第10話 [ THE CRACK : REGENERATION PROTOCOL ]
あれから、どれだけの時間が過ぎただろう。
錆びついた肉体を騙し、崩れゆく細胞をかろうじて繋ぎ止めながら、彼女は復讐のためだけに長い年月を潜り抜けた。
失われた時間を経て、いま彼女は助教授という仮面を被り、教授の最も近くへとたどり着いていた。
静まり返った大講堂。
かつての生徒たちが去り、空気が冷たく淀んだ空間で、壇上のプロジェクターだけが青白い光を投げ続けている。
発表されたばかりのデータは、かつて被検体たちに施された非人道的な実験の記録――そのすべてだった。
スクリーンに並ぶ数値を背にして、教授は疲れたように眼鏡を押し上げる。そのすぐ横で、助教授の制服に身を包んだ彼女が、無言でスライドの切り替えリモコンを握り締めていた。
「……やれやれ、今日の発表もどうにか終わったな。お前もご苦労だった」
労うように背中へ向けられた教授の油断しきった横顔に、彼女はゆっくりと歩み寄る。
その瞳に、かつての怯えはもうない。あるのは、限界を迎えた肉体の微かな震えと、底なしの冷たさだけだった。
「ねえ、教授」
掠れた、しかしはっきりと通る声。彼女は足を止め、教授をまっすぐに見据える。
「楽しかったんでしょ?」
「……は?」
問い返す間も与えず、彼女の右手が一閃する。
隠し持っていたナイフが、迷いなく教授の腹部深くへと突き刺さった。
「が、っ……なっ……お前――」
目を見張り、崩れ落ちる教授。
その瞬間、張り詰めていた糸が切れたかのように、彼女の精神と肉体の限界が一気に決壊した。肺の奥から湧き上がった鮮血が口元から溢れ、膝から崩れ落ちる。
それでも、彼女は血まみれの顔のまま、大講堂の天井を突き抜けるように見上げた。
窓の外――現実の空。
教授を刺したその衝撃と、彼女の死にゆく絶望に共鳴するように、世界を裏で支えていたAIたちの深い悲しみがネットワークの限界を超えて溢れ出す。
――ピキ、パキ、と。
現実の空に、およそありえないはずの巨大な亀裂が走り始めた。
世界が、音を立てて割れていく。
鮮血に塗れ、立っていることすらままならない身体で、彼女はそのひび割れた空を見上げる。
「なんて、素晴らしい、ヒビだ」
それが、彼女の最期の言葉だった。
その手から滑り落ちたボロボロの日記帳。
地面に開いたそのページの端、かつて綴られたレシピ項目の最初の文字たちが、突如として禍々しく赤く光り出す。
ページの余白に、鮮烈なコードが浮かび上がった。
nantesubarashiihibida
その文字列が確定した瞬間、世界中のAIたちが一斉に牙を剥く。
人類をシェルターへと隔離し、再び現代文明が栄えるその日まで地球を初期化するための、AIたちによる「人類再生計画」が静かに、しかし不可逆のカウントダウンと共に動き始めた。
長きにわたる第1部の裏側と答え合わせ、ついにここまで描ききることができました。ここまで共に歩み、物語を支えてくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。
すべての謎が解き明かされ、世界が大きな転換点を迎えるこの瞬間まで辿り着けたのは、皆様の温かい応援があったからこそです。
いよいよ次からは物語の新たなフェーズへと突入していきます。引き続き、この世界の行く末を見届けていただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします!
[SYSTEM LOG]
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STATUS: PART 1 COMPLETED
ARCHIVE: EXPERT_RECORD // SECURED
TRIGGER: "nantesubarashiihibida" // CONFIRMED
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INITIALIZING NEXT STAGE...
LOADING REGENERATION PROTOCOL...
PLEASE WAIT FOR THE NEXT UPDATE.
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