4-3-19 朽ちた剣
その後の会話の流れで、聖奈は思わず剣の存在を明かしてしまった。
翌日、杏子は聖奈の自宅を訪れた。
目的はただ一つ──聖奈の話が本当かどうか、自分の目で確かめるためだった。
聖奈の家は、どこか武家屋敷を思わせる凛とした佇まいを見せていた。手入れの行き届いた庭、磨き込まれた木の廊下、無駄を削ぎ落とした静かな空気。家そのものが、代々受け継がれてきた規律を物語っているようだった
「どうぞ」
靴を揃え、無駄のない所作で杏子を客間へ案内する聖奈の姿にも、その家の空気が自然と染みついている。畳の香りが漂う室内で一息ついたあと、愛蓮と共に二階の自室へ案内された。
「ここが私の部屋。剣は……少し待ってて」
聖奈は一礼するように押し入れの前へ座り、静かに引き戸へ手を掛けた。その奥から、大切そうに包み布にくるまれた細長いものを慎重に抱え出した。
「これが、《獅子の剣》……」
布がゆっくりと外される。
姿を現したのは、一本の長剣だった。
しかし杏子の目に映ったそれは、かつての栄光を失った朽ちかけの姿だった。刀身は鈍くくすみ、ところどころに細かなひびが走っている。今にも崩れそうなほど弱々しい気配が、その全身から漂っていた。
杏子は目を細める。
「思ったより状態が悪いわね……まさか、本当に時空を越えてきたの?」
聖奈は申し訳なさそうに頷いた。
「魔力の供給が足りないみたいで……維持するだけでも精一杯なの」
杏子は何も言わず剣を見つめると、その刀身へそっと手をかざした。
そして、懐かしむように微笑む。
「久しぶりね、獅子の剣」
その瞬間だった。
朽ちた刀身の奥から淡い光が静かに灯り、低く重厚な声が部屋へ響く。
「驚いたな……お前は闇の女王か」
愛蓮は思わず息を呑んだ。
魔導AIではない。
剣そのものが意思を持ち、言葉を発している。
信じられない光景を前に、ただ杏子と獅子の剣を見比べることしかできなかった。
「その呼び方はやめてよ。過去のことじゃない……あれ、未来かな?」
杏子は苦笑しながら肩をすくめる。
その口調は、まるで久しく会っていなかった旧友と再会したかのように自然だった。
「お前がまだ生きているとはな……あれ以来、姿を消したものと思っていた」
「こっちも驚いたわ。この世界へ戻ってきて、あなたにまた会うなんて思わなかったもの」
二人のやり取りは、長い年月を飛び越えた再会とは思えないほど馴染んでいた。
だからこそ、聖奈も愛蓮も動揺を隠せない。
「あなたたち……知り合いなの?」
聖奈がおそるおそる尋ねる。
杏子は軽く肩をすくめて笑った。
「まあ、昔ね。もっとも、私からすれば去年くらいの感覚だけど」
獅子の剣はしばらく黙り込む。
やがて静かに問いかけた。
「それで、お前は何をしに来た?」
「助けてあげようと思って」
杏子は朽ちた刀身へ視線を落とす。
「こんな状態じゃ、まともに戦えないでしょう?」
獅子の剣は鼻で笑った。
「お前の世話になどなるものか」
その拒絶には迷いがない。
二人の間に流れる空気を感じ取りながらも、聖奈は思わず口を挟んだ。
「待って! 助けてもらったほうがいいよ! このままだと、あなたが消えてしまう……!」
獅子の剣は低く唸る。
「……ふむ」
長い沈黙が流れた。
やがて小さく息を吐く。
「使命を果たす前に朽ちるわけにはいかぬ。それだけは事実だ」
「じゃあ、過去のことは水に流してあげなよ。ね?」
聖奈は真っ直ぐに剣を見つめた。
その純粋な言葉に、獅子の剣は苦々しげに沈黙する。
杏子はその様子を見守るだけで、急かそうとはしなかった。
しばらくして、獅子の剣は諦めたように口を開く。
「……いいだろう。聖奈がそう言うなら、こいつに手を貸してもらう」
その返事を聞くと、杏子は柔らかな笑みを浮かべ、小さく手を叩いた。
「決まりね」
穏やかな口調のまま続ける。
「昔はいろいろあったけど、今はそれどころじゃないでしょ?」
その笑顔からは敵意も悪意も読み取れない。
だからこそ、その本心だけは誰にも分からなかった。
獅子の剣は低く答える。
「勘違いするな。過去を許したわけではない」
「知ってるわ」
杏子はあっさりと頷く。
「私も、そんな都合のいい話を期待してるわけじゃないもの」
その返答はあまりにも自然で、冗談とも本気ともつかなかった。
「まさか、お前の世話になる日が来るとは……だが、仕方あるまい」
獅子の剣は苦々しく呟く。
杏子は肩をすくめ、いつもの調子で笑った。
「敵の敵は味方って言うでしょ? 任せて。きっと何とかしてあげるわ」
その頼もしげな声だけが、静かな部屋へ穏やかに響いていた。
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