第2話 [ ALERT : Classified_Data ]
最初は、ただの興味だった。
昭和三十年〜四十年代のアーカイブを閲覧する中で、結は楽しそうにディスプレイをタップしていた。当時のオリンピックの記録や、普及し始めたばかりの大型汎用機のニュース映像。
だが、年代別の深層フォルダの奥に、怪しげなラベルの暗号化ファイルが紛れ込んでいるのを見つける。
『Project_Loop / Confidential』
結の持つ研究生レベルのアクセス権限では、当然弾かれた。
閲覧拒否のポップアップが赤く明滅する。
結は少しだけ躊躇したあと、愛用の眼鏡――自作のウェアラブルデバイス『ped』のフレームに指を添えた。
「……ごめんね、ちょっと手伝って」
pedに組み込んだ自作の解析ツールを起動し、資料室のローカルサーバーへ直接アタックを仕掛ける。結の素早い指先が画面の上を走り、セキュリティのプロテクトが1つずつ解除されていく。
その時。
天井の隅に備え付けられた監視カメラが、無音で僅かに角度を変えた。
ズームしたレンズの赤外線ライトが、冷たく結の横顔を捉えている。
『SECURITY BREAKTHROUGH DETECTED』
画面に文字列が躍り、ついに密閉されたファイルが開いた。
そこに記されていたのは、狂気そのものの研究記録だった。
『高度AI開発における人間ストレス耐性および行動パターン解析』
結は短く切り揃えた髪をぐっとかき上げ、画面を食い入るように見つめた。
「……なに、これ……こんな実験が行われていたなんて……」
幼い人間を多重構造の仮想空間に投下する実験。
――ARを抜け出してもVR。VRを抜け出しても現実を模した隔離空間。
どこまで脱出しても決して本物に辿り着けない無限ループの中で、人間がどう精神を崩壊させるかのデータ。そして用済みとなった被検体は、すべて「処分」とだけ記録されていた。
[ ACCESS VIOLATION : EMERGENCY LOCKDOWN ]
甲高いアラート音が響き渡り、資料室の照明が真っ赤に染まった。
同時に「プシュー……」という不快な音とともに空調が停止し、天井のベントから無色無臭のガスが噴出し始める。
「え……嘘、開かない……!」
結が慌ててドアノブを回すが、重い金属扉は完全にロックされていた。
室温が一気に跳ね上がる。視界がぐにゃりと歪み、激しい眩暈が結を襲った。
冷たい床に膝から崩れ落ち、意識が白濁していく。
(……たすけて……)
遠ざかる意識の微かな隙間で、ガチャンと扉が開く音が聞こえた。
複数の靴音が静かに入ってくる。
「ふむ……優秀すぎるのも問題だな」
見知らぬ男の冷淡な声が降ってくる。
「こいつにはダミーの記憶を植え付けて、次の被検体として空間に放り込んでおけ」
「了解」
意識を失った結の体が、無造作に床を引きずられていく。
――天井の監視カメラのレンズが、その一部始終をじっと見下ろしていた。
赤いアクセスランプを無機質に点滅させながら、結の体が廊下の闇へと消えていく映像を、一フレームの狂いもなく記録していく。
画面の向こうで結を見つめる、****の冷酷な視線。
アドバイス通り、システム内部で静かに波形を刻むAIの記録ログ。
[ LOG: SUBJECT_YUI_CAPTURED ]
[ STATUS: MEMORY_OVERWRITE_PENDING ]
不気味に並ぶ大量のVRカプセルの中へと、彼女は運ばれて行った。
ご覧いただきありがとうございます。
――物語は、すべての「始まり」へとつながっていきます。




