4-3-3 燃えよ剣
瀕死のミーナは、血の気を失った顔でロキスヴェインを睨みつけていた。
全身を貫く激痛に耐えながらも、その瞳だけは決して揺るがない。
「……皇帝は……どこにいる……?」
掠れながらも、その問いだけははっきりと響いた。
ロキスヴェインはわずかに眉をひそめると、遠くを見やるように視線を逸らし、やがて薄く笑みを浮かべた。
「ルシウス陛下か? 彼はもうここにはいない。すでに……この世界の人間ですらないよ」
ミーナはその言葉に眉を寄せる。
問い返そうとするが、胸を焼く痛みが言葉を奪っていた。
ロキスヴェインは構うことなく続ける。
「だが、心配はいらない。私もすぐに彼の元へ行く。お前がそれを追いかけることは、もう不可能だがね」
その時だった。
不意に、どこからともなく誰かの声が響く。
「早く、時間がないぞ」
辺りには誰の姿もない。
それでも、その声だけは確かにこの場に存在していた。
ロキスヴェインは当然のように頷くと、静かに懐へ手を差し入れる。
取り出したのは、かつて闇の女王が身に着けていた闇のデバイス──《毒蛇の仮面》だった。
仮面の双眸が妖しく光る。
次の瞬間、その口がゆっくりと開いた。
「おや、お前は確か……ミーナだったか。我を覚えているだろう? 長い間待たせてすまないが、今度こそ別れの時だ」
仮面が言葉を発するたび、重苦しい闇の気配が周囲へと滲み出していく。
ロキスヴェインは仮面を手にしたまま、静かに口を開いた。
「この仮面、『テネブローヴァ』のおかげで、新たな世界への扉が開かれた。転生という形で、新しい体と、新しい力を手に入れるのさ」
ミーナは苦しげに息を吐き、それでも鋭い眼差しをロキスヴェインへ向け続ける。
「……そんな……こと……させるか……!」
身体は限界を迎えていた。
それでも、その闘志だけは少しも衰えていない。
だがロキスヴェインは、その姿をただ愉しむように微笑んだ。
「さらばだ、ミーナ。お前との因縁も、ここで終わりだ」
ロキスヴェインが毒蛇の仮面を高く掲げる。
その瞬間、足元に広がった魔法陣は大地を覆い尽くすほど巨大化し、幾重もの術式が天空へ向かって立体的に組み上がっていく。
空が軋み、岩場が悲鳴を上げるように砕け始めた。
世界そのものが耐えきれず、音を立てて崩れていく。
渦巻く光は空間を引き裂き、その裂け目の向こうには、この世界とは異なる無数の光景が一瞬だけ映り込んだ。
それはこの世の魔法ではなかった。
世界そのものを書き換える、禁忌の大魔法だった。
「待て……!」
ミーナは立ち上がろうとする。
だが、力の入らない身体は言うことを聞かない。
それでも最後の力を振り絞り、獅子の剣を両手で構えた。
「燃えよ……『ブラゼリオン』!」
その真名が響いた瞬間、獅子の剣は紅蓮の炎を纏い、一筋の流星のようにロキスヴェインへと放たれる。
一直線に魔法陣へ吸い込まれていくその一撃は、あとわずかで届く──そう見えた。
しかし、その刹那。
ロキスヴェインの姿は、光とともに完全に消え去っていた。
獅子の剣もまた魔法陣へ飲み込まれ、その輝きごと跡形もなく消えていく。
「……くっ……!」
ミーナはその場へ崩れ落ちた。
もはや身体は指一本動かない。
薄れていく意識の中、それでも彼女の瞳には、安堵と悔恨が入り混じった涙が静かに滲んでいた。
彼女が最後に見たのは、光の中へ消えていった獅子の剣の残像だけだった。
「お願い……彼らを……追って……」
その言葉は風に溶け、やがて静寂だけが荒野に残った。
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