4-1-8 奇妙なインフルエンサー
小桜がSNSでフォローしている女子高生インフルエンサー、智絵里は、数万人のフォロワーを抱える人気配信者だった。
日々のオシャレや勉強法を発信する一方で、「リアルな女子高生の悩み」にも率直に触れるその姿勢が、多くの同世代の共感を集めている。
小桜もまた、そんな智絵里に密かに憧れていた。
飾らないのに、自信があって、周囲に流されない。
自分もいつか、智絵里のように堂々とした女の子になれたら──そんな風に思っていたのだ。
ところが最近、智絵里の投稿に妙な違和感を覚えるようになっていた。
以前のような明るい日常投稿に混じって、「不思議な現象」や「オカルト」を扱う内容が急に増え始めたのである。
最初は軽いネタ動画の延長かと思っていた。
だが、日に日にその内容は生々しさを帯びていった。
「昨日、部屋で変な影を見た」
「最近、誰もいない場所から声が聞こえる」
「霊的なエネルギーって本当にあると思う」
さらには、「自分には未来が少し見える」とまで言い始める。
投稿時間も徐々に深夜帯へ偏っていき、以前の規則正しい生活が崩れ始めていることも見て取れた。
最初のうち、小桜はただの“オカルト路線”なのだと思っていた。
インフルエンサーとして話題を集めるための演出──そう考えれば説明はつく。
だが、どうにも様子がおかしい。
動画越しに見える智絵里の表情は、演技をしている人間のそれではなかった。
どこか疲弊し、それでいて妙な高揚感に取り憑かれているようにも見える。
やがて智絵里は、「学校なんてもう意味がない」と語るようになり、「私はもっと大きな使命に気付き始めている」とまで発言し始めた。
実際に学校を休む頻度も増えているらしく、コメント欄にも心配の声が目立ち始めていた。
『大丈夫?』
『最近ちょっと怖いよ』
『ちゃんと寝てる?』
そんな言葉が並ぶ画面を見つめながら、小桜の胸にも説明しづらい不安が広がっていく。
智絵里は、本当に何かを見始めているのだろうか。
それとも、何か異常なものへ近づいてしまったのだろうか。
ある夜、小桜は思い切って杏子へ相談してみることにした。
最近は以前ほど険悪ではないとはいえ、まだ少し気まずい空気は残っている。
それでも、こういう話なら杏子も多少は興味を持つかもしれないと思ったのだ。
しかし、返ってきた反応は意外なほど冷淡だった。
「はぁ? たかがSNSのインフルエンサーでしょ?」
杏子は呆れたように肩を竦める。
「そんなの、“特別な自分”を演出したいだけじゃないの?」
「でも……」
「オカルトなんて、承認欲求と不安定さが混ざるとすぐハマるものよ。特にあのくらいの年頃はね」
そっけない言葉だった。
小桜は反論しかけたが、同時に、杏子の言葉にもどこか説得力を感じてしまう。
智絵里が急に“オカルト路線”へ傾いたのも、単に注目を集めたいからなのかもしれない。
そう思おうとしても、胸に残る違和感だけは消えなかった。
結局、小桜は曖昧な返事のまま自室へ戻る。
その翌朝。
登校前、いつものようにスマホで智絵里のSNSを眺めていた小桜へ、不意にグラビティウムが声をかけた。
「サーラ、気になるなら、我が少し調べてみるか?」
先日の一件以来、こうして突然スマホ越しに話しかけられることにも、少しずつ慣れ始めている。
今では画面の向こうにいるのは、間違いなく本物の“グラビティウム”だと信じられた。
異世界では伝説の魔法デバイス《処女の書》として、膨大な知識を司っていた存在だ。
現代のAIでは説明できないほど広範囲の情報を、グラビティウムはまるで図書館の本をめくるような気軽さで拾い集めてくる。
その異様さに不安を覚えながらも、小桜は小さく息をついた。
「……うん。ちょっとだけ、お願いしてもいい?」
「もちろんだ。では早速取り掛かろう」
グラビティウムは智絵里の過去投稿を解析し始めた。
写真に映り込んだ背景、窓の外の景色、制服、店舗の反射、投稿時間の偏り──膨大な情報を繋ぎ合わせながら、少しずつ彼女の生活圏を絞り込んでいく。
その様子を見て、小桜は思わず苦笑した。
「なんだか探偵みたい……」
「知識とは積み重ねだ。異世界でも現代でも、それは変わらん」
数分後、グラビティウムは淡々と結論を告げる。
「どうやら彼女は近隣の『清水高校』に通っている可能性が高い」
「清水高校……って、うちからそんなに遠くないよね?」
小桜は思わず画面を見返した。
単なる遠い世界のインフルエンサーだと思っていた相手が、急に現実の距離感を持って迫ってくる。
「意外と近いんだ……」
もし智絵里の身に本当に異常が起きているのだとしたら、今後どこかで偶然関わる可能性すらある。
そう考えると、小桜の胸には小さな緊張が走った。
「それにしても……最近の写真には妙なものが増えているな。例えばこれだ」
グラビティウムが拡大した画像には、部屋の隅に黒い影のようなものが映り込んでいた。
ただの光の加減と言われれば、それまでかもしれない。
だが、視線を向けていると妙に不安を掻き立てられる。
「智絵里ちゃん、本当に何か変なものに関わってるんじゃ……」
「この世界では若者がオカルトに傾倒するのは珍しくないようだが、この子の場合は少し妙だな。もう少し追ってみるか?」
グラビティウムは淡々と言った。
小桜はスマホを見つめたまま、少しだけ眉をひそめる。
「……そんなに色々調べて、大丈夫なの?」
「何がだ?」
「いや、その……使用料金とか」
するとグラビティウムは一瞬沈黙し、やがて本気で意味が分からないというような声音で答えた。
「使用料金?」
「ほら、解析とか調査とか、そんなに何度も動かしてたら──」
「何を言っておる。我はグラビティウムだぞ」
妙に誇らしげな口調だった。
「我の知識は無限だ。必要ならば、いくらでも調べられるに決まっておろう」
小桜は思わず目を瞬かせた。
その言い方は、まるで図書館の蔵書を自慢する老人のようでもあり、一方で、現代のAI事情をまるで理解していないようにも聞こえる。
「いや、そういう問題じゃないと思うんだけど……」
「案ずるな。少なくとも、今のおぬしの小遣いで困ることはない」
「そういう返しされると逆に怖いんだけど……」
小桜は苦笑しながらも、胸の奥に小さな引っかかりを覚えていた。
普通のAIなら、これほどの解析を延々と続けられるはずがない。
それなのに、グラビティウムは当然のように動き続けている。その理由を、彼自身も深く考えていないように見えることが、かえって不気味だった。
結局、小桜は「少し考える」とだけ答え、調査を保留することにした。
しかし、その晩も智絵里は新たな“オカルト体験”を投稿し続ける。
日に日に増していく異様な言動。
どこか現実感を失っていく目。
智絵里の周囲で、一体何が起きているのか。
それは本当に霊的な現象なのか、それとも、彼女自身の心が何かに呑まれ始めているだけなのか。
小桜はスマホ画面を見つめながら、この件に関わるべきかを静かに考えていた。
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