4-2-26 過ちを見つめて
夜空を彩っていた一万台のドローンは、祝祭の光から一転して災厄の炎へと姿を変えていた。
燃え盛る火の玉が次々と観客席へ降り注ぐ光景を目の当たりにし、麗蘭は思わず悲鳴を上げる。
「な、何でこんなことに……!?」
震える声は、爆発音と悲鳴にかき消されそうだった。
ショーを少し混乱させるだけ――その程度のつもりだった。こんな惨事を望んだわけではない。
「違う……そんなつもりじゃ……!」
一方、紫音は立ち止まる暇もなく、迫り来る火の玉をパラソルや手近な道具を即席の槍のように投げ放ち、次々と撃ち落としていた。しかし、その動きにも少しずつ疲労が滲み始める。
「カヴァリナ……もう少しだけ持ちこたえて!」
呼びかけに応えるように、《人馬の槍》の魔導AIが紫音の身体能力をさらに引き上げる。
その瞬間だった。
「紫音さん、一人にはさせません!」
智絵里が駆け寄る。
再インストールされた《双魚の鏡》の魔導AIの力に応じるように、彼女の手には漆黒の大鎌が具現化されていた。
足は震えていた。それでも逃げようとはしなかった。
「お願い、アルシディア! みんなを守りたい!」
その瞬間、智絵里の視界に、ほんの一瞬先の未来が幾重にも映し出される。
落下してくる火の玉の軌道。避難する人々の動き。そして、自分が振るうべき一振り。
未来に導かれるように大鎌を振るうと、炎は紙一重で切り裂かれていく。決して卓越した戦闘技術ではない。ただ、《双魚の鏡》が示す未来をなぞるように体を動かしているだけだった。
その無駄のない軌道に観客は一瞬目を奪われたが、次の炎が迫ると再び悲鳴を上げて逃げ惑った。
混乱の中へ、恵麻も駆け込んでくる。
小桜の手で再調整された魔導AIは、恵麻の呼びかけに静かに応えた。
「これは完全に業務外ですけど……行きますよ、アエクティウム!」
冗談めかして笑いながらも、その目は真剣だった。
《天秤の鎖》の魔導AIが応答し、鎖鎌が青白い光を帯びる。
鎖を大きく旋回させると、先端が燃え盛るドローンへ絡みつき、そのまま豪快に地面へ叩き落とした。
火花が舞い、爆発が夜空を照らす。
次々と火の玉が無力化されていくその姿は、まるで激しい舞を踊っているかのようだった。
一方、三人の魔導AIの調整を終えた小桜は、観客の避難誘導に奔走していた。
子どもを抱えた親を安全な場所へ導き、転倒した人へ肩を貸し、怪我人を避難経路へ送り出す。
その背後では、紫音、智絵里、そして恵麻が必死に戦い続けていた。
しかし、空から降り注ぐドローンの数は、なお圧倒的だった。
その時だった。
麗蘭の頭上へ、一台のドローンが急降下してくる。
燃え盛る炎をまとい、一直線に彼女へ襲いかかった。
「いやっ……!」
麗蘭は目を閉じた。
死を覚悟した、その瞬間──。
夜空を裂くような一筋の閃光が走る。
鋭い光の矢がドローンを正確に貫き、爆発とともに火の粉が夜空へ散った。
麗蘭が恐る恐る目を開く。
そこには、菫の姿があった。
冷たい眼差しで夜空を見据え、静かに弓を構えている。
「撃ち落とせ──カルシエーレ!」
その詠唱とともに《天蠍の弓》の魔導AIが眩く輝き始めた。
無数の光が菫の周囲へ集まり、幾千もの光の矢となって夜空へ浮かび上がる。
彼女が静かに弦を引く。
次の瞬間、一斉に放たれた光の矢が夜空を駆け巡った。
まるで流星群だった。
次々とドローンを撃ち抜き、爆発の閃光が花火のように夜空を彩る。
あまりにも幻想的な光景に、観客たちは思わず息を呑み、見惚れてしまう。
現実には命を懸けた戦いであることさえ忘れてしまうほど、その光景は美しかった。
智絵里は咄嗟に近くのマイクを手に取り、いつもの配信と変わらぬ笑顔を作る。
「皆さん、ご安心ください! これは没入型の演劇イベントです!」
突然のアナウンスに観客たちは一瞬きょとんとした。
だが、夜空を彩る光景があまりにも鮮やかだったためか、次第に拍手と歓声が広がっていく。
恐怖は驚きへ、驚きは興奮へと変わり、人々はその光景を見守り始めた。
麗蘭は、自分が命を救われたことをようやく理解し、菫のもとへ駆け寄る。
「ありがとう……助けてく──」
礼を言い終えるより早く。
乾いた音が夜空へ響いた。
菫の平手が、麗蘭の頬を打った。
乾いた音が夜空に響く。
衝撃に目を見開く麗蘭。
頬を押さえたまま涙を浮かべる彼女へ、菫は震える声を押し殺すように言った。
「……こんなことをして、何になるの?」
責めるような口調ではなかった。
その言葉は、まるで過去の自分自身へ向けられた問いのようでもあった。
麗蘭は何も答えられない。
ただ、その真っ直ぐな眼差しを受け止めることしかできなかった。
やがて菫は静かに息を吐き、肩の力を抜く。
「私も……自分の正義を信じて、力を振りかざした。でも、その先にあったのは後悔だけだった」
少しだけ視線を落とし、小さく笑う。その笑みには、自嘲にも似た苦さが滲んでいた。
「だから私は、もう同じことを繰り返したくない」
そして最後に、穏やかな声で告げた。
「あなたにも……分かってほしい」
静寂が戻った夜空には、光の矢に撃ち落とされたドローンの残骸が、風に揺れながら静かに舞っていた。
観客たちはなおも拍手を送り続けている。
その音に包まれながら、智絵里、小桜、紫音、恵麻、そして菫は、それぞれ息を整え、互いの無事を確かめ合った。
戦いは終わった。
しかし、それぞれが胸に抱えた答えは、まだ始まったばかりだった。
ブクマで小桜たちの応援をお願いします!




