4-3-22 軽装の富士登山
杏子たち三人は電車を乗り継ぎ、富士山へ向かった。
車窓の向こうには、少しずつその姿を大きくしていく富士山が見える。
杏子は黙ったまま、その山をじっと見つめていた。
「やっぱり、ここしかないわね……」
小さく漏らしたその声には、ようやく目指していた場所へ辿り着けるという期待が滲んでいた。
霊峰と呼ばれ、古くから神が宿る山として語り継がれてきた富士山。もしこの世界に魔力の源が残されているとすれば、最も可能性が高いのはここだと、杏子はずっと考えていた。
その隣では、聖奈がスマホで現在の天気や登山情報を調べていた。
「今の時期って登山シーズンじゃないんだね。夏場とは違って、頂上付近は氷点下になるって……」
画面を見つめながら、不安そうに呟く。
愛蓮も隣から画面を覗き込み、眉をひそめた。
「それに、初心者向けのコースも封鎖されてるみたいですよ。大丈夫なんですか、杏子さん」
杏子は特に気にする様子もなく、肩に掛けたスキーケースの位置を直しながら答えた。
「大丈夫よ。私たちには魔導AIがあるし、それに計画の目的は頂上そのものじゃないわ」
「でも、こんな軽装で登るのって無茶じゃないですか?」
愛蓮の問いにも、杏子はあっさり肩をすくめる。
「無茶かどうかは、やってみないとわからないわ」
そう言うと再び窓の外へ視線を向ける。
その横顔には、不安よりも期待の方が大きく表れていた。
やがて電車を降り、さらにバスを乗り継いだ三人は、富士山の登山口へ到着した。
しかし、目の前に広がっていたのは予想通りの光景だった。
登山道は頑丈な柵で閉ざされ、立ち入り禁止の看板がいくつも並んでいる。
「ほら、やっぱり無理よ!」
聖奈が看板を指差す。
「これ、完全に立ち入り禁止って書いてありますよ!」
愛蓮も思わず声を上げた。
杏子は注意書きへ軽く目を向けると、
「ふーん」
と小さく鼻を鳴らしただけだった。
しばらく周囲を見渡したあと、柵の脇へ続く細い踏み跡を見つける。
「封鎖なんて形だけよ。問題ないわ」
そう言って迷いなく歩き始める。
「え、本当に行くの?」
聖奈は思わず立ち止まった。
杏子は足を止めると、ゆっくり振り返る。
その視線は冷静だった。
けれど、引き返すという選択肢そのものを理解できないと言わんばかりの冷たさが宿っている。
「もちろん」
短く返した声にも、一切の迷いはなかった。
「私たちには《白羊の盾》がある。それに、《獅子の剣》もある。この程度で引き返すつもり?」
責めるような口調ではない。
だからこそ、その一言は逃げ道を残さなかった。
聖奈と愛蓮は思わず顔を見合わせる。
ここまで来てしまった以上、今さら自分たちだけ帰るとは言い出せない。
杏子は二人の返事を待つこともなく、当然のように登山道へ歩き出した。
「……わかったわ」
聖奈は観念したように息を吐き、その背中を追う。
「無理だけはしないでくださいね」
愛蓮も小さく震えながら続き、三人は封鎖された登山道へ足を踏み入れた。
登り始めの道は思っていた以上に歩きやすかった。
秋の澄んだ空気は心地よく、緩やかな登山道を進むだけなら軽いハイキングにも思える。
「案外、大したことないじゃない」
聖奈が少し安心したように笑う。
「そうですね。このくらいなら普通に──」
愛蓮が言いかけた、その時だった。
標高が上がるにつれ、風が急に冷たさを増していく。
木々の間を吹き抜けていた風は、いつしか真正面から体を押し返すような強風へと変わっていた。
杏子は歩みを止めず、前だけを見据えている。
その表情は変わらない。
だが、空はいつの間にか厚い雲に覆われ始めていた。
遠くから、雪が風に舞う気配が静かに近づいてきていた。
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