4-3-2 世界の果て
ミーナは、ひとり旅を続けていた。
灼熱の太陽が照りつける熱帯の国では砂漠を越え、極寒の地では凍てつく風に晒されながら雪原を歩いた。幾度となく危険に身を投じ、数えきれない困難を乗り越え、その行く先々で新たな伝説を残していく。人々は彼女を英雄と称え、その名は世界中へと広まっていった。
だが、ミーナにとってそれらは旅の途中で起きた出来事に過ぎない。
彼女の旅には、ただ一つの目的しかなかった。
皇帝ルシウスとロキスヴェインの行方を追うこと。それ以外には何もなかった。
何十年もの歳月をかけて世界を巡る中、手がかりを掴んだと思えば空振りに終わり、あと一歩のところで取り逃がすことも幾度となくあった。
それでも彼女は歩みを止めない。
彼女を支えたのは、決して折れることのない精神力と、王国に残してきた仲間たちへの想い。そして、旅立ちの日から変わることなく傍らにあり続けた伝説のデバイス《獅子の剣》だった。
そして、長い旅路の終わり。
ミーナはついに、世界の果てとも呼ぶべき地へと辿り着いた。
風が乾いた音を立て、灰色の岩肌を吹き抜けていく。
草木は一本も生えず、空には鉛色の雲が低く垂れ込めていた。生命の気配さえ感じられない荒涼たる大地。その静寂の中に、一人の男が立っている。
長年追い続けた宿敵──ロキスヴェイン。
彼は以前よりも明らかに老いていた。しかし、その冷酷な眼光だけは少しも変わっていない。
全身から滲み出る魔力は、むしろかつて以上に研ぎ澄まされているようだった。歳月を重ねるほど、魔法使いとしての力を磨き続けてきたことが一目で分かる。
「ずいぶん長い旅だったようだな」
ロキスヴェインは薄く笑った。
ミーナは答えず、ゆっくりと間合いを詰める。
その瞳に宿る決意は、何十年という歳月を経ても少しも揺らいでいなかった。
だが、その身体には確かに時の流れが刻まれている。
旅の中で負った無数の傷。積み重なった疲労。そして、全盛期を過ぎた肉体。
そのすべてが、かつての鋭い動きにわずかな陰りを落としていた。
「いったい何を企んでいるのか、聞かせてもらうわ」
静かな声とともに、ミーナは腰の獅子の剣をゆっくりと抜き放つ。
剣身は赤い光を宿り、主の意志に呼応するように紅蓮の炎を纏った。
「ふむ。老いたお前が、どこまでやれるか見ものだな」
ロキスヴェインが片手を軽く掲げると、大地が低く唸るように震えた。
次の瞬間、二人の間で激しい魔法が激突した。
ミーナは獅子の剣を振るい、押し寄せる雷を炎で切り裂きながら一気に距離を詰める。ロキスヴェインは寸分の狂いもない術式で迎え撃ち、衝撃波が荒野を揺るがした。
世界の果てで繰り広げられる決戦は、まさに伝説に相応しい激しさだった。
だが、ロキスヴェインの技は老いてなお鋭い。その魔法は一切の乱れもなく、長い年月が彼をさらに高みへと押し上げていた。
一方のミーナは、歳月の重みをその身に刻んでいる。全盛期の身体ではない。それでも彼女は退かなかった。
数十年にわたり追い続けた宿敵を前に、ここで剣を収める理由などどこにもなかった。
しかし、激闘の最中、ほんの一瞬だけ隙が生まれる。
その刹那を、ロキスヴェインは見逃さなかった。
放たれた雷撃がミーナの身体を貫き、その衝撃で彼女は大地へと叩きつけられる。
胸元を焼いた傷から血が滲む。
それでも彼女は獅子の剣を杖代わりに地を突き、震える身体をゆっくりと起こした。
だが、思うように力が入らない。
「……まだ……終わっていない……」
荒い息を吐きながら立ち上がり、ミーナはなおもロキスヴェインを真っ直ぐ見据える。
ロキスヴェインは眉ひとつ動かさず、冷ややかな眼差しを向けた。
「しぶとい女だ……だが、ここまでのようだな」
ミーナはその言葉にも微動だにしなかった。
深く息を吸い込み、獅子の剣の柄を握り直す。
その瞳にはなお、燃え尽きることのない炎が宿っている。
「……負ける気はない……まだ終わらせない……」
掠れた声でありながら、その言葉だけは揺るがなかった。
数十年という歳月を支え続けた意志は、なお折れてはいなかった。
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