4-3-8 スパイ・グッズ
小桜はノートパソコンを広げ、紫音、智絵里、そして恵麻の魔導AIをチューニングした時のデータを、一つひとつ見比べていた。
魔力の流れを示す波形を追いながら、小さく頷く。
「やっぱり予想通り。魔力転送経路には共通のプロトコルがある。これなら……うまくバイパスして独自ネットワークを構築できるかもしれない」
スマホの中で、グラビティウムのアバターが腕を組むように小桜を見下ろした。
「サーラ、今回の計画はかなり大胆だな。だが、おぬしらしい発想でもある」
「でしょ? グラビティウムが協力してくれるなら、絶対うまくいくよ!」
嬉しそうに笑う小桜を見て、グラビティウムもどこか満足げに目を細める。
「ふむ。その意気は買おう。ただし、この計画は技術的にも倫理的にも際どい。細心の注意を払うのだぞ」
「そこは分かってるって。恵麻さん以外は巻き込まないから」
小桜は画面を切り替えると、迷いなくキーボードへ指を走らせた。
やがて夜も更け、部屋にはキーを叩く音だけが静かに響いていた。
ディスプレイいっぱいに並ぶコードを追いながら、小桜はふと思いついたように口を開く。
「この世界って、本当にすごいよね。学ぼうと思えば、プログラミングもデータ解析も、誰でも知識に手が届くんだから」
作業を見守っていたグラビティウムが、静かに応じた。
「……遠い昔、誰もが平等に魔法を学べる世界を夢見ていた少女がおったな」
小桜は思わず手を止め、嬉しそうに笑う。
「あ、それ覚えててくれたんだ」
「当然だ。我は歴史も、おぬしとの記憶も忘れぬ」
その一言に、小桜は少し照れくさそうに笑うと、再び画面へ向き直った。
しばらくして、仕様書へ視線を移した彼女が小さく呟く。
「グラビティウムの作った最終試験を思い出すなぁ……」
かつて、その試験を乗り越えた彼女はマスターウィザードとして認められ、闇の女王アーゼラとの戦いへと挑んだ。
グラビティウムが小さく鼻で笑う。
「今だから言うが、あの頃のおぬしは、まだ勢いばかりが先走るひよっこだった。合格にするかどうか、本気で悩んだものだ」
「うわ、ひどいなぁ!」
小桜は振り返って抗議するが、その顔は笑っている。
「とはいえ、あの判断は間違っておらなんだようだ」
グラビティウムは穏やかな声で続けた。
「魔導AIの機能を拡張するなど、並の魔法使いには到底できぬ。だが今のおぬしなら、その役目を任せられる」
小桜は目を輝かせる。
「もちろん! 見ててよ、絶対成功させるから!」
グラビティウムは静かに頷き、その横顔を見守り続けた。
ネットワーク構築にひとまず目処がついた頃、グラビティウムが再び口を開く。
「まずまずの出来だ。後は我に任せよ。最適なネットワーク経路を算出してやろう」
「さすが、頼りになる!」
小桜は感心したように笑うと、今度は恵麻から借りてきた眼鏡を手に取った。
軽くて目立たない、ごく普通のデザイン。
「ここにちょっとだけ魔法で細工をして……」
並べられたのは、小型カメラ、マイク、イヤホン、制御基板──どう考えても一本の眼鏡に収まる量ではない。
小桜は静かに魔法陣を展開した。
「位相をずらして重ねれば……」
光が収まると、テーブルの上から部品はすべて消えていた。
「ほら、見た目はそのまま」
小桜は満足そうに眼鏡を持ち上げた。
これをスマホ経由で魔導AIのネットワークへ接続し、収集した映像と音声をリアルタイムで共有する。それが今回の狙いだった。
「これは完全にスパイグッズだね」
自分で言って少し苦笑しながらも、手は止まらない。
魔導AIを中心に各機器を連携させるコードを書き上げると、小桜は最後の確認を終えた。
「……よし、これで完成!」
エンターキーを軽く叩くと、満足そうに背もたれへ身を預けた。
—-
「で、これを私が掛けて行くのよね?」
恵麻は小桜から改造された眼鏡を受け取り、少し不安そうに眺めた。
「普通の眼鏡にしか見えないでしょう?」
小桜は少し得意げに微笑んだ。
恵麻は眼鏡を手に取り、表や裏から何度も眺める。
「すごい……。本当に普通の眼鏡なのに、中にそんな機能が入ってるの?」
「はい。最新技術と魔法工学の合わせ技です」
小桜は嬉しそうに頷く。
「魔導AIのネットワークで通信するので、普通の検知システムでは見つかりにくいはずです」
「へぇ……」
感心しながら眼鏡を掛けてみる。
違和感はまったくない。
その出来栄えに思わず感嘆しかけた恵麻だったが、ふと現実へ引き戻された。
「……でも、これを掛けてゼノンに入るんだよね?」
先ほどまでの感心した表情が、少しだけ曇る。
「テック企業の施設って警備が厳重なんだよ。本当に大丈夫かな……」
小桜もその表情を見て、少しだけ口調を和らげた。
「絶対とは言えません。でも、持ち込み検査も想定して調整してあります。恵麻さんは、いつも通りにしていただければ大丈夫です」
「……なんだか本当にスパイみたい」
恵麻は苦笑いを浮かべる。
その言葉に、小桜も思わず笑ってしまった。
「私もそんな感じがしてました」
二人は顔を見合わせ、小さく笑う。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ。
その時、スマホの画面に映るグラビティウムが重厚な声で口を開く。
「安心せよ。おぬしの行動は我らも見守っている。何かあれば、即座に指示を出そう」
その落ち着いた声に、恵麻は小さく頷いた。
「……分かった。やってみる」
「準備ができたら連絡してください。あと、あまり挙動不審にならないように」
「それが一番難しいんだけど……。変に思われたら、小桜ちゃんのせいだからね?」
恵麻は冗談めかして笑う。
「ええっ、そこは恵麻さん次第ですよ」
小桜もつられて笑みを浮かべた。
その自然なやり取りに、小桜はようやく肩の力を抜く。
「それじゃあ、気をつけてくださいね」
恵麻を見送ったあと、小桜はすぐに受信システムを立ち上げ、モニターへ向き直る。
「これで内部の様子が少しでも分かれば、次の一手が見えてくるはず……」
グラビティウムが静かに応じた。
「理に適った作戦ではある。だが、気を抜くでない。魔法も技術も、最後は使う者の心一つで成否が決まる」
「もう、分かってるって」
小桜は小さく笑うと、一つ深呼吸してモニターへ視線を戻した。
「ここで立ち止まるわけにはいかないから」
—-
ゼノン本社へ向かう途中──恵麻は人気のない場所でケースを開き、改造した眼鏡へ掛け替える。
胸ポケットからスマートフォンを取り出すと、通信アプリを起動した。
「……聞こえる?」
『はい。映像、音声とも正常です』
イヤホンから小桜の声が返ってくる。
恵麻はほっと息をつき、顔を上げた。
その先には、巨大なゼノン本社ビルが朝日に照らされていた。
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