4-3-11 スパイ・マジック
静かな夜、小桜はデスクいっぱいに広げた部品や素材を見つめ、小さく息を吐いた。
スパイメガネだけでは限界があった。映像や音声は拾えても、魔法の痕跡までは捉えられない。このままでは真相に辿り着けない──ならば、自分の目で確かめるしかない。
今回は、ゼノン本社へ直接潜入するための装備が必要だった。
「姿を完全に隠す必要があるよね。現代のテクノロジーと魔法を組み合わせれば、きっと実現できるはず……」
自らを鼓舞するように呟き、小桜は机に広げた資料へ目を落とした。
光学迷彩について調べた結果、現代技術だけでは「見つかりにくくする」ことはできても、「完全に見えなくする」のは難しいと分かった。
メタマテリアルや背景投影装置といった最先端技術も存在はするが、入手性や携行性を考えれば潜入任務には向かない。
「やっぱり最後の仕上げは、魔法で補うしかないか……」
小桜の手が、ほんの少し止まる。
この術式だけは、苦い記憶を呼び起こす。
見えない攻撃に翻弄され、何もできなかったあの日のことを。
「……あいつは、もういない」
小さく呟くと、小桜は気持ちを切り替えるように息をついた。
その術式を応用し、光を拡散させて背景へ溶け込ませる。効果を安定させるため、撥水ナイロンとリフレクター布を組み合わせれば、必要十分な光学迷彩が実現できるはずだった。
しかし、問題は視覚だけでは終わらない。
現代のセキュリティは熱検知まで標準装備されている。ここを突破できなければ、どれほど姿を隠しても意味がない。
試しにアルミホイルで断熱材を作り、体へ巻き付けて歩いてみる。
ガサッ。
一歩踏み出すたび、部屋に乾いた音が響いた。
「……」
「……」
「移動するたびに音がして、これじゃバレバレじゃない!」
グラビティウムが即座に応じる。
「その通りだ。静音性を確保できぬ装備は潜入には向かん」
「だよねぇ……」
小桜は苦笑しながら頷く。
その時、不意に姉・杏子が自慢していた防寒用ロングコートを思い出した。
「そうだ……エアロゲル!」
軽量で高い断熱性を持ちながら、布地そのものは柔らかい。
「これなら熱も隠せるし、音もしない」
小桜は立ち上がると、小さく手を合わせた。
「ごめん、お姉ちゃん。寒くなる前にはちゃんと戻すから……」
誰に聞かせるでもない言い訳を残し、そっとコートを借りてくる。
必要な部分だけを慎重に取り出し、マントの内側へ縫い込んでいくと、熱源対策もほぼ完成した。
それを確認したグラビティウムが続ける。
「さらに音響迷彩があれば理想的だ」
「さすがに欲張りすぎじゃない?」
苦笑しながらも、小桜は引き出しから愛用のノイズキャンセリングイヤホンを取り出した。
しばらく眺めたあと、小さく息をつく。
「……仕方ないか」
愛用品を分解し、演算回路だけを取り出してマントへ組み込む。
「出力が不足するのではないか」
「使うのはプロセッサだけ。逆位相の音は魔法で増幅するから大丈夫」
「燃費は悪そうだな」
「うん。でも常時使うわけじゃないよ。静かな場所で接近された時だけ使えれば十分だから」
グラビティウムは静かに頷いた。
「合理的な判断だ」
さらに彼は最後の提案を口にする。
「至近距離では、人の感覚は魔法を見破る可能性がある。背景映像を瞳へ投影し、幻覚魔法も併用すべきだ」
「あ、それなら前に使った方法が応用できるね」
AIで生成した背景映像を対象者へ魔法で重ねて見せる。
単なる姿隠しではなく、「そこには誰もいない」と認識させる補助術式だ。
細かな調整を終え、小桜は最後のコードを書き込み、魔法陣を閉じた。
完成したマントを肩へ羽織る。
鏡の前へ立ち、一歩踏み出す。
姿は背景へ自然に溶け込み、熱源対策も、音響対策も正常に機能していた。
「……うん」
満足そうに頷く。
「これなら、いける」
グラビティウムも静かに完成した装備を見つめた。
「考え得る限りの対策は施されている。装備について言えば、申し分ない出来だ」
その言葉に、小桜は嬉しそうに笑う。
「ありがとう。これで心置きなく潜入できる」
ゼノン本社の秘密。
その真相は、自分の目で確かめる。
小桜は静かにマントをたたみ、潜入の日を待った。
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