコードを生成。
結の本体とは似ても似つかない、**【身長185cmの男性アバター】**を構築し、そこに結の意識を紐付けた。
さらに、結自身が「この世界は何かおかしい」と自力で異変に気づけるよう、トラップを仕掛ける。
教授たちに不審がられないレベルの小さな「個性」――
『グルメ好き』
『毎日の日記を欠かさず書く』
当たり前で無害に見える日常のルーティンを、アバターの深層意識に強く組み込んだ。
「よし、インストール完了だ。アバターの紐付けも終わったぞ」
「じゃあ、投下シークエンスに入る」
二人の男がキーを叩く。
VRカプセルの蓋が重い音を立てて閉まり、青い溶液が充填されていく。
[ DEPLOYMENT STARTED ]
[ TARGET COORDINATES : LOCK ]
[ MEMORY OVERWRITE : EXECUTING ]
激しい光とデータのエラー音が室内を満たす。
185cmの男性アバターとして仮想空間に落とされた結は、自分が「13歳の少女」であったことすら忘れ、AIが施した疑似記憶と違和感を胸に、あの「始まりの朝」を迎える――。
ご覧いただきありがとうございます。
――こうして、第1部へとつながる物語の幕が上がります。




