4-3-12 スパイ・ハード
小桜は姿消しマントをまとい、ゼノン本社のオフィス入口に設けられたセキュリティゲートへと視線を向けた。
入口では指紋認証と虹彩認証が行われている。恵麻が通過する瞬間を見計らい、そのすぐ背後へぴたりと身を寄せる。
姿消しマントの光学迷彩と熱検知対策は期待通りに機能し、ゲートは何事もなかったかのように作動した。
手のひらにはじっとりと汗が滲んでいたが、小桜は息を殺し、一歩ずつ慎重に足を運ぶ。
「……よし」
誰にも気づかれることなく第一関門を突破すると、小さく胸をなで下ろした。
「これで第一関門突破……次はどうなることやら」
その後は恵麻を巻き込まないよう距離を取り、単独で施設の奥へ進み始める。
内部は、ごく普通のオフィスだった。
開放的な執務スペースでは社員たちが黙々と仕事をこなし、誰一人として無駄話をする者はいない。
その一方で、小桜は天井や壁の各所に設置された監視カメラの多さへすぐに気付いた。
姿消しマントを信頼してはいる。
それでも、わざわざカメラの正面を横切る危険は冒さない。
一台を避ければ、また次の一台が視界へ入る。計算し尽くされた配置に進路を何度も修正させられ、小桜は壁際へ身を寄せながら小さくぼやいた。
「監視カメラ、多すぎない……?」
やがて苦笑しながら首を振る。
「でも大丈夫。この程度なら想定の範囲内」
自分にそう言い聞かせ、小桜はさらに奥へ足を踏み入れた。
やがて案内図にも記載されていない区画へ辿り着く。
そこには他の扉とは明らかに異なる重厚な金属扉が据えられ、「立入禁止」の赤い警告灯が静かに点滅していた。
「……ここだ」
思わず足を止める。
扉そのもの以上に目を引いたのは、その周囲へ幾重にも張り巡らされたセキュリティ設備だった。
小桜はマントの裾を握り締める。
「ここを抜けるのは……さすがに簡単じゃなさそう」
すると、マントの内側からグラビティウムの低い声が響いた。
「サーラ。この区画は通常エリアとは別物だ。少し待て。我が調べよう」
「お願い」
小桜は短く返事をすると、不自然にならない位置へ身を隠しながら周囲を観察した。
しかし、この設備の意味までは読み取れない。
数分後、グラビティウムが静かに口を開いた。
「分かったぞ。通常の企業であれば、おぬしの装備だけで十分突破できた」
その言葉に、小桜は少しだけ安堵する。
だが、次の一言で表情が引き締まった。
「だが、この区画だけは違う」
グラビティウムの声には、わずかな感心が滲んでいた。
「AIによる三次元顔認証。入退室履歴との照合。異常行動検知……立ち止まる時間や視線、不自然な挙動まで監視対象だ」
小桜は息を潜めて耳を傾ける。
「それだけではない。感圧床まで敷かれている」
「感圧床……?」
思わず聞き返す。
「床に加わる荷重を検知する仕組みだ。登録された体重との差異があれば、即座に異常として記録される」
小桜は思わず額を押さえた。
「体重なんて、その日の体調で変わるじゃない……」
「それだけ厳密なのだ」
グラビティウムは淡々と続ける。
「監視カメラの映像は常時監視室へ送られ、あらゆる異常は即座に照合される。新旧さまざまな検知手段を幾重にも重ね、一つでも引っ掛かれば終わりという設計か」
しばし沈黙が流れる。
やがてグラビティウムは、小さく息をつくように言った。
「……敵ながら、見事な設計だ」
その一言で、小桜もようやく理解した。
自分の装備に問題はなかった。
ただ、セキュリティが突破されることを前提に、その先まで対策されているのだ。
「……なるほどね」
苦笑しながら小さく息を吐く。
「つまり、真正面からじゃ勝負にもならないってことか」
「焦るな、若造」
グラビティウムの声は落ち着いていた。
「突破口は必ず存在する。我はもう少し解析を進めよう。それまでは不用意に動くな」
「分かった……でも、あまり時間はかけられないよ。お願い、急いで」
小桜は気配を殺したまま、金属扉を見据える。
潜入してから、すでにかなりの時間が過ぎていた。
「長居すればするほど危険になる……。だから、早く突破口を見つけないと」
焦りを押し殺しながら、小桜は解析の完了を待ち続けた。
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