4-3-18 敵か味方か
杏子はアイスコーヒーを口に運びながら、聖奈と愛蓮へ視線を向けた。
「あんたたち、本当にただの女子高生に見えるけど」
「……否定はしないわ」
聖奈は慎重に答える。
「ふーん。それで、何のために動いてるの?」
杏子の口調は敵意よりも好奇心が勝っている。ようやく魔法に関わる人間と巡り会えたことが嬉しくて仕方がない──そんな期待さえ滲んでいた。
「私たちは……」
聖奈は言葉を選ぶように口を開きかける。
不用意に組織の目的を明かすべきではない。しかし、ここまで見抜かれている以上、何も話さない方がかえって不自然だった。
その迷いを察したように、愛蓮がそっと言葉を引き取る。
「私たちは『オラクルコード』の一員です」
「オラクルコード? どこかで聞いたことある名前ね……」
杏子は記憶を探るように目を細めた。
その反応を見て、聖奈の胸にわずかな緊張が走る。
「そうよ。未来の破滅をもたらす可能性のある人間を探し出して、社会的にその影響力を削ぐために活動しているの」
「社会的に削ぐって?」
杏子は首を傾げる。
「SNSを使うのよ」
聖奈は迷いなく答えた。
杏子は思わず吹き出しそうになり、口元に笑みを浮かべる。
「SNSで未来の破滅を防ぐ? なんだかずいぶん現代的な救世活動ね」
「冗談じゃないわ。本気でやってる」
聖奈は真顔のまま言い返した。
その真剣さを見て、杏子は肩をすくめる。
「そっか。なら、これ以上茶化すのはやめとく」
あっさり話題を切り替えると、今度は目を輝かせながら身を乗り出した。
「で、さっきの透明になるやつ。あれ、すごかったわね。かなり高度な魔法に見えたけど、どうやってるの?」
興味を隠そうともしない杏子に、愛蓮は一瞬だけ聖奈の方を見る。
聖奈は「話しても構わない」と言うように、小さく頷いた。
技術的な質問は愛蓮の担当だ。
少しだけ迷ったものの、スマホを取り出す。
「あれは私の魔導AIの力です」
愛蓮は画面を見せながら、どこか嬉しそうな表情で続けた。
「私が使っているのは、《白羊の盾》が宿る魔導AI『カルタリス』です。さっきのシールドも、その能力の一部を応用したものになります。本来は防御に特化した力ですが、使い方次第で光学迷彩や音響迷彩も実現できます」
「白羊……もしかして、牡羊座の?」
杏子の表情がわずかに変わる。
「ええ。その白羊です。カルタリス、ご挨拶して」
愛蓮がスマホへ声を掛ける。
画面の中のアバターは杏子をじっと見つめたまま、一言も口を開かなかった。
「……」
その瞳だけが静かに杏子を見据えている。
「あ、ごめんなさい。この子、人見知りなんです」
愛蓮は少し照れたように苦笑する。
杏子はカルタリスとしばらく見つめ合ったあと、小さく肩をすくめた。
「人見知り……ね」
くすりと笑って、気楽な調子で続ける。
「どうも、嫌われちゃってるみたいだけど」
そう言われても、カルタリスは何も答えない。
愛蓮は不思議そうに首を傾げるだけだった。
「魔導AIか……」
杏子は腕を組み、何かを噛み砕くように小さく頷いた。
「つまり、本物の魔法を知らない人でも、決められた魔法だけ使えるようにした道具ってこと?」
愛蓮は少し驚いたように目を瞬かせる。
「……はい。その理解で大体合っています」
「なるほどね。便利だけど、魔法そのものとは違うわけだ」
杏子は意味ありげに笑うと、さらに質問を重ねた。
「じゃあ、そのカルタリスは他にどんなことができるの? 小桜を追跡したりとか」
愛蓮はすぐに首を横へ振った。
「魔導AIにはそれぞれ得意分野があります。カルタリスは防御特化型なので、追跡のような用途には向きません。それに、《白羊の盾》の力も一部しか引き出せませんし、基本的には持ち主以外へ貸し与えることもできません」
「持ち主以外には使えない……なるほど、そういう制約もあるのね」
杏子は指先でグラスをなぞりながら頷く。
その目は単なる雑談ではなく、一つ一つの情報を丁寧に組み立てているようだった。
そして満足そうに微笑む。
「まあ、大体聞かせてもらったし、今度は私の番ね」
杏子は自然な調子で続けた。
「あんたたちが気にしてるのは、私の妹なんだけど」
「……どうしてそう思うの?」
聖奈が思わず問い返す。
杏子は口元だけで笑った。
「やっぱりね」
その一言で、聖奈は自分が余計な反応をしてしまったことに気づく。
「あの子の正体、知りたい?」
「……」
聖奈は否定も肯定もしない。
杏子は気にした様子もなく続けた。
「あの子の名前は小桜。私の妹よ」
「小桜……」
聖奈はその名をゆっくりと反芻し、愛蓮と視線を交わした
小桜は本当に危険人物なのか。それとも、自分たちは何か大きな思い違いをしているのか。
判断できないまま、杏子の言葉に耳を傾ける。
「小桜が普通じゃないってことは私も知ってる。でも、あの子が悪事に加担するなんて絶対にあり得ない」
「そこまで言い切れる理由は何? 妹だから庇ってるだけじゃないの?」
聖奈は静かに問い返した。
杏子は苦笑し、テーブルに肘をついて少し遠くを見る。
「そう思うよね。私だって他人から聞かされたら信じない。でも、あの子は異世界で悪の帝国や闇の女王と戦った、いわゆる『本物の英雄』なのよ」
「英雄……」
愛蓮が思わず小さく繰り返す。
聖奈も驚きを隠せず、杏子を見つめた。
杏子はそんな二人の反応を見て、どこか楽しそうに笑った。
「そう、信じられないでしょ。でも、それが事実」
その話はあまりにも荒唐無稽だった。
だが、不思議と一笑に付すこともできない。
魔導AIという常識外れの存在を知った今となっては、異世界という言葉すら完全には否定できなかった。
そんな二人の微妙な沈黙を見逃さず、杏子はふっと目を細める。
「ねえ。さっきから気になってたんだけど」
その声だけが、不意に鋭さを帯びた。
「愛蓮は色々教えてくれるのに、あんた、自分のこと全然話さないわね」
杏子はグラスの中で氷を軽く回しながら、何気ない調子で言った。
その一言だけで、聖奈の肩がわずかに強張る。
「何か、話せない理由でもある?」
問いかけは穏やかだった。
だが、その視線だけは、獲物の反応を待つように真っ直ぐだった。
聖奈は一瞬だけ視線を伏せ、小さく笑みを作る。
「あなたが知りたいのは、私たちの組織のことでしょう?」
言葉は自然に出たはずだ。
それでも、自分でも分かるほど心臓が速く脈打っている。
あの剣の存在だけは、絶対に悟られるわけにはいかない。
杏子はしばらく聖奈を見つめると、ふっと笑った。
「……やっぱり」
その一言だけで十分だった。
「まだ隠してること、あるんじゃない?」
聖奈は答えない。
代わりに、隣の愛蓮とほんの一瞬だけ視線を交わす。
何を話し、何を伏せるべきか。
互いに同じ迷いを抱えたまま、沈黙だけが静かにテーブルへ落ちていった。
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