4-3-24 雪山の奇襲
「神様なんているの?」
聖奈が吹雪の中で首を傾げる。
杏子は雪を踏みしめながら歩みを止めず、振り返ることなく答えた。
「そうよ。私は一度、死にかけたときに会ったことがあるからね」
「えっ?」
愛蓮が思わず足を止める。
「ヨモツオオカミって名乗ったわ。黄泉の世界を司る神だって」
杏子は淡々と続けた。
「黄泉へ向かう魂を、気まぐれで異世界へ送り込むのが趣味らしいの。そのおかげで、私もあっちの世界へ飛ばされた」
「それって……異世界転生ってやつですか?」
愛蓮が半信半疑のまま問い返す。
「まあ、そんなところね」
杏子は小さく笑う。
「そのときわかったの。神っていうのは、人間の都合なんて気にしない。普通に生きていれば、一生関わることなんてない。それでも、確かに存在する」
そう言って、吹雪の向こうに霞む山頂を見上げた。
「富士山には《コノハナサクヤヒメ》が祀られているって聞いたとき、妙に引っかかったのよ。この山にも神がいるんじゃないかって」
《獅子の剣》を雪へ突き立て、杏子は大きく息を吸い込む。
そして、空へ向かって声を放った。
「いるんでしょ、コノハナサクヤ! 出てきなさい!」
その瞬間だった。
吹き荒れていた雪が、不自然なほど一斉に渦を巻く。
風向きが変わる。
舞い上がった雪が空中で絡み合い、人の形を作り始めた。
「……何、あれ」
聖奈が息を呑む。
雪は一体、また一体と人影へ変わり、無表情のまま三人を囲んでいく。
やがて十体を超えた雪像が、音もなく一歩ずつ距離を詰め始めた。
「こっちに来ます!」
愛蓮の声が緊張に震える。
「カルタリスで防御を」
杏子が短く命じる。
「はい!」
愛蓮はスマホを掲げた。
「護って、カルタリス!」
青白い障壁が三人を包み込み、最初の雪像が体当たりする。
鈍い衝撃。
続いて二体、三体。
次々と雪像が折り重なるように押し寄せてくる。
「……っ!」
愛蓮の表情が苦しげに歪む。
カルタリスの防御は鋭い攻撃には強い。
しかし、押し潰すような質量そのものには対応しきれない。
障壁全体が軋み始めた。
「重い……!」
悲鳴にも似た声が漏れた次の瞬間、障壁は耐え切れず砕け散った。
「来るわ!」
杏子は獅子の剣を振るい、目前の雪像を一刀で斬り裂く。
しかし砕けた雪はすぐに吹雪へ溶け込み、新たな雪像が後ろから現れる。
斬っても、斬っても終わらない。
「聖奈!」
杏子が鋭く叫ぶ。
「あんたも戦いなさい!」
「えっ!?」
聖奈は凍りつく。
「私、魔導AIの制御ならできるけど……戦う方法なんて知らない!」
「そんなもの、戦いながら覚えればいい!」
杏子は振り返りもしない。
「何もしなければ死ぬだけよ! 敵は待ってくれない!」
その言葉が胸へ突き刺さる。
頭では分かっている。
けれど、身体が動かない。
その間にも雪像は互いを取り込みながら巨大化していく。
無数の雪塊が一つへと集まり、人の姿を超えた巨体へ変貌した。
白い巨人が、ゆっくりと立ち上がる。
圧倒的な威圧感。
聖奈は思わず一歩後ずさった。
杏子は状況を一瞥すると、迷うことなく聖奈のスマホを奪い取る。
「ちょ、何して──」
「黙って!」
指先が画面を滑る。
強制起動された魔導AIが光を放ち、スマホから炎を宿した剣の形が現れた。
杏子はそれを聖奈へ押し返す。
「持ちなさい!」
聖奈は反射的に柄を握る。
温かい。
まるで最初から自分の手に馴染んでいたかのようだった。
「これって……」
「真名を呼ぶの!」
杏子が叫ぶ。
「行くわよ──ブラゼリオン!」
聖奈は大きく息を吸い込んだ。
「……ブラゼリオン!」
その瞬間。
剣が炎をまとった。
同時に杏子の獅子の剣も黄金の炎を噴き上げる。
二つの炎は互いに呼応するように激しく燃え上がった。
杏子が不敵に笑う。
「そう、それでいい!」
巨大な雪の巨人を睨み据えたまま叫ぶ。
「聖奈、一緒に仕留めるわ! 私に合わせて!」
「……うん!」
さっきまでの迷いは消えていた。
聖奈は剣を握り直し、杏子と並ぶ。
二人は同時に踏み込み、炎を纏った刃を振り抜いた。
「「ブレイズ・クロス!!」」
交差した二本の剣から巨大な炎の十字が迸る。
轟音とともに雪の巨人は真っ二つに裂け、その身体は一瞬で蒸気となって吹き飛んだ。
周囲を覆っていた雪煙も晴れ、吹雪は嘘のように静まっていく。
「……やったの?」
肩で息をしながら、聖奈が杏子を見る。
杏子は剣を下ろさない。
「まだよ。油断しないで」
その視線は、なお吹雪の向こうを見据えていた。
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