4-3-16 魔法の痕跡
ゼノン本社の入り口近く。
聖奈と愛蓮は、人目につかない場所へ定点カメラを設置し、密かに監視を続けていた。
本社を見渡せる位置に身を潜め、愛蓮が通信圏内を維持できる距離を保ちながら、二人は連日ゼノンの動向を追っていた。
愛蓮が開発した解析システムは、出入りする人物をリアルタイムで記録し、入館履歴や滞在時間と照合していく。ゼノン関係者の中から不審な人物を洗い出す、地道だが確実な作戦だった。
変化のない画面を見つめていた愛蓮の端末が、不意に短い電子音を鳴らす。
「聖奈さん、これを見てください」
愛蓮が画面を拡大すると、一組の人物が映し出された。
「……高校生くらいの女の子? 隣の若い女性は社員ってところかしら」
聖奈は怪訝そうに眉をひそめる。
「女の子の方は入館記録はありません。監視映像を遡っても、彼女が中へ入る場面そのものが存在しません」
聖奈は画面を見つめたまま、静かに言う。
「……それなのに、普通に出てきたと」
「はい。退館時だけは、はっきり映っています」
「どうやって中へ入ったの……?」
一瞬、二人の間に沈黙が落ちた。
ゼノンほど警備が厳重な企業で、そんなことが起こるはずがない。
しかも二人は、入口をずっと監視していた。
その少女がどうやって中へ入り、中で何をしていたのか、まるで見当がつかない。
聖奈は静かに息を吐く。
「……面白いじゃない」
その目には、わずかな警戒と興味が宿っていた。
愛蓮はすぐに追跡プログラムを起動する。
「このまま見失わないよう追跡します。急ぎましょう」
「ええ、行くわ」
二人は端末を手に、その場を後にした。
少女と女性は近くのカフェへ入っていく。
聖奈は店の前で足を止め、店内を一瞥した。
「中へ入るのは危険ね。外から様子を見ましょう」
「了解です」
二人は通行人に紛れながら監視を続ける。
ガラス越しには、少女と女性が真剣な表情で向かい合っている姿が見えた。会話の内容までは聞き取れないが、穏やかな雑談ではないことだけは伝わってくる。
やがて二人は店を出ると、それぞれ別々の方向へ歩き始めた。
「あの少女を追うわ」
聖奈は迷いなく判断する。
「どう考えても、彼女の方が気になる」
「了解しました。念のため、カルタリスを使います」
愛蓮がスマホを操作すると、魔導AIが起動する。淡い光が二人を包み込み、その輪郭が景色へ静かに溶け込んでいった。
足音までもが街の喧騒へ吸い込まれ、そこに人が立っている気配さえ失われる。
聖奈は自分の手を見下ろし、小さく目を見開いた。
「……ここまで自然なの」
「光学迷彩と音響迷彩を重ねています。この程度なら、カルタリスにとっては難しくありません」
「あなたは随分使い慣れているのね」
「実地で何度も使っていますから」
愛蓮は当然のように答え、そのまま少女の後を追った。
少女は周囲を警戒する様子もなく、住宅街へ入っていく。
一定の距離を保ちながら追跡を続けると、やがて一軒の家へ迷いなく入っていった。
「ここが彼女の拠点……ですかね」
愛蓮は端末を操作し、建物の外観や周辺環境を静かに記録していく。
聖奈は少女が玄関へ消えるまで見届けると、小さく頷いた。
「場所が分かれば十分よ。あとは住人を調べればいい」
「必要なデータは取得しておきます」
愛蓮は端末を閉じる。
「これで追跡は一旦終了ですね。戻りましょう」
二人が踵を返しかけた、その時だった。
一人の女子大生が家へ戻ってきた。
何気なく玄関へ向かっていた足が、不意に止まる。
「……?」
聖奈は視線だけを向けた。
女子大生はゆっくりと周囲を見渡し、何かを探るように空気を見つめる。
「……まさか」
愛蓮が小さく息を呑んだ。
彼女の視線は、まっすぐ聖奈たちのいる方向へ向けられている。
「どうして……完全に姿を消しているはずなのに」
愛蓮は思わず声を漏らした。
聖奈も表情を引き締める。
「何かを感じ取ったみたいね。静かに撤退するわよ」
しかし、その女子大生は二人を見据えたまま、小さく口元を緩めた。
「やっと見つけたわ」
その一言のあと、静かに続ける。
「──魔法の痕跡を」
その言葉に、聖奈と愛蓮は凍りついた。
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