4-3-21 魔力変換魔法
杏子は獅子の剣との契約を終えると、ゆっくりと深く息を吸い込み、右手を軽く握りしめた。
掌の奥で、微弱ながら確かに魔力が脈打つ。
それは、遠い昔に失った感覚が静かによみがえってくるようだった。
「……懐かしいわね」
小さく呟いたあと、杏子は剣へ視線を向ける。
「でも、想像以上に残りの魔力が少ない。本当に危ないところだったのね」
その言葉に、聖奈と愛蓮は思わず顔を見合わせた。
ようやく契約を交わせた安堵よりも、失われかけていた現実の方が重く胸へ残る。
杏子はすぐに表情を引き締めた。
「時間を無駄にしている暇はないわ」
その一言で空気が切り替わる。
聖奈はあらかじめ用意していたスキーケースを開き、慎重に獅子の剣を収めた。
「そのまま持ち歩くわけにもいかないから」
ケースの中から、不満そうな声が響く。
「おい。本当にこんな狭いところへ押し込めるつもりか」
「文句言わないの」
杏子は苦笑しながら蓋を閉めた。
「今は目立たないことの方が大事よ」
三人は住宅街を抜け、大通りへ向かって歩き始める。
歩きながら、杏子は考えを整理するように話し始めた。
「魔法エネルギーへ変換しやすいのは、やっぱり四元素が基本ね。火、水、風、土。自然そのものが持つ力は、魔力との相性がいいの」
愛蓮が興味深そうに耳を傾ける。
「でも、それって火山とか津波みたいな大規模な現象じゃないと難しいんじゃありませんか?」
「その通り」
杏子は頷いた。
「火山活動や暴風雨なら理想的。でも都合よく起きるものじゃないし、危険も大きい。だから現実的な代替手段を探す必要があるの」
「電気じゃダメなの?」
聖奈が尋ねる。
「電気も最初に試したわ」
杏子は少し悔しそうに笑う。
「でも現代文明を甘く見てた。漏電対策が徹底されていて、魔力に変えられるような余剰エネルギーがほとんどないの。結局、電気代だけがかさんじゃった」
「じゃあ……」
愛蓮は少し考えてから口を開く。
「騒音や振動はどうでしょう。エネルギーには違いありませんよね」
杏子は足を止め、少しだけ笑みを浮かべた。
「その発想は嫌いじゃないわ。試してみましょう」
三人が向かったのは鉄道の高架下だった。
電車が通過するたび、轟音とともに橋脚がわずかに震える。
杏子はスキーケースを開き、獅子の剣を橋脚へ静かに当てた。
目を閉じ、意識を集中させる。
しばらくして、電車が頭上を通過した。
「どうですか?」
愛蓮が期待を込めて尋ねる。
「……何かは感じる」
獅子の剣は不機嫌そうに答えた。
「だが弱すぎる。これでは焼け石に水だ」
杏子も静かに頷く。
「振動そのものは悪くない。でも変換効率が低すぎるわね」
「もっと大きな自然エネルギーが必要ってことですね」
愛蓮は残念そうに肩を落とした。
「それなら、小桜たちと直接戦って魔法を吸収するのは?」
聖奈が思いつきを口にする。
しかし杏子は即座に首を振った。
「却下。向こうは実戦経験が豊富よ。こっちが十分な魔力を集める前に返り討ちになる」
杏子はためらうことなく歩き始める。その足取りには迷いがない。
一方で、聖奈と愛蓮は互いに顔を見合わせ、小走りでその後を追った。
目的地など聞いていない。それでも杏子には、向かうべき場所が最初から決まっているようだった。
しばらく沈黙が続いたあと、獅子の剣が口を開く。
「で、結局どこへ向かうつもりなんだ」
杏子は迷いなく答えた。
「富士山よ」
聖奈と愛蓮は思わず足を止める。
「富士山?」
杏子は振り返り、どこか確信めいた笑みを浮かべた。
「実は、ずっと行こうと思っていた場所なの」
そして迷いのない口調で続ける。
「火山として眠り続ける膨大なエネルギー。自然が循環させる気象の力。そして古くから龍脈が集まると伝えられてきた霊山──今の私たちが試すなら、あそこ以上の場所は思いつかないわ」
「富士山で何をするんですか?」
愛蓮が恐る恐る尋ねる。
杏子は獅子の剣へ目を向けた。
「まだ仮説の段階よ。でも、剣の力を取り戻す突破口は、きっとあそこにある」
獅子の剣は小さく鼻を鳴らした。
「……まあいい。今はお前たちの知恵に賭けるしかあるまい」
三人は歩みを止め、遠く空へ大きく裾野を広げる富士山を見上げた。
その姿は静かだった。
だが、その静寂の奥に眠る力だけは、誰もが確かに感じていた。
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