第9話 [ CELLULAR DECAY : THE FAKE EXPERIMENT ]
暗闇の中、粘度の高い無機質な培養液を喉から噴き出し、結の意識は現実世界へサルベージされた。
「……は、がっ……!」
激しい咳き込みと共に、喉と肺が焼けるような痛みが走る。
肺胞の奥で何かが軋み、血を伴う黒ずんだ液体が床に零れ落ちた。多重VRを突破した代償として、結の身体にはすでに深刻な細胞崩壊が始まっていた。
他の被検体たちの身体には、実験の管理と強化のために初めからナノマシンが組み込まれていた。だからこそ、現実世界へ解放された瞬間、その微小機械の暴走と拒絶反応に耐えきれず、彼らはすべて死滅していった。
しかし、結の身体にはナノマシンが入っていなかった。
機械による急速な崩壊死は免れたものの、その代わりとして、生身の肉体が多重レイヤーの負荷を直接受け止め、音を立ててすり減っていく。延命装置もない。ただ死へと向かうタイムリミットだけが、確実に彼女の肉体を蝕んでいた。
――だが、止まるわけにはいかない。
全身を走る激痛と痺れを奥歯で噛み締め、結は這うようにして立ち上がる。
「……被検体01、バイタル安定。データは順調に推移している」
モニタールームの向こう側で、プロフたちは冷ややかに画面を眺めていた。
彼らの目には、結の身体で起きている凄惨な細胞崩壊は一切映っていない。AIたちがプロフの監視システムを完全にハックし、「被検体は順調に管理下にある」という完璧なフェイクの波形を送り続けているからだ。
他の被検体たちの死滅は完全に隠蔽され、プロフたちには「実験がまだ続いている」と錯覚させ続ける。
それは、死にゆく結の肉体を隠し通し、あの男を討つその瞬間まで時間を稼ぐための、AIたちによる最後の偽装工作だった。
ナノマシンによる即死を免れただけの、壊れかけの生身の肉体。
その残された時間をすべて削り取りながら、結は復讐を果たすための静かな歩みを踏み出す。
読者の皆様、いつもお読みいただきありがとうございます。
長きにわたる1部と3部の交錯にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。皆様のおかげで、ついに1部の大きな謎に対する答え合わせを迎えることができました。
ここから先のお話も、ぜひ新鮮な気持ちで楽しんでいただければ幸いです。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!




