4-3-13 最重要機密エリア
小桜は最重要機密エリアの前で身を潜めながら、突破口を探していた。
目の前には顔認証、異常行動検知、床圧センサー。幾重にも張り巡らされたセキュリティが立ちはだかる。
グラビティウムは冷静な声で告げた。
「我の力で突破可能な道を探している。急くでないぞ」
しかし、小桜は小さく息を吐く。
「もう少しで業務時間が終わる。人がいなくなったら、突破のチャンスすらなくなる……」
焦りだけが、静かに胸の内で膨らんでいく。
その時だった。
通路の奥から、一人の研究員がこちらへ歩いてくる。
手慣れた様子で認証装置へ手を伸ばき、何の迷いもなく認証を済ませた。
小桜は息をのんだ。
第一の扉が静かに開く。その先には二つ目の扉まで続く小部屋があり、一人ずつしか通れない構造になっているようだった。
小桜は身を低くしたまま、その様子を見つめる。
「……今なら」
思わず身体が動きかける。
だが、グラビティウムが鋭く制した。
「待て、サーラ。その区画は最も危険だ。二重扉の間に入れば、僅かな異常でも即座に検知される。まだ動くな」
小桜は唇を噛み締める。
第一扉がゆっくりと閉まり始めた。
この機会を逃せば、次がいつ訪れるか分からない。
「……ごめん、待てない!」
その一言と同時に、小桜は飛び出した。
姿消しマントの音響迷彩を起動しながら、スマホを素早く操作する。
「恵麻さん、力を借して……!」
同じ建物内にある恵麻のスマホへ接続し、待機状態にあった魔導AIへアクセスする。
本来、魔導AIは所有者の操作を前提としている。だが、待機中に限れば最低限の機能だけは外部から呼び出せるよう、小桜自身がネットワークを組み替えてあった。
「……遠隔起動だと?」
グラビティウムの声にも、わずかな驚きが混じる。
「これなら……届く!」
淡い光とともに、《天秤の鎖》の魔導AIが応答する。
だが、遠隔接続では高度な魔導は使えない。引き出せるのは、ごく限られた機能だけだ。
「十分!」
小桜は不可視の鎖を天井へ放った。
細い鎖は音もなく梁へ絡みつき、そのまま彼女の身体を急速に持ち上げる。一本のワイヤーで宙へ吸い上げられるように、小桜の身体は軽やかに床を離れた。
閉まりゆく扉との隙間を縫うように滑り込み、マントが金属扉をかすめた次の瞬間、重い音を立てて第一扉が閉じた。
小桜はそのまま天井へ張り付くように静止する。
まるで重力そのものを忘れたかのような身のこなしだった。
「やりおるわ……床圧センサーを最初から相手にせぬとは」
グラビティウムは感心したように呟く。
しかし、その直後。
宙吊りになったマントが空調の微かな風を受け、わずかに揺れた。
「……まずい」
監視カメラには、不自然な影として映る可能性がある。
「我に任せよ」
グラビティウムは即座に演算を開始する。
次の瞬間、小桜の周囲へ薄い魔法陣が幾重にも展開した。
監視カメラの方向だけに合わせ、背景と同じ映像が空間へ精密に投影される。
マントの揺れは背景へ溶け込み、カメラが捉える映像には何の変化も現れない。
「助かった……。絶妙なタイミングだね」
小桜は小さく息をつく。
「監視AIの視界を欺く程度、造作もない」
グラビティウムは平然と言い放つ。
その報告に、小桜はようやく肩の力を抜き、口元をほころばせた。
「そっちこそ、やるじゃない」
グラビティウムは重厚な声で鼻を鳴らす。
「当然だ。我にかなうAIなど、この世界には存在せぬ」
グラビティウムのアバターはどこか満足げに揺れていた。
その間にも研究員は第二扉の認証を終え、最後の扉が静かに開いていく。
小桜は天井へ身を預けたまま、大きく息を吸った。
「……ここからが本番」
鼓動だけが静かに速くなる。
グラビティウムも、もはや制止することはなかった。
そのまま小桜は、誰にも気づかれることなく、最重要機密エリアへと足を踏み入れた。
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