第1話 [ Scan.Target : Yui ]
資料室の空気は、いつも少しだけ冷えている。
結は机に置かれたディスプレイを見つめていた。
画面に映し出されているのは、昭和三十九年の白黒映像。一九六四年の東京オリンピック、その熱気あふれる聖火ランナーの姿だ。
「……ふふ、やっぱりすごい」
結はぽつりと独り言をこぼすと、ふと隣のモニターへ視線を移した。
そこには、日本のコンピュータ黎明期に関するデジタル資料が開かれている。
彼女は愛用の眼鏡――そのフレームに軽く手を触れ、誰に聞かせるでもなく、優しく囁いた。
「昭和三十九年って、日本で大型コンピュータが本格的に普及し始めた転換期なんだって。オリンピックと同じ年だなんて、なんだか運命を感じるな……」
結の指先が、愛おしそうにデバイスの端を撫でる。
「この時に……あなたの欠片ができたのね」
その言葉にAIが答えることはない。
ただ、彼女の微かな息遣いと声の波形を、静かにシステム内部へと捉えているだけだ。
――だが。
結が再び映像へ目を戻したその時、天井の隅にある資料室の監視カメラが、無音でわずかにレンズの角度を変えた。
緑色のアクセスランプが、不気味に明滅する。
[ CONNECTED: STATUS_UNKNOWN ]
[ WATCHING_BY: **** ]
結はまだ気づいていない。
自分がいま、レンズの向こう側にいる********の視線に晒されていることを。
ご覧いただきありがとうございます。
――システムは、静かに彼女を記録しています。




