4-1-9 休日の散策
休日の朝、小桜は電車を乗り継いで智絵里の通う高校の最寄り駅までやって来ていた。普段はめったに訪れないエリアで、見知らぬ街並みがどこか新鮮に映る。駅前には学生向けの店が並び、少し歩けば細い路地の先に小さなカフェや雑貨屋が顔を覗かせていた。
休日らしい穏やかな空気が流れており、平日の慌ただしさとは違う時間が、この街にはゆっくりと流れているように感じられる。
雑居ビルの一階に、小さなペットショップが入っていた。ガラスケースの中で丸くなって眠る猫を見て、小桜は思わず足を止める。
「猫飼いたいなぁ」
小桜が独り言のように呟くと、スマホ越しにグラビティウムが静かに応じた。
「サーラよ。おぬし、何をしているのだ? 智絵里の足取りを追うためにここまで来たのであろう?」
「そうだけど、今は散策って感じかな。ぶらぶらしてるだけ」
小桜は少し照れくさそうに笑った。
「だって、普段なかなか来ない場所だし。ほら、このカフェとか、すごくおしゃれじゃない?」
視線の先には、ウッドデッキ風のテラス席を備えたカフェがあった。ガラス張りの店内にはアンティーク調の家具が並び、休日を楽しむ若者たちの笑い声が柔らかく漏れ聞こえている。
「……やれやれ。これが百年を生き延びたマスター・ウィザードの姿とはな。今さらカフェ巡りとは、嘆かわしい」
「何それ、失礼だなあ」
小桜は思わず吹き出した。
「別に観光気分ってわけじゃないよ。ただ、智絵里ちゃんがどんな場所で暮らしてるのか、少しでも知れたらいいなって思っただけ」
「ふむ。だが、彼女が今この街で何を求め、何に怯えているのか──おぬしの言う“ぶらぶら”で探れるものか?」
「うーん……それはそうかも」
小桜は苦笑しながら歩き続けた。
確かに効率だけを考えるなら、グラビティウムに徹底的に情報を追わせた方が早いのかもしれない。それでも、小桜は自分の目でこの街を見てみたかった。智絵里が毎日歩いている景色や、何気なく立ち寄る店を知れば、彼女の抱えている不安にも少し近づける気がしたのだ。
「ともかく、歩いてみようよ。グラビティウムがそんなに急かすなんて珍しいね」
「確かにこの国は平和で、命を賭して戦う必要も無さそうだが」
その言葉に、小桜は少しだけ笑う。
「魔法がないほうが、案外平和だったりしてね」
するとグラビティウムは、わずかに間を置いて答えた。
「……サーラよ。おぬしの言う平和の理想が正しきものならば、銃火器の議論が絶えぬこの世界で、平和などという幻想を語るのは滑稽であろう」
「……銃火器?」
小桜は思わず眉をひそめた。
「どういう意味?」
「世界が進歩するにつれ、力を“道具”として扱う者は必ず現れる。魔法もまた同じだ。我が恐れるのは、おぬしの心にある安易な理想主義よ」
小桜はグラビティウムの言葉の意味を考えようとした。しかし、その時だった。
「サーラ、気配を感じるぞ。そこの角にいる少女を見よ」
促されるまま視線を向けると、帽子を目深に被った少女の姿が目に入った。
智絵里だった。
周囲を何度も気にしながら、不安げに視線を巡らせている。以前SNSで見ていた、あの堂々とした姿とはどこか違う。誰かに追われているかのように落ち着きなく歩き、やがて道端のコンビニへ入っていった。
「ビンゴ……」
小桜は思わず小さく声を漏らした。
「ほら、やっぱりここにいた」
「……さては知っていたのか?」
グラビティウムが半ば呆れたように尋ねる。
「ううん、偶然。でも、智絵里ちゃんのことなら、何となくこういう場所にいそうだなって思っただけ」
小桜は少し誇らしげに笑った。
「伊達にファンやってないからね」
コンビニのガラス越しに、智絵里の姿がぼんやりと見える。飲み物を手に取っては戻し、棚の前を何度も行き来しながら落ち着かない様子で周囲を気にしていた。
智絵里は普段の投稿では、流行のカフェや雑貨店を巡る姿ばかり見せていた。
どちらかといえば、こうした生活感の強いコンビニへ慌ただしく立ち寄るような印象はない。
それだけに、帽子を深く被ったまま棚の間を落ち着きなく歩き回る彼女の姿は、どこか奇妙に見える。
その姿を見つめながら、小桜は胸の奥が少し痛むのを感じた。
SNSの中の智絵里は、いつも自信に満ちていた。周囲の視線を集めることにも慣れていて、どこか眩しいくらいだった。
だが今の彼女は違う。
まるで、見えない何かに怯えているようだった。
「智絵里ちゃん……どうしてこんな風になっちゃったんだろう……」
小桜は小さく呟いた。
グラビティウムは静かに応じる。
「おぬしが惹かれた少女は、少なからぬ闇を抱えておるのかもしれんな」
小桜はしばらく黙り込んだまま、コンビニの入口を見つめ続けていた。
そしてやがて、智絵里が店から出てくるのを待つように、そっと物陰へ身を寄せた。
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